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漢文学(日本大百科全書)
日本人の創作した漢詩および文学的な漢文。漢文学は日本人が中国の言語文字を用いて、日本人の思想感情を表現したものであることはいうまでもないが、中国の文学を崇拝、摂取して、自国の文学の発展に努力してきた。そのため中国文学の変遷に留意し、新しい傾向を追って
御堂関白記(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
藤原道長の日記。名称は、はじめは「入道殿御暦」「入道殿御日記」「御堂御日記」「御堂御暦」「御堂御暦記」「御暦日記」「法成寺入道左大臣記」「入道大臣記」などと呼ばれたが、「御堂御記」という固定化した名称が用いられるようになり、江戸時代の諸写本においては
多武峰少将物語(日本大百科全書・日本国語大辞典)
平安中期、10世紀後半の仮名文学。伝本の多くは「多武峯少将」とする。「物語」を書名に添えるのは江戸時代に入ってからである。『高光(たかみつ)日記』ともよばれるが、『河海(かかい)抄』(『源氏物語』の注釈書。14世紀)などに引く『高光日記』と同一か
古本説話集(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
平安時代後期の説話集。編者不明。二巻。上巻四十六話は本朝世俗説話で、すべて和歌をふくんでいる。下巻二十四話のうち三話は天竺の、ほかの二十一話は日本の仏教説話である。成立は大治年間(一一二六―三一)の末ごろと推定されているが、異説もある。上巻には
絵合(源氏物語)(日本古典文学全集)
〔一〕前斎宮の御入内のことは、中宮が熱心にご催促申されるが、こまごま行き届いたお世話までしてさしあげるような、これといった御後見もないことをご心配になるけれども、源氏の大臣は、朱雀院のお耳に達することをご遠慮なさって
松風(源氏物語)(日本古典文学全集)
〔一〕源氏の大臣は東の院を新築して、花散里と申した御方を移り住まわせなさる。西の対から寝殿の渡殿などにかけて、政所や家司などの詰所をしかるべくお設けになる。東の対は明石の御方のお住いにと予定していらっしゃる
東海道中膝栗毛(日本古典文学全集)
目次古典への招待凡例東海道中膝栗毛(扉)道中膝栗毛発端全(扉)膝栗毛発端序累解道中膝栗毛発端膝栗毛発端叙浮世道中膝栗毛完(扉)道中膝栗毛序道中膝栗毛凡例巻中書目浮世道中膝栗毛初篇東海道中膝栗毛二編乾・坤(扉)
新続古今和歌集(国史大辞典・日本国語大辞典)
室町時代に成立した勅撰和歌集。二十一代集の最後。永享五年(一四三三)八月将軍足利義教の発意により撰集の議が表面化し、二十五日後花園天皇の綸旨が撰者飛鳥井雅世に下り、和歌所開闔(かいこう、事務長)には権大僧都堯孝があてられた。九月歌人たちは勅撰集のため
秋夜長物語(日本国語大辞典)
解説・用例南北朝時代の男色稚児(ちご)物語。一巻。作者未詳。比叡山の僧桂海と、三井寺の稚児梅若との悲恋と、それをめぐって起きた三井寺と比叡山の争いを描く。桂海は後に東山雲居寺を建立して膽西(せんさい)上人と仰がれる。発音アキノヨノ=ナモノタリ[ア]
醒睡笑(世界大百科事典・日本大百科全書)
笑話本,噺本。8巻。安楽庵策伝が,京都所司代板倉重宗の依頼によって1615年(元和1)ごろに筆を起こし,23年に完成,28年(寛永5)3月17日に重宗に献呈したもの。写本で伝わるもの(広本)と整版本(略本,狭本)があるが,内閣文庫本(広本)には
五輪書(世界大百科事典・日本大百科全書)
江戸初期の兵法書。二天一流の流祖宮本武蔵の著。仏教の〈五大〉,地水火風空にかたどって5巻に分かれ,地の巻は兵法の大意,水の巻は兵法の利,火の巻は合戦の理,風の巻は他流の評論,空の巻は兵法の奥義について述べている。1643年(寛永20)から45年
御伽婢子(国史大辞典・世界大百科事典・日本国語大辞典)
仮名草子、怪異小説集。浅井了意作。十三巻十三冊、六十八話。寛文六年(一六六六)刊。中国の『剪燈新話』『剪燈余話』や『霊鬼志』『博異志』などの伝奇・志怪小説に構想を仰ぎ、舞台を室町時代に移して怪奇と浪漫、数奇な人生を雅趣豊かな文体で描く。『新御伽婢子』
海道記(中世日記紀行集)(日本古典文学全集)
〔一〕白川の辺り、中山の麓で、世を避けて、ひっそりと質素に侘住いをしている者がいる。生れついて才能がなく、能力を得ようとし学芸を習っても身につかない。もともと身の運に恵まれていないのだから、果報のつたなさを恥じ、運命を顧みて
好色一代男(井原西鶴集)(日本古典文学全集・国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
けした所が恋のはじまり桜もすぐ散ってしまって嘆きの種だし、月も限りがあって山の端にはいってしまう。そんなはかない眺めよりもと、限りのない、女色・男色の二道に打ち込んで、夢介と替名を呼ばれる太尽は、その
野ざらし紀行(甲子吟行)(日本大百科全書・世界大百科事典)
芭蕉(ばしょう)の俳諧(はいかい)紀行。一巻(一冊)。別名「甲子吟行(かっしぎんこう)」。1685年(貞享2)成立。書名は冒頭の句「野ざらしを心に風のしむ身哉(かな)」による。1684年8月門人千里(ちり)を伴い、芭蕉は深川の草庵(そうあん)を
世間胸算用(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
浮世草子。五巻五冊。井原西鶴作。元禄五年(一六九二)正月刊。各巻四章、合計二十編の短編を集めた町人物。題名の下に「大晦日(おおつごもり)は一日千金」と副題し、また、「元日より胸算用油断なく、一日千金の大晦日をしるべし」(序文)と記すように、当時の経済
