いよいよ能が始まる。能の作品には、もちろん、いろいろなタイプがあるが、脚本構成の面で、ある種の類型が見られる。
たとえば能《井筒》は、つぎのような各段(場面)から、成り立っている。
また、たとえば《景清》は、つぎのような各段から成り立っている。
《井筒》のような曲を二場物、《景清》のような曲を一場物ということができる。
二場物とは中入のある能である。中入を境に前場と後場に分かれ、前場のシテを前ジテ、後場のシテを後ジテという(一人の役者が前後を通して演ずる)。これに対し、一場物は中入がない。人物は順次登場し、退場したときが一曲の終りである。
二場物のほうが圧倒的に多く、現行曲の七〇パーセントを占めるから、構成上の特徴もさまざまである。もっとも典型的なのは複式夢幻能などと呼ばれてきた一群の能。前ジテが化身(里の女とか老人)、それが中入して、後ジテが本体(井筒の女とか源三位頼政の霊)として再登場する構造で、《井筒》もそうだが、《高砂》《八島》《頼政》《忠度》《定家》《芭蕉》《江口》《融》《鵺》《野守》等々、名曲の数々がこれに属する。
ところが、前ジテ・後ジテが化身・本体の関係でなく、まったく別個の役柄である能もある。ポピュラーなのは《船弁慶》で、前ジテは静御前、後ジテは平知盛の怨霊。《藤戸》の前ジテは老母、後ジテはその息子の霊。《朝長》の前ジテは青墓の宿の女主人、後ジテは源朝長の霊、という類である。この場合も一人の役者が前後のシテに扮する。
また、前ジテ・後ジテが化身・本体の関係でなく、単に、まったくの同一人物という能もある。《桜川》《花筐》《班女》《夜討曾我》《大仏供養》《正尊》など、狂女物や斬組物に多いが、劇中の時間経過、場面転換に応じて、いったん退場したシテが扮装を変えて再登場するわけで、現在能に固有の作劇法である。
中入するのはシテだけではない。《俊寛》《通小町》《羅生門》《輪蔵》など、ワキとかツレが中入する二場物の能もある。
一場物は、夢幻能でいえば《経政》《清経》《松風》《雪》など、現在能でいえば《景清》《隅田川》《百万》《自然居士》《邯鄲》《安宅》などが代表的である。
能といえば、初めにワキが登場して場面や状況の設定がなされ、そこへシテが登場して両者の応対となり、やがてシテの独演によって中心的な物語や主題が展開し、ワキはそれを黙って受け容れ、シテの退場をワキが見送って終わる、という形が一般的なようだが、すでに《景清》の例でも明らかなように、曲ごとにいろいろな登場順が見られる。
登場の形式は、地謡の謡につれてとか、ワキに呼びかけながらとかいうのもあるが、多くの場合、囃子の演奏をともなう。〈次第〉とか〈一声〉とかいうのがそれで、どの能でも演奏されるが、ほかに役種・役柄・曲柄・段ごとに、各種の登場の音楽がある。退場の場合も、登場ほど多くはないが、囃子の演奏をともなうことがある。
一曲の終り近くなると、シテの所作は動きが多くなり、舞事・働事なども加わって、盛り上がりを見せる。シテがシテ柱のそばで足拍子を踏んで一曲を終わることが多いが、シテが立ち去ったあとでワキが足拍子を踏んで終わる形もある。
曲が終わると、まだ舞台に残っている立方がまず幕に退場し、つぎに後見が作リ物を運び去り、最後に囃子方が幕へ、地謡が切戸へ退場し、舞台がもとの空白に戻るとすべて完了である。
狂言の上演形式には、いろいろ能と違う点がある。
狂言には、囃子や地謡の入らない曲が多い。そこで、まず本幕で立方が登場する。初めに出てくるのがシテであるかアドであるかは、もちろん、曲によってさまざまだが、いずれにせよ、第一の人物の名ノリで始まる曲が圧倒的に多い。名ノリをする位置は、いわゆる名乗座(常座の少し高め)が多く、大名など格式ばった役は正面先である。
そして、第二・第三の人物が登場することで会話劇が成り立っていく。第二・第三の人物の登場のしかたには、つぎのような形式が多い。
一般に、二人の人物が対話をかわすときは、名乗座と脇座で向き合う。また
囃子や地謡の入る曲も少なくない。旧来の慣行では、能と狂言とを交互に上演するのがふつうなので、狂言に囃子を要する場合は、その直前の能に出ていた囃子方がそのまま居続けて、演奏する。昨今のように、しばしば狂言と能を一番ずつ鑑賞する(すなわち番組の最初に狂言を上演する)催しの場合も、旧来の慣行に準じて、まず囃子方だけで素囃子などを演奏してから、そのまま引き続き狂言に出演する。囃子方は、狂言に出演するときは、クツロイで(横向きで)演奏する。
曲によって地謡も出るが、狂言の場合、囃子と地謡とが常に共演するとは限らない。囃子も地謡も要する曲、囃子は要しても地謡は要さない曲、囃子は要さないが地謡は要する曲、囃子も地謡も要さない曲、の四とおりがあるわけである。
狂言の地謡は、通常四人。《翁》(《式三番》)の地謡や仕舞の地謡と同じく、かならず後座に座る。
羽田 昶