自動車事故等により生じた人的被害や物的損害を補償することを目的とした保険。自動車や原動機付自転車(一般的には50cc以下の二輪車)を所有、使用および管理することによって他人の身体・生命を害したり財物を損壊したりした場合の損害賠償、自動車や原動機付自転車に搭乗中の事故による運転者や同乗者のけが(後遺障害や死亡も含む)、車両の事故(衝突・接触・転落・転覆、火災・爆発、台風・洪水・高潮その他の偶然な事故)や盗難による損害を補償する損害保険の種類である。
[押尾直志]
自動車保険は1896年にイギリスのロー・アクシデント保険Law Accident Insurance Societyが初めて商品化し、市場に登場した。翌1897年にはアメリカのトラベラーズ保険Travelers Insurance Companyも自動車保険の取扱いを始めた。日本では東京海上保険(後の東京海上火災保険。現、東京海上日動火災保険)が1914年(大正3)に営業認可を受けたことに始まる。
自動車保険は、自動車事故の被害者に対する賠償責任と人命尊重の社会観念の高まり、および被害者救済目的の強制保険の導入などを背景に発展してきた。日本では1955年(昭和30)に被害者救済を目的に自動車損害賠償保障法(略称、自賠法)が制定され、翌年から自動車損害賠償責任保険(略称、自賠責保険)が実施された。高度成長期を通じて交通事故が急増し、自賠責保険で補償されないさまざまな補償を含む任意の自動車保険が開発され、損害保険各社は熾烈(しれつ)な販売競争を展開した。自動車保険は自賠責保険を含めて1980年代後半には収入保険料の50%以上を占め、損害保険会社の主力商品に成長した。保険自由化以降、自動車保険の価格・商品の差別化が進んでいる。
[押尾直志]
自動車保険は強制の保険と任意の保険に分けられる。強制の自動車保険とは、前述の自賠法に基づき、すべての自動車の所有者に加入を義務づける自賠責保険である(対人賠償責任保険のみ)。自賠責保険は政策目的で導入された保険なので、ノーロス・ノープロフィット原則(損失も利益も出さないように適正な保険料率で収支のバランスを図る考え方)で運営される。自賠責保険では被害者の死亡保険金は最高3000万円、後遺障害保険金は4000万円、けがの保険金は120万円という上限額が定められている。これはあくまで最高限度額であり、事故の状況や被害者の態様に応じて支払額が決定される。自動車の運行により人身事故を起こした場合に、まず自賠責保険から損害賠償金を支払うが、それだけでは不足する場合、任意の自動車保険のなかの対人賠償責任保険から差額分を支払う。
自賠責保険は1960年代なかばごろまで自動車保険市場を開拓する役割を果たしてきた。モータリゼーション(自動車交通の発達)が進行するなかで交通事故も急増し、交通禍が社会問題化するようになり賠償観念が高まったが、自賠責保険の支払限度額は政策的に低く据え置かれ、任意の自動車保険の発展を促進した。
任意の自動車保険契約は車の保有台数によってフリート契約(所有・使用する自動車が10台以上の保険契約)とノン・フリート契約(9台以下の保険契約)に分けられる。個人向け自動車保険はノン・フリート契約である。個人向けには対人賠償責任保険、対物賠償責任保険、自動車保険用の傷害保険として搭乗者傷害保険・無保険車傷害保険・自損事故保険・人身傷害補償保険、車両保険、ならびに各種特約(自動車保険を主契約にしてさらにオプションとして付帯する契約)として他車運転危険担保特約、家族限定特約、ファミリーバイク特約、代車費用担保特約などがある。
[押尾直志]
自動車事故はいくつかの損害が重なる場合が多いことから、通常は総合保険(セット保険)化したものが取り扱われている。たとえば、一般自動車保険(BAP:basic automobile policy)、自動車総合保険(PAP:package automobile policy)、自家用自動車総合保険(SAP:special automobile policy)、総合自動車保険などがある。
