依存症とは、ある行動が「わかっちゃいるけど、やめられない」状態に陥っている事態を意味する。つまり、ある行動が引き起こすメリットよりもデメリットが上回っているのが明らかであるにもかかわらず、その行動をやめることができない状態である。もう少し正確にいうと、依存症者はしばしばその行動を一時的にはやめているが、やめ続けることができない。たとえば、本人なりに思うところあってその行動を一時的にやめているときでさえ、その行動への衝動と葛藤し、「するか/しないか」をめぐって迷い続けており、ささいなきっかけでふたたびその行動に及んでしまうのである。
2019年3月20日
依存症には大きく分けて二つの種類がある。一つは、一定の嗜癖(しへき)性(癖になる性質、あるいは常習性)をもつ化学物質を摂取するという行動の依存症(物質依存症)であり、もう一つは、ギャンブルやある種のゲームのような、その行為自体に人を熱中させる要素をもつ嗜癖行動の依存症(非物質依存症)である。
〔1〕物質依存症
嗜癖性をもつ物質は、その薬理作用によって三つのタイプに分類される。第一に、中枢神経抑制薬(脳の活動性を抑え、意識をぼんやりさせる作用をもつ:モルヒネやヘロインといったオピオイド類、アルコール、大麻(たいま)、睡眠薬や抗不安薬として用いられるベンゾジアゼピン受容体作動薬など)、第二に、中枢神経興奮薬(脳の活動性を高め、意識をはっきりさせる作用をもつ:覚醒(かくせい)剤、コカイン、カフェイン、ニコチンなど)、そして第三に、幻覚薬(知覚を変容させる作用をもつ:MDMA、LSDなど)である。
この三つのタイプの物質が嗜癖性をもつのは、繰り返し使用する過程で脳に対する作用に慣れが生じ、当初と同じ効果を得るのには摂取する物質の量を増やす必要が生じるからである。この慣れが生じる性質を耐性という。さらに、この耐性がある水準以上に高まった個体が、あるとき急に物質摂取を中断すると、脳をはじめとする神経系のリバウンド現象(離脱)によって、さまざまな苦痛を伴う心身の症状を生じる。この苦痛ゆえに、物質摂取はますますやめがたくなる。
〔2〕非物質依存症
ギャンブルやインターネット上のゲームには、それ自体に人を熱中させる性質、すなわち嗜癖性がある。しかし、これらの嗜癖性には個人差や相性の問題があり、物質に比べると、何度か経験しても常習へと至らない人の割合は高い。それでも一部の者は、ギャンブルやゲームが引き起こす高揚感を好ましいものとして体験する。そして、その行動に没頭する過程で、物質依存症における「耐性」と類似した現象を呈する。たとえばギャンブルの場合、費やす時間や金額がエスカレートし、当初と同じ高揚感を体験するには、より大きな「勝ち」が必要となる。やがて賭けの負けを取り返すために次の賭けに挑み、賭けに勝てば得た金はそのまますべてが次の賭けの軍資金となる、といった手段の目的化を呈する。
なお、同じような非物質依存症として、買い物や性行動、万引き、リストカット、過食・嘔吐(おうと)が含められることがある。確かにこれらは嗜癖行動としての特徴を備えているが、研究知見の蓄積が不十分であり、現時点では正式には嗜癖行動として認められていない。
2019年3月20日
物質性および非物質性の嗜癖行動の両者に共通しているのは、「一時的に気分を変える効果」、つまり、気分をハイにしたり、不安や気分の落ち込みを紛らわせたり、心配事を意識から遠ざけ、忘れさせてくれたりする効果である。そうした効果を好ましく感じた者は、そのメリットを繰り返し享受するなかで、不快な気分に対処しようとして優先的に嗜癖行動を用いるようになる。さらには、不快な気分が予測されただけでも、その体験に先回りして嗜癖行動に及ぶようにもなる。
しかし、やがて効果に慣れが生じると、ある段階から嗜癖行動の強度や頻度を高めても気分が切り替わらなくなってしまう。加えて、不快な気分に対して脆弱(ぜいじゃく)となり、かつてならば嗜癖行動なしでも対処できたストレスにも嗜癖行動が必要となる。その結果、「(嗜癖行動を)やっても地獄、やらなければなお地獄」という事態に陥り、自身の意思で嗜癖行動をコントロールできなくなるのである。
この段階に達すると、嗜癖行動に関連するさまざまなトラブルが頻発するようになる。たとえば、職場や家庭生活のなかで約束の不履行や責任の放棄など、身近な人との信頼関係が破綻(はたん)するなどのトラブルが生じたり、失職や犯罪といった社会的問題、あるいは心身の健康を損なって医学的問題が顕在化したりする。
これが依存症者にみられる典型的なパターンである。要するに、依存症とは、当初は自分の気分をコントロールするために用いてきた嗜癖行動に、いつしか自分がコントロールされる事態なのである。それにもかかわらず、本人はますます意固地になってコントロールすることに執着する結果、依存症者独特の構えである「否認」、つまり、「自分は依存症ではない」「その気になればいつでもやめられる」と事態を過小視する態度もつくりあげられる。
依存症と診断される段階になると、嗜癖行動に対するコントロールを取り戻し、物質やギャンブルなどと上手につきあう、ほどほどにつきあうといったことは非常にむずかしくなる。しかし他方で、完全にやめ続けることによって、嗜癖行動によって失ったもの、つまり、心身の健康や仕事、そして何よりも周囲からの信頼を取り戻すことができる。依存症の治療に関してしばしばいわれる、「完治はしないが、回復できる」という言葉は、まさにそのようなことを意味している。
2019年3月20日