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  11. 常陸国風土記

常陸国風土記

ジャパンナレッジで閲覧できる『常陸国風土記』の国史大辞典・日本古典文学全集のサンプルページ

国史大辞典
常陸国風土記
ひたちのくにふどき
和銅六年(七一三)五月の詔制に応じて撰進されたとみられる常陸国の地誌。巻頭に「常陸国司解 申古老相伝旧聞事」とあって、常陸国司から「解」の形式で提出された文書であることが知られる。はじめに常陸国全般にかかる総括的な記事が置かれ、ついで新治・筑波・信太・茨城・行方・香島・那賀・久慈・多珂(白壁・河内二郡の記事を欠く)の各郡の記事がつづく。各郡の記事は、はじめに郡名の起源、沿革などについて記し、ついで順次、里・村・駅・山川・井泉などに関する記述があり、地名起源説話を中心とする伝承、土地の状況、産物などが取り上げられる。古代の地誌として、その史料的価値はきわめて高く、特に大化改新後の地方制度整備の過程、造池造堤・開墾など開発途上にあった当時の常陸の姿が伝えられていることは貴重である。現在伝わる本は、冒頭の総記の部分と行方郡について「不略之」とあるほかは「最前略之」「以下略之」「已下略之」など省略を示す注記が十九ヵ所に存し、不完全な省略本である。撰者については、解文であるから国司の責任で編輯・提出されたことは明らかであるが、駢儷体の華麗な文章で綴られた記事(筑波郡の筑波岳、茨城郡の高浜、香島郡の童子女松原、久慈郡の小田里など)が散見することから、しかるべき文人の関与を想定し、当時、官人として常陸に在った藤原宇合(養老三年(七一九)七月前後、守として在任)、高橋虫麻呂、春日老を撰者に擬する説がある。霊亀元年(七一五)以前の成立とすれば、当時の守は石川難波麻呂、介は春日老であったらしいので、その責任での撰進という蓋然性もある。成立の時期については、菊多郡の分郡に触れないことと石城国が存在しないことから、ほぼ養老二年五月以前、郡の下に里が属することから、郷里制の施行された霊亀元年以前とみる説が有力であるが、国府以北の駅家は養老三年閏七月、石城の十駅設置と同時に置かれたものとみて、それ以降の撰進とする説、河内・白壁二郡の記事の欠逸、本文の省略などから、延長三年(九二五)十二月の風土記再提出の官命に応じた再撰本とみる説もある。伝本としては、現伝本の祖本にあたる彰考館本(戦災で焼失。加賀前田家の本の転写)の忠実な写本である菅政友本(茨城県立歴史館蔵)、武田祐吉旧蔵本(国学院大学蔵)、松下見林本(大東急記念文庫蔵)などが重要で、江戸時代の刊本に群書類従本・西野宣明校訂本(天保版本)がある。活字本には『日本古典文学大系』二、『茨城県史料』古代編、栗田寛著・後藤蔵四郎補『標註古風土記』常陸、『日本古典全集』一期古風土記集下(天保版本影印)、『寧楽遺文』下、『日本古典全書』風土記上などがある。
[参考文献]
秋本吉郎『風土記の研究』(『大阪経済大学研究叢書』六)、志田諄一『常陸風土記とその社会』、八木毅『古風土記・上代説話の研究』、井上雄一郎『評註常陸国風土記新講』
(飯田 瑞穂)


新編 日本古典文学全集
常陸国風土記
ひたちのくにふどき
【閲覧画面サンプル】
常陸国風土記 全体

【上記の拡大画像】
常陸国風土記 拡大

【現代語訳】
〔一〕
常陸の国の司の報告書。古老が口から口へ伝えている古い伝承を申す事。

国や郡のむかしの事を問うたところ、古老が答えて言ったことは、以下のとおりである。ずっとむかしは、相摸の国足柄の山の坂から東にあるそれぞれの県は、総称してあずまの国と言っていた。この当時、常陸とは言わなかった。ただ、新治・筑波・茨城・那賀・久慈・多珂の国と称して、それぞれ造・別を遣わして治めさせていた。その後、難波の長柄の豊前の大宮で天下をお治めになった天皇(孝徳天皇)のみ世になっ

【目次】
常陸国風土記(扉)
〔一〕総記
〔二〕新治の郡
〔三〕筑波の郡
〔四〕信太の郡
〔五〕茨城の郡
〔六〕行方の郡
〔七〕香島の郡
〔八〕那賀の郡
〔九〕久慈の郡
〔一〇〕多珂の郡
常陸の国の地名