BAPは自動車保険の種類を選択して加入する保険であるが、基本契約として対人賠償責任保険、対物賠償責任保険、車両保険のなかのいずれか一つにはかならず加入しなければならない。対人賠償責任保険に加入した場合は自損事故保険が自動的に付帯される。その他の保険を組み合わせるかどうかは契約者の判断に任される。
PAPは自家用自動車だけでなく営業用の自動車やバイクでも加入できる保険で、対人賠償責任保険、対物賠償責任保険、搭乗者傷害保険・自損事故保険・無保険車傷害保険をセットにした保険である。
SAPは対人賠償責任保険、対物賠償責任保険、搭乗者傷害保険・自損事故保険・無保険車傷害保険、車両保険をセットにした保険である。
総合自動車保険は対人賠償責任保険、対物賠償責任保険、人身傷害補償保険、車両保険をセットにした保険である。総合自動車保険は、東京海上火災保険が開発したことから、当初はTAP(Tokyo automobile policy)と略称したが、保険商品には特許権がないため各社が同じ仕組みの商品を扱うようになり、現在ではその名称はさまざまである。ちなみに東京海上火災保険は2004年(平成16)10月に日動火災海上保険と合併し東京海上日動火災保険(略称、東京海上日動)となり、東京海上日動ではすべての個人向け保険にトータルアシストTotal Assistという名称をつけていることから、総合自動車保険は「トータルアシスト自動車保険」に変更された。
自動車保険では運転者ごとの危険度の違い(事故歴の有無)の公平性を保つために等級制が採用されている。通常は20等級(もっとも高いのは20等級で60%余りの割引率、もっとも低いのは1等級で逆に60%余りの割増率)に区分されており、新規契約者は6等級となる。1年の契約期間中、無事故で保険金を請求しなければ無事故係数が適用され1等級上がり、翌年の保険料は一定率割り引かれるが、逆に事故が発生し保険金を請求すると、3等級下がり事故有係数が適用され割増保険料が課せられる。
[押尾直志]
大手損害保険会社は、高度成長期以降、それまで企業保険分野を中心に展開していた経営戦略から、家計分野の自動車保険に重点を置く、いわゆる大衆化路線に転換した。自動車保険は高度成長期なかばごろから損害保険会社の主力商品に成長し、各社の新契約獲得競争が激化した。自動車保険の保険料は損害保険会社の収入の中心を占め、その経営を左右する存在となり、今日では収入保険料の60%に達している。したがって、自動車保険分野で一定の収入を確保できないと損害保険会社の経営は成り立たないといっても過言ではない。
1998年(平成10)に「損害保険料率算出団体に関する法律」(昭和23年法律第193号。略称、料率団体法)が改正され、自動車保険の料率(価格)と約款(保険商品)が自由化されるまでは、自動車保険料率算定会(現、損害保険料率算出機構。2002年に損害保険料率算定会と統合・改称)の制度の下で損害保険会社全社が同一の自動車保険約款の商品を同一の価格(保険料率)で販売するために独占禁止法の適用除外扱いとされていた。価格競争が排除され損害保険会社全社が横並び状態のなかで各社は新契約獲得競争に奔走することになり、大手会社数社と中小会社の経営格差が拡大して損害保険市場は寡占化が進んだ。
しかし、欧米諸国から日本の金融保険市場の開放要求が強まり、1990年代に実施された金融保険制度改革により算定会料率の遵守義務は廃止された。これにより本格的な価格・商品開発競争が導入され、1997年にリスク細分型自動車保険の認可をきっかけに自動車保険の価格・商品は多様化した。また、インターネットを利用して、自動車保険等の販売のための損害保険会社を設立し、加入診断や保険料のネット割引を行うことにより契約を募集する損害保険会社や、自動車保険・自動車共済の価格比較サイト等の情報提供や契約の募集を行う損害保険代理店も増えている。さらに、自動運転機能つきEV(電気自動車)の開発や衝突防止センサー搭載車の増加など自動車の技術革新が進んでおり、今後自動車保険の仕組みが大幅に変化することが予測される。
[押尾直志]