肺にみられるがん(悪性腫瘍(しゅよう))。肺は呼吸にかかわる重要な臓器である。鼻や口から取り込まれた空気は、気管を通り、左右の肺で枝分かれを繰り返し(気管支)、酸素と二酸化炭素の交換を行う肺胞に至る。肺がんとは、空気の通り道となる気管、気管支、肺胞の一部の細胞がなんらかの原因でがん化したものである。がん細胞の組織形態から「小細胞肺がん」と「非小細胞肺がん」に大別され、非小細胞肺がんはさらに三つの組織型(腺(せん)がん、扁平(へんぺい)上皮がん、大細胞がん)に分類される。もっとも発生頻度が高いのが腺組織を由来とする腺がんで、全肺がんの約6割を占める。一般に小細胞肺がんは進行が速く、脳やリンパ節への転移をきたしやすい一方で、化学療法や放射線療法に対する感受性が高い(効きやすい)ことから、経過や予後、治療方針が大きく異なる。そのため、それ以外の組織型のがん(非小細胞肺がん)と区別して分類されている。
肺周囲は大きな血管が集中する部位であり、そのため肺がんは他のがんに比べて比較的転移しやすい特徴をもつ。進行したがん細胞は隣接した臓器に限らず、血管やリンパ管を経由して、遠い臓器まで広がっていく。とくに転移しやすい部位として、リンパ節、脳、肝臓、副腎(ふくじん)、骨などがある。
肺がんは日本人のがん死亡原因の第1位である。死亡者数は1950年代より増加が続いており、日本における2016年(平成28)の肺がんによる死亡者数は7万3838人にのぼる。このうち男性は5万2430人、女性は2万1408人で、それぞれがん死亡全体の23.9%、14.0%を占めている。部位別にみると男性の死因の第1位、女性では大腸がんに次いで第2位の死亡者数となっている。年齢階級別の死亡率をみると、男性では40歳代後半、女性では50歳代前半から増加し始め、加齢とともに急増する。日本人が生涯のうちに肺がんになる確率は男性10%、女性5%である。
2013年に新たに肺がんと診断された数(罹患(りかん)全国推計値)は11万1837人。うち男性は7万5742人、女性は3万6095人で、それぞれがん罹患全体の15.2%、9.9%を占める。部位別の罹患数では男性は胃がんに次いで第2位、女性は乳がん、大腸がん、胃がんに次ぐ第4位となっている。年齢階級別罹患率は死亡率と同様に40歳代後半から増加し始め、高年齢ほど高くなる。罹患者は女性よりも男性が2倍以上多い。
肺がんの死亡率および罹患率には、出生年代による違いがみられる。1930年代後半~1940年代前半生まれの層は他の出生年代に比べて、死亡率・罹患率ともに低くなっている。この年代は第二次世界大戦後の物資不足の時代に喫煙を開始しやすい年齢を過ごしていることから、他の年代層よりも生涯喫煙率が低いことが要因と考えられている。
がん診療連携拠点病院等院内がん登録(2015年全国集計)における臨床病期の分布をみると、胃がんや大腸がんなどと同様に、高年齢ほどTNM分類による病期(ステージstage)が進行したがんが多い傾向がある。もっとも頻度が高い腺がんを含む非小細胞がんは約半数が0期とⅠ期の早期がんで発見されるが、小細胞がんの0期とⅠ期は全年齢層を通じて1割程度にすぎない(データ出典:国立がん研究センターがん対策情報センター)。
肺がんは、喫煙と発症との関連が非常に大きいがんである。非喫煙者に比べて喫煙者が肺がんになるリスクは男性で4.4倍、女性で2.8倍と高くなる。組織型でみると、扁平上皮がんは男性で12倍、女性で11倍であるのに対し、腺がんでは男性2.3倍、女性で1.4倍であり、組織型により喫煙によるリスクの程度が大きく異なる。喫煙開始年齢が若く、喫煙量が多いほどリスクは高まり、一方で禁煙によりリスクは低減する(禁煙年齢が低いほど効果は大きい)。非喫煙者も受動喫煙によりリスクが増加する(非喫煙女性の肺がんのリスクは、夫からの受動喫煙がない場合に比べて、ある場合では1.3倍に高まるという統合的な研究分析の結果による)。