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7. ひたちふどき【常陸風土記】
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11. あさぼうやま【朝房山】茨城県:水戸市/木葉下村
日本歴史地名大系
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12. あしおやま【足尾山】茨城県:新治郡
日本歴史地名大系
新治・真壁両郡の郡界にあり、北は加波山、南は筑波山に連なる。標高六二七・五メートル。古くは葦穂山と記され、「常陸国風土記」の新治郡の項に郡より東五十里に笠間の村 ...
13. あしがらぐん【足柄郡】
国史大辞典
戦国時代、江戸時代の初めには西郡と呼ばれた。足柄の名は『古事記』景行天皇段に足柄之坂本とみえ、『常陸国風土記』には足柄岳坂以東の諸県を我姫国と総称したとみえる。 ...
14. あしがらとうげ【足柄峠】神奈川県:南足柄市/矢倉沢村地図
日本歴史地名大系
ちて、三たび歎かして阿豆麻波夜と詔云りたまひき、故、其の国を号けて阿豆麻と謂ふ」とある。「常陸国風土記」にも「古は、相模の国足柄の岳坂より東の諸の県は、惣べて我 ...
15. あしがらとうげ【足柄峠】静岡県:駿東郡/小山町/竹之下村
日本歴史地名大系
亡妻を偲んで「阿豆麻波夜」といったことが東国の地名由来であるとの伝承を載せ(景行天皇段)、「常陸国風土記」にも相模国の「足柄の岳坂」より東の諸県はすべて「我姫の ...
16. あしがらやま【足柄山】静岡県:駿東郡/小山町
日本歴史地名大系
大森山・茶畑山・三国山あり。南は伊豆筥根山に続たる峰なり。湖水の北を姥子山と云」とある。「常陸国風土記」に「相模の国足柄の岳坂」から東の地域を「我姫の国」と称し ...
17. あぜのみなと【安是湖】千葉県:総論
日本歴史地名大系
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18. 麻生
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19. あそう[あさふ]【麻生】
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20. あそうごう【麻生郷】茨城県:常陸国/行方郡
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「和名抄」に「麻生」と記され、訓を欠く。「常陸国風土記」行方郡の項に「麻生の里あり。古昔、麻、潴水の涯に生へりき。囲み、大きなる竹の如く、長さ、一丈に余りき。里 ...
21. あそうむら【麻生村】茨城県:行方郡/麻生町
日本歴史地名大系
[現]麻生町麻生 霞ヶ浦の東南岸に位置し、北は島並村、南は粗毛村。地名の起りは、「常陸国風土記」に「麻生の里あり。古昔、麻、潴水の涯に生へりき。囲み、大きなる竹 ...
22. あばさきむら【阿波崎村】茨城県:稲敷郡/東村
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[現]東村阿波崎 北は霞ヶ浦の旧入江(現在は干拓地)に面し、東は下須田村・上須田村。「常陸国風土記」に記される乗浜村の地に比定されている。中世は東条庄に属し、建 ...
23. あまてらすおおみかみ【天照大神】
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god的なもので、同じようなことはいずれの民族でも、その民族の神についていえることであり、地方的にも『常陸国風土記』では鹿島の神が大神であり、『出雲国風土記』で ...
24. あらはらごう【荒原郷】茨城県:常陸国/行方郡
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「和名抄」に「荒原」と記され、訓を欠く。「常陸国風土記」行方郡の項に日本武尊に関して「現原の丘に幸し、御膳を供奉りき。(中略)其の岡高く敞る。敞を現原と名づく」 ...
25. アワ
世界大百科事典
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26. あわ【粟】
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27. あわごう【阿波郷】茨城県:常陸国/那賀郡
日本歴史地名大系
「和名抄」に「阿波」と記され、訓を欠く。常陸台渡廃寺跡出土瓦の銘文に「阿波郷丈部里」とみえる。「常陸国風土記」那賀郡の項に「粟河」とあって、これは那珂川をさし、 ...
28. いいなじんじゃ【飯名神社】茨城県:筑波郡/筑波町/臼井村
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34. 出雲国風土記(風土記) 219ページ
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『万葉』一七一七に「三川の淵瀬もおちず」。『大系』に「タヨル・ヨリソウ。縁・沿と同じ意」。『全書』は常陸国風土記那賀の郡の「縁〓泉所 ...
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