保険診療の一環として、医師・歯科医師・獣医師の処方箋(せん)に基づいて薬剤師が医薬品を準備・調製し、患者に提供する一連の業務。近年の薬剤師に期待される医療専門職としての職能の拡大に伴い、処方箋に基づく準備・調整・提供という元来の業務に加えて、患者の病状や薬剤の相互作用を勘案しての処方の適切性についての処方箋発行者への確認(疑義照会)や、認知症や嚥下(えんげ)障害などの個々の病状を勘案した剤形調製(粉末状にするなど患者の服用しやすい形状に調製)、服薬管理や服薬フォローアップ(服薬指導)など、多岐にわたる機能が調剤の概念に包含される傾向にある。また、調剤に付随する業務として地域の健康相談の窓口などの機能も期待されるようになってきた。調剤は薬剤師法(昭和35年法律第146号)第19条に「薬剤師でない者は、販売又は授与の目的で調剤してはならない」と規定されている。なお、薬剤師でない者のうち、医師、歯科医師、獣医師は、自己の処方箋により自ら調剤することが許されている。
医師が処方箋を発行し、薬剤師が調剤を行う医薬分業が現在は行われているが、ここに至るまでには長い年月を要した。その要因は日本における医療が長らく漢方中心であったため、医師(くすし、薬師とも書く)の業務に薬の調合と処方が不可分なものであったことである。また、明治以降に西洋医学が導入され、医師と薬剤師の役割が独立したものと認識されるようになっても、薬剤の処方が医療収益の重要な部分を占めていたこともあり、医師が調剤業務を自らの職務として離したがらなかったこともある。医薬分業を推進するための法律(正式名称「医師法、歯科医師法及び薬事法の一部を改正する法律」いわゆる医薬分業法。昭和26年法律第244号。施行は1956年)や、薬剤師の専門性を明確化した薬剤師法の制定(1960年成立、1961年施行)の後も医薬分業はなかなか進まなかったが、1980年代の医療費抑制の流れのなかで、薬の公定価格(厚生労働省が定め、医療保険制度から医療機関に支払われるときの薬価)と医療機関が薬を仕入れるときの価格の差(薬価差益)が解消(公定価格を下げることで実現)され、さらに院内処方料よりも院外処方料が高額に設定され、院外処方を選択する経済的インセンティブ(動機付け)が高まったことで、医薬分業が急速に進んだ。1990年代初頭には10%台であった院外処方比率は2022年(令和4)の統計では79.1%(病院81.5%、診療所78.4%)まで上昇している。
調剤業務について薬局や薬剤師の受け取る報酬(調剤報酬)は、薬剤等を受領する患者の負担金と健康保険組合が支払う保険給付からなり、その額は健康保険法により規定されている。調剤報酬は、調剤基本料(薬局への基本的な支払い)、調剤料(調剤に対する技術料)、薬学管理料、薬剤料(医薬品の費用)で構成される。さらには、訪問診療や介護施設を含めた複数の地域医療施設との連携機能や、ポリファーマシー(複数箇所の医療機関からの薬効が重複する薬の処方)の改善、地域住民が気楽に立ち寄れる健康相談窓口の設置などに対して報酬額が加算される仕組み(地域支援体制加算)もある。
調剤業務は保険診療の一環であるため診療報酬と同様に、患者と健康保険組合から支払いがなされ、報酬額は医療機能に応じて調整され、また政策的な目的から各種加算が設けられる。しかし、調剤薬局のチェーン店化、ドラッグストア内薬局の増加などから明らかなように、調剤サービスには営利性の許されていることが、病院や診療所とは大きく異なる特徴である。また、医療提供を適切化するために設けられた調剤報酬や各種加算が利潤増大に寄与する実態が問題視されたことはあるものの、規模の経済(economy of scale)の活用が困難で仕入れ値の交渉力が不足していても、地域医療等に不可欠な地方の単体・独立の薬局などを維持するために調剤報酬の調整が図られている。おもに調剤報酬の大きな部分を占める調剤技術料においては、前述の薬局の特性を踏まえて調整され、報酬額が決められている(詳細は「調剤技術料」の項を参照)。
調剤業務は医療の中核機能であり、薬剤師は調剤の求めがあった際には、正当な理由がなければ拒んではならないと薬剤師法第21条に明記されている。これを調剤応需義務という。なお、この義務は他の師業においても同様であり、それぞれ医師法(昭和23年法律第201号)第19条、歯科医師法(昭和23年法律第202号)第19条に明記されており、これらは診療応需義務とよばれ、社会基盤として不可欠な医療を支える専門職としての義務といえる。
薬剤師は処方箋に基づき調剤を行うが、その内容を薬剤の専門家の観点から、患者が内服している他の薬剤との相互作用や、患者の薬剤管理能力等を考慮して、処方箋の内容について処方医師に問い合わせることができる。これを疑義照会という。薬剤師法第24条には「薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときには、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによって調剤してはならない」と明記されている。最近では医療DX(デジタルトランスフォーメーションDigital Transformation、デジタル改革)の促進の一環として電子処方箋の普及が図られており、電子処方箋システムに、疑義照会で得られた情報のデータベース化・共有化を包含することで、薬剤師が診療中の医師に問い合わせることなどを行わずとも副作用情報等を得ることが可能となる。そのため同システムがより効率的で安全な調剤を可能とする方策として推進されている。
新規に開発された薬剤はその開発にかかった費用の回収が必要であることもあり、特許期間(原則として出願から20年であるが、最大5年間延長されることもある)中には製薬会社がブランド名を冠して販売することとなるが、特許期間が終了した薬剤は他の会社にも同一薬の製造が許される。これら特許が切れた薬剤をおもに製造する製薬会社もあり、それらの製品を含めブランド医薬品以外の製品はジェネリック(generic、一般的な)医薬品、あるいは販売時期がブランド医薬品よりも遅いことから後発医薬品ともよばれる。これらジェネリック医薬品はブランド医薬品と比較して低価格であり、医療費増大の抑制のために処方が推奨されている。そのため、ジェネリック医薬品の処方を受けることで自己負担額が軽減されたり、さらに健康保険組合から被保険者にポイントを付与するなどの経済的インセンティブを与えたりする例もある。また、現状では処方箋にブランド医薬品名で記載されていても、特段の理由がなく、代替が可能である場合にはジェネリック医薬品が処方されている。これは前述の薬剤師法第24条で「処方箋の疑わしき点を確かめた後に処方する」こととなっているため、疑わしい点がなく、患者の同意が得られれば、薬剤師の判断で代替調剤が可能と解釈できることが根拠となっている。さらに、2024年10月からは、販売された後、一定期間(5年)が経過した後発医薬品がある場合に先発医薬品(長期収載品)処方を患者が希望した場合には、後発医薬品との差額の4分の1を患者自身が負担する仕組みが実施されており、ジェネリック医薬品のさらなる普及が見込まれている。