喫煙以外では、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)、職業的曝露(ばくろ)(アスベスト、ラドン、ヒ素、クロロメチルエーテル、クロム酸、ニッケルなど)、大気汚染(PM2.5)、肺がんの既往歴や家族歴(直系の親族に肺がん罹患者がいること)、年齢が発症のリスクを高めると考えられている。また、肺結核の診断後2年以内の肺がんリスクは約5倍になると報告されている。
日本における肺がんの組織学的分類は、日本肺癌(がん)学会が編集する「肺癌取扱い規約」をもとに行われるのが一般的である。肺がんは、がん細胞や組織の形態から小細胞肺がんと非小細胞肺がんに大別され、非小細胞肺がんは腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんなどに組織分類される。また、最近は分子標的治療薬の進歩に伴い、薬剤の治療選択の点から、非小細胞肺がんを非扁平上皮がんと扁平上皮がんに区別しつつある。
もっとも発生頻度が高い腺がんは肺の末梢(まっしょう)部分である肺野に発生しやすく、比較的症状が出にくいという特徴をもつ。喫煙との関連がとくに強いことで知られる扁平上皮がんは気管支が分岐する肺の入り口付近(肺門部)に発生しやすく、咳(せき)や痰(たん)、血痰などの症状が現れやすいがんである。小細胞がんの発症頻度は比較的低いが、がん細胞の増殖が速く、脳や骨などの遠隔臓器に転移しやすいという特徴を有する。その他、腺扁平上皮がん、神経内分泌腫瘍、肉腫様がんなどの組織型も存在する。
肺を原発巣とするがんは、主気管支、臓側(ぞうそく)胸膜に浸潤し、胸壁、横隔膜、縦隔胸膜、壁側(へきそく)胸膜などに広がっていく。ガス交換の場である肺は豊富な血流を有するため、肺がんは遠隔転移がおこりやすいがんとして知られている。進行したがん細胞は周囲の組織を破壊しながら増殖し、原発巣である肺や隣接臓器に留まらず、血液やリンパに乗って遠隔臓器に転移していく。肺がんが転移しやすい部位にはリンパ節、脳、肝臓、副腎、骨などがある。原発巣とは反対側の肺に転移する場合もある。
同様の理由で、肺は大腸がん、腎がん、乳がんなどの他の臓器のがんが転移しやすい臓器でもある。肺にできた「原発性肺がん」に対して、他臓器から転移したがんを「転移性肺がん」とよぶ。
肺がんは早期の段階ではほぼ無症状である。病状の進行とともに咳、痰、嗄声(させい)(かすれ声)、血痰、発熱、呼吸困難、胸痛などの呼吸器症状が発現するが、いずれも肺がんに特異的な症状ではない。ある程度進行しても症状がみられないこともあり、検診の際の胸部X線検査やCT検査で発見されることも少なくない。
腫瘍が産生する特殊な物質や免疫反応によって生じる「腫瘍随伴症候群」の発現頻度は他臓器がんに比べて比較的高い。腫瘍随伴症候群の症状には、肥満、ムーンフェイス(満月様顔貌(がんぼう))、食欲不振、神経症状(筋力低下、筋緊張低下、運動失調、健忘など)、意識障害などがある。
(1)肺がん検診
40歳以上を対象に、年1回の肺がん検診の受診が推奨されている。問診、胸部X線検査のほか、50歳以上で喫煙指数(1日喫煙本数×年数)が600以上の該当者には喀痰(かくたん)細胞診(痰を採取し、その中にがん細胞があるかどうかを確認する検査)が行われる。胸部X線検査の肺がん検出感度は60~80%とされ、自覚症状の乏しい肺野部のがんの検出に優れる。喀痰細胞診の検出感度は40%程度であるが、胸部X線検査に喀痰細胞診を追加することで、胸部X線検査単独に比べて、早期がんの割合、切除率、5年生存率が上昇することが確認されている。
(2)肺がんの診断
胸部X線検査で異常が確認された場合、胸部CT検査の施行が推奨されている。胸部CT検査では、がんの大きさ、性質、周辺臓器への広がりなどの把握が可能であり、肺がんの病期診断に不可欠な検査である。造影剤を併用することで、リンパ節転移の有無や脈管との位置関係を明らかにすることができる。