養生訓(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸時代に出た心身の養生法を説いた最も著名な書。著者は福岡藩の学者貝原益軒。八巻。正徳三年(一七一三)著者八十四歳の著。医薬の知識をもつ父の指導で少年期に医薬および食物の性をほぼ知るに至った彼は、長い浪人期に医者になるつもりで再度長崎へ行く。
かなめいし(仮名草子集)(日本古典文学全集)
春が過ぎ夏も来て、その夏もしだいに半ばになると、藤や山吹の散った後、続いて咲く垣根の卯の花、大和撫子。庭もさながら錦を敷いたかと思える中、千葉・万葉・梨月・名月などというさつきも、とりどりにほころび始める。山ほととぎすは声の限り盛んに鳴き
大日本史(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
水戸藩主徳川家が編纂し、明治維新以後は同家が事業を継続して完成した漢文の歴史書。神武天皇から後小松天皇に至る時代を対象として中国の正史の体裁である紀伝体に従って叙述。本紀七十三巻、列伝百七十巻、志百二十六巻、表二十八巻、合計三百九十七巻(別に目録
解体新書(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
日本における西洋解剖書の本格的翻訳書。杉田玄白・中川淳庵・石川玄常・桂川甫周らの協力で成った。ただし名は特に挙げられていないが、前野良沢が翻訳の指導的立場にあったことは確かで、他になお数名の協力者がいた。全五巻。安永三年(一七七四)刊。原書はドイツ
好色敗毒散(日本古典文学全集)
第一 長崎船 あなたはご存じだろう、備前焼の水瓶は、大きいが値段が安い。名物の茶入れは、小さいけれどもその価格は千両もすることである。この理法からすると天竺・震旦は国土が広大であるといっても、小国のわが日本には、はるかに劣っているのも、道理なのだなあ
男色大鑑(日本古典文学全集)
色はふたつの物あらそい 神々が空に輝いていた御代の初め、天の浮橋の川原に住んでいた鶺鴒という鳥に教えられて、国常立尊は衆道に基づいて日の千麿の尊をお愛しなさった。すべての虫までも、男色の体位をとっているので、日本を蜻蛉国ともいうのである。
鎌倉大草紙(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
鎌倉御所足利氏を中心として関東の動静を記した史書。著者は東常縁に有縁の者との説もあるが、不詳。戦国時代ころの成立か。現行本は三巻。序文に「尊氏末流之遺書而関東大家之旧記」とあり、また下巻文中には『太平記』の欠を補うとの意あり、『太平後記』とも呼ばる。
源平盛衰記(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
戦記文学。四十八巻。『平家物語』の諸異本のうち、読みもの系伝本として最も大部のもの。『臥雲日件録』文明二年(一四七〇)正月四日条に、玄会(玄慧)法印が三十四人の学究とともに『平家物語』の諸伝本について評論し、集成本を作った由の伝承を記しているが
西行物語(世界大百科事典・日本国語大辞典・日本大百科全書)
西行の生涯を多数の歌をまじえて記した,鎌倉時代の物語。作者未詳。《西行一生涯草紙》《西行四季物語》《西行一代記》《西行記》とも称され,絵巻の形でも伝わる。鳥羽院の北面の武士藤原義清(のりきよ)は文武に秀でた青年であったが,25歳のとき友人の死を身近に
三国伝記(日本大百科全書・世界大百科事典)
説話集。沙弥玄棟(しゃみげんとう)編。室町時代中期(15世紀前期)成立。インド、中国、日本の説話が順繰りに配され、全12巻、各巻30話、合計360話の集成である。漢文の訓読調を主体に、和漢の名詩句や美辞麗句をちりばめた技巧的な文章で展開しており
常山紀談(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸時代の武将論随筆。湯浅常山著。二十五巻、拾遺四巻、付録(『雨夜燈』)一巻全三十冊。元文四年(一七三九)自序。明和四年(一七六七)松崎観海序。明和七年赤松蘭室跋。付録明和八年赤松蘭室跋。戦国時代末より近世初頭の将士に関する史談四百七十条を集録し
信生法師日記(日本古典文学全集)
〔一〕つらいことが訪ねて来ない「巌の中」もこの世の中にはなく、どこも隠れるべき山もない「山梨の花」であるから、ここと思い定めるべき場所もあるはずがないと、落ちつかない心に誘い出されて、東国の方へ修行のため、元仁二年の春二月の十日ころに、都を出発する
公事方御定書(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸幕府の司法法典。当初幕府では司法事件は先例および単行法令で裁判したが、八代将軍徳川吉宗の享保時代になると、先例も相当たまってきた。立法に興味を持っていた吉宗は、先例を主たる資料とし、新しい取極も含めた、主として庶民を対象とする法典の編纂を計画した
生類憐みの令(日本大百科全書・国史大辞典・世界大百科事典)
江戸幕府5代将軍徳川綱吉(つなよし)がその治世(1680~1709)中に下した動物愛護を主旨とする法令の総称。1682年(天和2)犬の虐殺者を死刑に処したのに始まり、85年(貞享2)馬の愛護令を発して以来、法令が頻発された。綱吉の意図は社会に仁愛の
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