幼児期に行われる教育のこと。幼児期は、乳児期と児童期の間の時期であり、おおよそは満1歳から就学始期までの期間をさす。日本では、義務教育制度により、就学時期は満6歳に達した年の4月1日からとされていることから、幼児期は満1歳から満6歳の3月31日までの時期といえる。また、教育基本法には「幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものであることにかんがみ、国及び地方公共団体は、幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない」(第11条)とあり、幼児期の教育は日本における教育の原則の一つであると規定されている
[宮田まり子][秋田喜代美]
人類における幼児教育の始まりは、乳幼児期を含む子ども期の発見にある。子ども期はこれまでさまざまなアプローチによってみいだされてきた。たとえばフレーベルは、誕生を神性のあらわれとしたことから、子ども期のなかでもとりわけ乳幼児期にあたる時期を、神性をよく伸ばすための特別な環境が必要な時期とした。またフランスの歴史家アリエスは、社会構造が複雑に高度化したことによって性質の違いが大きくなった大人との比較から、生まれてからの一定期間における学び方や遊び方に特徴がみられる時期を子ども期として扱うようになったと指摘している。同時に、このような子ども期の発見は、家庭教育とは異なる別の教育機関を必要としたことを意味する。フレーベルは、幼稚園を設立し、そこで幼児期のための特別な教育内容や恩物(おんぶつ)といった幼児教育教材を考案し実践している。日本では、幼児教育の実践の第一義的責任は親であり、第二義的責任において、親以外の保護者が行うことになっている。近代日本の教育においては、制度的な幼児教育は「家庭教育の補完」として、家庭教育を補う役割とともに家庭教育における幼児教育のモデルを示すものとしての期待があり、その後個別的である家庭教育と集団的に行われる制度的教育の長短をめぐって、家庭と制度的教育に対する期待と役割に変遷がみられるともいわれている。今日、幼児教育は義務教育ではない。しかし、核家族化や女性の社会進出等に伴い、家庭での教育時間は減少していることから、家庭教育の補完としての制度的な幼児教育の充実が、「待機児童」等の社会的問題や関心を巻き起こすまでに求められている。
[宮田まり子][秋田喜代美]
満1歳という時期は、生理的欲求や情緒の安定が、特定の保護者との愛着関係等を基に図られることを通して自分自身を理解する感覚を獲得し、また二足歩行の開始期など運動機能の高まりによって進む保護者との分離と探索活動の広がりがみられる時期である。以後頻繁に行われる外界の物や人との相互行為は、自身が属する周囲のルールに対する認識や道徳心の芽生え、規範や規範意識の獲得と関係する。またその過程において、自己中心的な自己主張と他者の主張との衝突による葛藤(かっとう)体験や、自己を抑制したり他者に承認されたりするなどの経験から得られる自信は、自己肯定感を高め、さまざまな課題に向かう意欲となる。幼児教育は、このような発達心理学等を基に日々明らかになる幼児期固有の発達に対して行われる教育であるといえる。
また、神経科学や脳科学をはじめとする生理学における知見から、加齢と脳の情報伝達ネットワークに関係があることが明らかにされ、幼児期におけるある一定期間での教育による刺激とその後の能力の保持や向上に関係があるとして、幼児教育への関心も高まっている。
その他応用的な学問成果として、幼児教育の効果に関する縦断研究による知見がある。たとえばイギリスでは、質の高い幼児教育を受けた子のほうが11歳時点での自己抑制力や向社会的行動力が高かったという結果が出されている。またアメリカでは、年収が低い世帯に関しては質の高い幼児教育を受けることは就学への準備を高めるとの結果が示された。ジェームズ・ヘックマンは、幼児教育のなかでも子どもの自発的な遊びを尊重し、非認知的能力を育むことをねらいとした幼児教育の有無は、その後の人生の健康や収入、犯罪率の低下に関わるとして、幼児教育の重要性と幼児教育に対する公的資金導入の効果を示唆している。
[宮田まり子][秋田喜代美]