腫瘍マーカーとしては、腺がんについてはCEA、CA19-9、CA125、SLXが、扁平上皮がんではSCC、CYFRA21-1が、小細胞肺がんに対してはNSE、ProGRPがよく用いられるが、偽陰性や偽陽性の問題もあり、肺がんの検出を腫瘍マーカー単独で行う状況にはない。
一部の手術例を除き、治療開始前に組織あるいは細胞を調べる組織・細胞診断を行う。組織・細胞診断の方法には経気管支生検(気管支鏡(内視鏡)を鼻または口から肺に挿入し、がんが疑われる部位の細胞や組織を採取する検査)、経皮針生検(皮膚表面から細い針を肺に刺して細胞や組織を採取する検査)、胸腔(きょうくう)鏡下生検(胸部を小さく切開して、胸腔鏡(内視鏡)で肺や胸膜、リンパ節の組織を採取する検査)、開胸生検(手術で胸部を開いて細胞や組織を採取する検査)などがある。また、薬物療法を行う場合には効果予測のためのバイオマーカー検査を行う。採取した組織の上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子変異やALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子の有無、PD-L1タンパクの発現の有無により、分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬の使用が検討される。
そのほか、がんのリンパ節や遠隔臓器への広がりを調べるため、CT、MRI、超音波、骨シンチグラフィ、PET-CTなどの画像検査が行われる。
適切な治療法の選択のためには、がんの進行の程度を病期に分類することが重要となる。日本においては、「肺癌取扱い規約」(日本肺癌学会編)の病期分類や、国際対がん連合(UICC)のTNM分類に基づいて病期分類が行われている。がんの大きさと広がりを示すT因子、リンパ節転移を示すN因子、遠隔転移を示すM因子を判定し、これらの組合せで進行度を示す病期が決定される。肺がんの病期は0期、Ⅰ期、Ⅱ期、Ⅲ期、Ⅳ期に大別される。転移がみられない限局がんはⅠ期、肝臓、骨、脳などへの遠隔転移を認める場合にはⅣ期となる。
小細胞肺がんについては、TNM分類のほか、予後と治療方針を反映する分類として限局型(LD)と進展型(ED)の2期に分類する。LDは、病巣が同側胸郭(きょうかく)内に加え、対側縦隔、対側鎖骨上窩(じょうか)リンパ節までに限定され、かつ悪性胸水や心嚢水(しんのうすい)(心臓を包む膜内に体液が貯留した状態)を有さないもので、この範囲を超えて進行したものがEDとなる。
肺がんの治療は、外科療法(手術)、放射線療法、薬物療法が三本柱である。治療法は、がんの組織型や病期分類、患者の希望や心身の状態などを勘案して決定される。「肺癌診療ガイドライン」(日本肺癌学会編)には、非小細胞肺がん、小細胞肺がんが別項で扱われ、各臨床病期において推奨される治療法の樹形図が示されており、これらを参考に治療が進められる。
手術は非小細胞肺がんの標準的な治療法であり、臨床病期Ⅰ期~Ⅲ期の一部に対して行われる。肺葉切除術に、縦隔リンパ節郭清(かくせい)(リンパ節の切除)を加える術式が標準的である。術後再発は局所よりも遠隔転移が多いため、Ⅰ期~Ⅲ期の一部に対しては原則として術後補助化学療法が施行される。ただしこれらの手術施行の可否には、呼吸機能、心機能をはじめとする術前の全身状態が大きく影響するため、個々の患者ごとに慎重に適応が検討される。
小細胞肺がんは、切除可能な早期に発見されることはまれである。臨床病期Ⅰ期の全身状態が良好な症例に対して、術後の抗がん剤治療(シスプラチン+エトポシド併用療法)の有用性が報告されている。
(1)肺葉切除術
根治を前提に、がんの大きさや広がり、発生部位、呼吸機能、心機能を含む全身状態、手術に伴う負担、術後の影響などを考慮し、切除範囲が決定される。
肺は大きく右肺と左肺に分かれ、さらに右肺は上葉、中葉、下葉に、左肺は上葉、下葉に分かれる。通常はがんが存在する肺葉に限定して切除する肺葉切除術が選択される。
