日本大百科全書(ニッポニカ)

始祖鳥
しそちょう
archaeopteryx 英語
Archaeopteryx lithographica

中生代ジュラ紀後期の、約1億5000万年前にいた最初の鳥。ドイツのバイエルン地方(ミュンヘン市の北西約100キロメートル)のゾルンホーフェン石灰岩から産出したアーケオプテリックス属をさす。2006年現在、その標本は7点だけが知られている。最初に発見されたのは、1861年に発掘された「ロンドン標本」で、アーケオプテリックス・リトグラフィカA. lithographicaと名づけられたものである。この骨格から、始祖鳥はカラスくらいの大きさであったと考えられる。イギリスのロンドンにある自然史博物館に保管されている。1877年に2番目のものとして発掘されたのは「ベルリン標本」とよばれる有名な標本で、ベルリンのフンボルト大学付属博物館に保管されている。これは別種(アーケオプテリックス・シーメンシーA. siemensi)あるいは別属(アーケオルニスArchaeornis)と考えられたこともあった。3番目のものは、1956年にごく少量の不完全な骨格で発見された「マックスベルク標本」で、羽毛の痕跡(こんせき)がかすかなことから、発見当時は始祖鳥とは認められなかった。この標本は個人蔵となっている唯一の標本である。4番目のものは、1855年にごく少量の破片が発見されながら1970年までは正確に識別されずにいた「テイラー標本」あるいは「ハールレム標本」とよばれるもので、ドイツのフォン・マイヤーHermann von Meyer(1801―1869)により翼竜の一種とされた(1857)が、カナダのオストロームJohn H. Ostrom(1928―2005)が始祖鳥であることを確認した(1970)。5番目のものは、1973年に発表された「アイヒシュテット標本」で、1951年に発見されたが羽毛の痕跡がほとんど認められないため、小形の恐竜であるコムプソグナトゥスCompsognathusの化石と誤認されていた。6番目のものは「ゾルンホーフェン標本」とよばれる、1960年代に発見されたものである。発見当初は小形獣脚類とされたが、1987年始祖鳥であることが確認され、ペーター・ベルンホーファーPeter Wellnhofer(1936― )が1988年に記載した。現在知られているもっとも大きい個体で、ミュラー市長記念博物館所蔵。7番目のものは「バイエルン標本」あるいは「ミュンヘン標本」とよばれるもので、1992年に発見され、1993年に同じくベルンホーファーにより記載された。ミュンヘン博物館に収蔵されている。以上のほか、1860年に羽毛の化石標本がゾルンホーフェンの採石場で発見され、1861年にフォン・マイヤーにより記録された。この標本のうち雄型のほうはフンボルト大学付属博物館に保管され、雌型のほうはミュンヘンのバイエルン州立コレクション中にある。
 始祖鳥は基本的には爬虫(はちゅう)類型、とくに獣脚類の中空の骨格をもつが、鳥類的な特徴が認められるだけでなく、前肢、胴、尾に典型的な鳥の羽毛をもつので、両者の中間的動物とされる。目が大きく、嘴(くちばし)状の口には歯が発達し、鳥に似た後肢には前向きのつめをもつ3本の指と、後ろ向きの短い1本の指がある。長い尾には骨格の中軸があり爬虫類の特徴を示す。前肢には細い肩甲骨、細長い腕骨、長い3本の指がある。鎖骨を除くと、始祖鳥の骨格は鳥よりも小形の肉食恐竜に似る。3本指の手の配列もオルニトレステスOrnitholestesなどの恐竜に似る。足に3本の指と後ろに曲がる短い1本の指をもつことは鳥の足にそっくりであるが、ほとんどの肉食恐竜がそれと酷似した足を示す。手首と足首の形状も恐竜に似る。鳥にあるはずの飛行のための強力な筋肉を取り付ける胸骨は始祖鳥にはなく、この点でも肉食恐竜に似る。また鳥では肩の関節と胸骨の間に頑丈なかすがいがついており、筋肉の力を集中させる働きをしているが、始祖鳥のそれは貧弱で小形の肉食恐竜類のものと似る。
 なお始祖鳥の恥骨の形は、現生の鳥と肉食恐竜のものとの中間型を示すが、始祖鳥には鎖骨と羽毛が存在する点から鳥に属するものとされる。始祖鳥は、小形の肉食恐竜を祖先としたものと考えられるばかりでなく、テタヌラ類コエルロサウルス類マニラプトル類に分類され、とくにデイノニコサウルス類と近縁である。そこで、アルバレツサウルス科Alvarezsauridaeや孔子(こうし)鳥科Confuciusornithidae、エナンティオルニス類Enantiornithes、真鳥形類Ornithuromorpha、ヘスペロルニス形類Hesperornithiformes、イクチオルニスIchthyornisなどとともに、鳥群Avialaeとして一括されることが多い。
[小畠郁生]