日本大百科全書(ニッポニカ)

アルコール依存症
あるこーるいぞんしょう

アルコール飲料(酒類)の飲み方を自分でコントロールできなくなる状態。より正確には以下のように定義される。アルコール飲料を常用している結果、慢性的におこる精神的、身体的変化のうち、病的な飲酒パターン、または飲酒による社会的あるいは職業的機能の障害のいずれかが該当すること(これをアルコール乱用という)。これに加え、飲酒量の増大を伴うか、飲酒の減量または中止に引き続き離脱(禁断症状)が生じる場合、アルコール依存症と診断される。病的な飲酒パターンとは、強迫的に酒を求め、節酒、断酒ができないこと、連続飲酒の発作、飲酒サイクルの繰り返し、酩酊(めいてい)中の記憶欠損、飲酒による身体疾患の悪化を知りながら飲酒し続けることなどをさす。社会的あるいは職業的機能障害とは、酔って暴力を振るう、仕事の停滞をきたす欠勤、交通事故をおこす、家族や友人と争うことにより受ける拒絶、経済的困窮、飲酒に関係した刑事問題、失職などをいう。離脱症状とは、飲酒の減量または中止後数日以内におこる精神的変化と身体症状で、精神的変化としては不安、抑うつ気分、いらいら、不快感または脱力感があり、身体症状としては吐き気、起立性低血圧などのどれかの症状が現れること、および両手、舌、眼瞼(がんけん)に振戦(しんせん)(ふるえ)が出現するもので、いずれも飲酒すれば軽減ないしは消失する。
 アルコール依存症の病名は比較的最近になって用いられ始めたもので、従来は慢性アルコール中毒の用語が使われていた。すなわち、飲酒を継続しているうちに中止できなくなる状態は習慣性とか嗜癖(しへき)とよばれ、それに神経系の障害や肝臓などの臓器障害が加わるものを慢性アルコール中毒とよんでいた。これは1849年スウェーデンのフスMagnus Huss(1807―1890)が命名した。しかし、中毒とは薬物などが直接に身体機能を冒す急性症状の場合に使われる用語であり、飲酒を続けるうちにおこる行動上の変化は、中毒の概念とは異なると考えられるようになった。欧米では、その行動上の変化に注目してアルコーリズムalcoholismという用語が一般的に使われていた。だが、この概念も狭義と広義の両用に使われて用語上の混乱が生じたため、1974年に世界保健機関(WHO)の薬物依存委員会によって、アルコールを含む習慣性、嗜癖性を生ずる薬物を一括して依存性薬物とし、それらによっておこる精神的、身体的変化に伴う障害を「薬物依存」として統一した。したがって薬物依存は、精神依存(薬物を求める強迫的欲求)と身体依存(薬物がなければ身体が正常に機能せず、薬物の中断で離脱症状が出現する)および耐性の3徴候が生じるものとした。この委員会の見解を受けて、アメリカ精神医学会が精神障害に関する診断統計マニュアル第3版(DSM-Ⅲ)にアルコール依存の診断基準を作成したが、それが冒頭に掲げた定義である。
 なお、2013年に公表された第5版(DSM-5)では、従来のアルコール依存(=依存症)と、依存症水準未満の飲酒様態であるが、医学的もしくは社会的問題を呈する逸脱的飲酒様態であるアルコール乱用という区別はなくなり、アルコール使用障害という大きな診断カテゴリーに一本化されている。その主要な理由としては、依存と乱用の区別がしばしば困難であること、また、依存症水準以下の飲酒でも治療を要するものが少なくないことなどがあげられている。
 アルコール依存症では、アルコールからの離脱時に激しい精神身体症状を示すことがある。飲酒の減量または中止後1週間以内に出現するせん妄(もう)(意識状態の変化)と自律神経機能の亢進(こうしん)(頻脈や発汗など)を示す場合をアルコール離脱せん妄(従来の診断名は振戦せん妄)という。活発な幻視を伴うが、おもに虫やネズミなどの小動物の幻視が多い。また、離脱期の通常48時間以内に鮮明な幻聴を体験することがある。複数の人がしゃべっているような幻聴が多く、1~2週間で消失する。しかし、なかには数か月も続くことがあり、これをアルコール幻覚症という。長期かつ大量の飲酒を続けると記銘力や記憶力の著しい低下をきたすことがあり、ウェルニッケ‐コルサコフWernick-Korsakoff病とよばれる亜急性脳炎に引き続く場合がある。ウェルニッケ‐コルサコフ病の回復期に著しい健忘症候を呈するものをアルコール健忘障害(単にコルサコフ病ともいう)とよび、本病からさらに進行して認知症になるものをアルコール性認知症とよぶ。
 なお、アルコール依存症の大部分が臓器障害として肝機能障害、胃腸障害、心障害、膵(すい)障害を伴う。肝炎からアルコール脂肪肝、肝硬変へと進む例がもっとも多い。
 治療としては原則として断酒であるが、断酒に強く抵抗する者に対して、戦略的に節酒を当座の目標としつつ、治療関係の継続を優先する場合もある。また、かつてアルコール依存症の治療は入院治療を原則としていたが、近年では外来治療でも離脱をコントロールして断酒へと導入できる事例が多くなっていることから、まずは外来治療を試み、治療経過をみながら入院の要否を検討することが多くなっている。補助的な治療として薬物療法(抗酒剤や抗渇望薬)を用いることもあるが、長期的な断酒を達成するうえでもっとも有効なのは、断酒会やAA(アルコホーリクス・アノニマス)といった自助グループに継続的に参加することである。
[加藤伸勝][松本俊彦]2019年3月20日