患者の体力が手術に耐えられない場合、あるいは早期発見の場合には肺葉の一部のみを切除する縮小手術が選択されることもある。縮小手術には、がんのある肺区域のみを切除する区域切除と、がんのある一部分のみを切除する部分切除(楔状(けつじょう)切除)がある。
(2)リンパ節郭清
日本においては、切除可能な非小細胞肺がんに対しては、がんの切除範囲周辺の肺門縦隔リンパ節についても同時に摘出(郭清)するのが一般的である。摘出したリンパ節の転移の有無により、手術後の薬物療法や放射線療法の追加が決定される。
(3)胸腔鏡下手術
近年では、小さい手術創から小型のビデオカメラと光源、手術器具を胸腔内に挿入して切除を行う胸腔鏡下手術が選択されることが増えてきている。臓器の切除範囲とリンパ節郭清の範囲、全身状態などを考慮し、適応が検討される。開胸による手術に比べ術創が小さく、術後の痛みが少なく、術後の回復や呼吸機能への影響が小さいことが利点としてあげられる。一方でリンパ節郭清や再建技術のむずかしさから、開胸手術より合併症の発生率がやや高くなる可能性が指摘されている。
体外から高エネルギーのX線を照射してがん細胞を死滅させる治療である。根治を目的にしたものと、骨や脳への転移によっておこる疼痛(とうつう)(痛み)などの症状を緩和する目的で行われるものに分けられる。
非小細胞肺がんでは、併存疾患などの医学的理由で手術ができないⅠ・Ⅱ期および薬物療法が非適応のⅢ期に対して、根治を目ざした放射線照射が行われる。健常部位の被曝による肺障害を避ける意味でも、体幹部定位放射線照射など、線量の集中性を高める高精度照射技術が向上してきている。
小細胞肺がんの限局型に対しては、脳転移の予防を目的とした予防的全脳照射が行われるほか、薬物療法と併用する「化学放射線療法」が生存率を改善するとの報告もある。
肺がんの脳転移、骨転移に対しては、痛みの緩和や骨折予防を目的とした「緩和的放射線療法」が行われ、生存期間の延長やQOL維持に寄与している。
外科療法や放射線療法は、がんが発生した局所に対しての治療効果を期待して行われるが、抗がん剤による治療は身体の広い範囲のがん細胞を攻撃する全身療法である。根治的な手術に引き続いて、潜在的な微小転移に対する治療を行うことにより将来の再発を予防する目的で行われたり(術後補助化学療法)、根治はむずかしいものの、症状緩和や生存期間の延長、QOLの維持・向上を目的として行われる(緩和的薬物療法)。非小細胞肺がんでは病期に応じて手術や放射線療法と組み合わせたり、単独での薬物療法が行われる。また、一般に遠隔転移をきたしやすく悪性度の高い小細胞肺がんに対しても、抗がん剤の治療効果は比較的高く、殺細胞性の抗がん剤を用いた薬物療法が治療の主体となることが多い。限局型の小細胞肺がんに対しては、抗がん剤と放射線を併用した治療(化学放射線療法)が行われる。
(1)殺細胞性抗がん剤(抗がん剤治療)
がん細胞が増殖していく過程に作用したり、がん細胞の分裂を阻害したりすることで、がん細胞の増殖を抑える薬剤である。細胞分裂が盛んな正常細胞にも作用するため、血液毒性(白血球・好中球の減少、貧血、血小板減少など)、倦怠(けんたい)感、嘔気(おうき)・嘔吐(おうと)、粘膜炎や口内炎などの粘膜症状、下痢などさまざまな副作用が発現する。
非小細胞肺がんに対して行われる抗がん剤治療として、手術前に薬物療法を行うことがあり、臨床病期Ⅰ~ⅢA期の術前にプラチナ製剤を含む薬物療法を行うことで、プラチナ製剤を含まない薬物療法より生存期間の延長が期待できる。一方、手術後の薬物療法は、術後の微小な残存病変による将来の再発や遠隔転移を防ぐことにより、治療効果をさらに高め、生存期間の延長を目的として行われる。外科療法後の術後補助化学療法としては、術後の病理病期がⅠA期で腫瘍径2~3センチメートルおよびⅠB期に対してはテガフール・ウラシル配合剤(UFT)療法が検討される。術後病理病期Ⅱ・ⅢA期の完全切除例に対してはシスプラチン(CDDP)併用化学療法で生存率の改善が見込まれることから、適応の患者には推奨された治療となっている。一方、完全切除による手術の実施が困難な臨床病期ⅢA・ⅢB期に対しては、胸部放射線療法と併用する化学放射線療法が治療の第一選択である。この際には、プラチナ製剤と殺細胞性の抗がん剤の併用による治療(カルボプラチン+パクリタキセル併用療法、シスプラチン+ドセタキセル併用療法、シスプラチン+ビノレルビン併用療法など)が行われる。
小細胞肺がんは、限局型のⅠ期で手術が可能な場合は、シスプラチン+エトポシド併用療法が術後化学療法として行われる。Ⅰ期の手術不能症例は化学放射線療法の対象となる。進展型に対しては、シスプラチン+イリノテカン併用療法の抗がん剤単独治療が標準治療となるが、副作用や年齢などに応じて、シスプラチン+エトポシド併用療法、カルボプラチン+エトポシド併用療法など、使用する抗がん剤の選択がなされる。
(2)分子標的治療薬
がんの増殖に関与する特定の分子を標的にして、その働きを阻害することで治療効果を発揮する薬剤である。切除不能な進行および再発がんのうち、おもに非小細胞肺がんの非扁平上皮がん(腺がんなど)の治療に使用される。特定の遺伝子変異などを標的にするため、効果は個々のがんの特徴に左右される。このため組織型が非小細胞肺がんの非扁平上皮がんの場合は、治療開始前に遺伝子変異の有無の確認が必須(ひっす)となる。手順として、非扁平上皮がんでは、がんの増殖に関わるEGFR遺伝子変異およびALK融合遺伝子陽性の有無、ROS1融合遺伝子陽性の有無を確認し、全身状態や年齢を考慮したうえで一次治療に使用する薬剤が選択される。EGFR遺伝子変異を認めた場合にはEGFRチロシンキナーゼ阻害薬であるゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブによる治療効果が期待できる。ALK融合遺伝子陽性の場合はALKチロシンキナーゼ阻害薬であるアレクチニブ、クリゾチニブ、セリチニブを、ROS1融合遺伝子陽性にはROS1チロシンキナーゼ阻害作用をあわせもつクリゾチニブを使用することで効果が期待できる。また、血管内皮増殖因子VEGFを阻害する作用を有するベバシズマブやラムシルマブを抗がん薬に併用することもある。BRAF遺伝子変異を有する場合にはダブラフェニブ+トラメチニブ併用療法が行われることがある。
一次治療の効果が減弱したり、副作用で薬剤の使用を中止した場合でも、全身状態が良好な患者については二次、三次治療を行うことで、予後やQOLの改善につながる。この際には、一次治療と異なる薬剤や組合せが選択肢となる。臨床試験の結果からは、ドセタキセル、ペメトレキセド、エルロチニブに二次治療薬としての有効性が示されている。
一方、扁平上皮がんにおいては、EGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子陽性、ROS1融合遺伝子陽性、BRAF遺伝子変異の有無によって、それぞれのキナーゼ阻害薬による分子標的治療の可能性が検討される。
(3)免疫チェックポイント阻害薬
2015年には、非小細胞肺がんにおいて免疫チェックポイント阻害薬のニボルマブ(オプジーボ)が、引き続いてペムブロリズマブ(キイトルーダ)、アテゾリズマブ(テセントリク)が承認された。がん細胞は、人体の免疫機構(身体から異物を排除しようとする機能)にブレーキをかけ、免疫機構から逃避することで増殖していくが、免疫チェックポイント阻害薬はそのブレーキ機構が働かないように作用することで、本来の免疫作用を回復させ、がんを排除させようとする薬剤である。進行小細胞肺がんの二次治療において、標準治療のドセタキセルと比較した試験では、扁平上皮がんおよび腺がんの生存率を有意に改善する結果が得られている。一方で、発現頻度は低いが、間質性肺炎、甲状腺機能異常、劇症型糖尿病、重症筋無力症など免疫関連の有害事象(副作用)が確認されており、薬価も高額である。日本肺癌学会は、免疫チェックポイント阻害薬の有用性や安全性は全身状態が良好な患者を対象にした臨床試験の結果であり、患者の年齢等にも配慮し、安易な使用を控えるよう緊急声明を出している(2015年12月18日)。これらを背景として、免疫チェックポイント阻害薬の効果を予測するための検討や、殺細胞性の抗がん剤を併用した治療についての臨床試験が行われるなど、新たな治療方法の開発が精力的に行われている。また2018年には同時化学放射線療法後のデュルバルマブ(イミフィンジ)による地固め療法が新たに承認された。
診断・治療後の禁煙と禁煙の継続は原則である。また、治療後間もない時期は肺炎をおこしやすく、急な発熱や息苦しさが出現したときには早めの受診が勧められる。
治療後の経過観察は5年が一つの目安となる。受診や検査の間隔は肺がんの進行度や治療内容によって異なるが、当初はおおむね1~3か月ごと、病状が安定したら半年~1年ごとに定期検査を受け、再発の有無などを確認する。定期通院時には問診・診察のほか、血液検査、尿検査、胸部X線検査、その他必要に応じてCT・MRI検査、骨シンチグラフィなどが行われる。
全国がんセンター協議会の調査による生存率をみると(2018年集計)、2007~2009年に肺がんの治療を受けた患者の5年相対生存率は、臨床病期Ⅰ期で81.8%、Ⅱ期で48.4%、Ⅲ期で21.2%、Ⅳ期で4.5%となっている。ただし、現在発表されているこの成績は、約10年前の診断および治療による結果であり、現在の治療成績はより改善していると考えられる。
2002年に日本で発売された分子標的治療薬ゲフィチニブ(イレッサ)の登場を契機に、肺がんの原因遺伝子異常が次々に判明している。日本人の肺腺がん患者の4~5割にみられるEGFR遺伝子の変異により、細胞増殖シグナル経路が持続的に活性化され、発がんに関与していることが明らかになり、そのメカニズムを治療標的として逆に利用することが分子標的治療の背景になっている。EGFRチロシンキナーゼ阻害薬であるゲフィチニブにより増殖経路が抑制されることが明らかとなって以降、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子のほか、RET融合遺伝子、BRAF遺伝子変異、HER2遺伝子変異、MET遺伝子変異と、肺がんの原因となる遺伝子異常が次々に判明し、各遺伝子異常への効果が期待される薬剤の開発が進んでいる。一方で、それぞれの遺伝子異常をもつ患者は限られるため、治療効果が期待できる遺伝子変異と治療効果を評価検証するための登録の枠組みが必要となる。肺がんの発生に関連する遺伝子異常を効率よくスクリーニングし、治療効果が期待できる患者が当該の治験や臨床試験に参加しやすくなることを目的に立ち上げられたシステムとして、2013年より「全国肺がん遺伝子診断ネットワーク(LC-SCRUM-Japan)」が始動し、2015年には大腸がんの遺伝子スクリーニングネットワークと統合し、「SCRUM-JAPAN」として稼働している。
おもに肺の切除手術を行う際に、治療に伴う合併症を予防し、後遺症を抑えて術後回復や早期の社会復帰を図ることを目ざして、手術前から「呼吸リハビリテーション」が開始される。開胸による手術では、痛みや麻酔の影響で呼吸が浅くなり、排痰(痰の排出)が悪くなり、肺炎をおこす可能性が高くなる。そのために、手術前から腹式呼吸や深呼吸、排痰方法を練習することで、術後でもスムーズに痰を排出できるようになる。喫煙者ではとくに痰の量が多いため、早期の禁煙が重要である。術後は早期の離床や体位変換に加え、歩行や呼吸訓練などのリハビリテーションが積極的に行われる。
また、術後の痛みが浅い呼吸の原因になる可能性があるため、鎮痛薬による疼痛コントロールも積極的に行われる。
このように、術前から継続的に行われる呼吸リハビリテーションにより、効果的な排痰や呼吸方法に慣れるとともに、筋力や持久力をつけることができる。