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平家物語(新編 日本古典文学全集・国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
平清盛を中心とする平家一門の興亡を描いた歴史物語で、「平家の物語」として「平家物語」とよばれたが、古くは「治承物語」の名で知られ、3巻ないし6巻ほどの規模であったと推測されている。それがしだいに増補されて、13世紀中ごろに現存の12巻の形に整えられたものと思われる
万葉集(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
飛鳥・奈良時代の歌集。二十巻。〔成立〕現在見る形にまとめられたのは何時か不明。制作年代のもっとも新しい歌は天平宝字三年(七五九)正月の大伴家持の作歌だから、最終的編纂はそれ以後になる。最近の伊藤博説によれば、巻一から巻十六まで
源氏物語(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
平安時代中期の11世紀初め、紫式部によって創作された長編の虚構物語。正しい呼称は「源氏の物語」で、「光源氏の物語」「紫の物語」「紫のゆかり」などの呼び方もある。後世は「源氏」「源語」「紫文」「紫史」などの略称も用いられた
日本書紀(新編 日本古典文学全集・国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・日本語大辞典)
神代より持統天皇十一年(六九七)八月に至る歴史書。舎人親王ら撰。三十巻、系図一巻(現存せず)。養老四年(七二〇)五月二十一日完成、奏上。書名は、現存の古写本には皆「日本書紀」とあり、この名は『令集解』公式令詔書式所引の古記にもみえるが
伊勢物語(新編 日本古典文学全集・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
平安前期の歌物語。別称に『在五が物語』『在五中将の日記』(「在五」は在原氏の五男業平のこと)。内容それぞれの冒頭が「昔、男……」と始まり、その多感な「昔男」の恋愛、友情、流離、別離など多岐にわたる内容が、和歌を中心に語られる小編の物語集。その章段は
玉鬘(源氏物語)【玉かづら】(新編 日本古典文学全集)
日本古典の最高傑作――光源氏の波瀾万丈の生涯を描いた大長編 主人公・光源氏の恋と栄華と苦悩の生涯と、その一族たちのさまざまの人生を、70年余にわたって構成。王朝文化と宮廷貴族の内実を優美に描き尽くした、まさに文学史上の奇跡といえる。藤原為時の女(むすめ)で歌人の紫式部が描いた長編で
今昔物語集(新編 日本古典文学全集・日本大百科全書・改訂新版世界大百科事典)
1000以上の説話を載せる、仏教&世俗説話の集大成 〈今昔(いまはむかし)……〉で始まる和漢混交文で書かれた1059の説話を、1~5巻「天竺(てんじく)部」(インド)、6~10巻「震旦(しんたん)部」(中国)、11~20巻「本朝(日本)仏法部」、21~31巻「本朝世俗部」の31巻で構成
黄表紙(日本国語大辞典・国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
黄色の表紙。草双紙(くさぞうし)の一つ。江戸後期、安永四年(一七七五)から文化三年(一八〇六)頃にかけて多く刊行され、黄色の表紙で、内容はしゃれ、滑稽、風刺をおりまぜた大人むきの絵入り小説
六国史(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
官撰の6種の国史の総称。奈良・平安時代に編纂された『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』がそれである。国史の編纂は古く、7世紀、聖徳太子のときに『天皇記』以下が完成したといわれるが
続日本紀(日本大百科全書・東洋文庫・改訂新版 世界大百科事典)
『日本書紀』に続く勅撰の歴史書。40巻。「六国史」の2番目。697年(文武天皇1)より791年(延暦10)に至る95年間を編年体で叙述する。797年(延暦16)に全40巻が完成・奏上されたが、それまでの編集過程は複雑である
金々先生栄花夢(日本大百科全書・国史大辞典)
黄表紙。2巻2冊。恋川春町(こいかわはるまち)作・画。1775年(安永4)刊。「金々先生」とは当時の流行語で、流行の先端をいく金持ちの粋人を意味する。江戸でひともうけしようとする田舎者(いなかもの)金村屋金兵衛は、目黒不動で名物の粟餅(あわもち)を食べようとし
桐壺(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕帝の桐壺更衣(きりつぼのこうい)への御おぼえまばゆし帝(みかど)はどなたの御代(みよ)であったか、女御(にようご)や更衣(こうい)が大勢お仕えしておられた中に、最高の身分とはいえぬお方で、格別に帝のご寵愛(ちようあい)をこうむっていらっしゃるお方があった。
帚木(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕 「光源氏」と、その名だけは仰山(ぎようさん)にもてはやされており、それでも、あげつらい申すにははばかられるような過(あやま)ちが多いということだのに、そのうえさらに、こうした色恋沙汰(ざた)の数々を後々の世にも聞き伝えて、軽薄なお方との浮名(うきな)を流すことになりはせぬかと、ご自分では秘密にしていらっしゃった裏話までも語り伝えたという人の
空蝉(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕源氏、空蝉を断念せず、小君を責める〔一〕 お寝(やす)みになれぬままに、「わたしは、こうも人に憎まれたことはこれまでもなかったのに、今夜という今夜は、はじめて人の世がままならぬものと身にしみて分ったから、恥ずかしくて、もうこのまま生きてはおられそうもない気がする」などとおっしゃるので、小君は涙をさえこぼして横になっている。
夕顔(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕源氏、乳母を見舞い、女から扇を贈られる〔一〕 六条のあたりにお忍びでお通いになるころ、宮中からお出ましになる途中のお立寄り所として、大弐(だいに)の乳(めの)母(と)がひどくわずらって尼になっていたのを見舞おうとして、五条にあるその家を訪ねておいでになる。
若紫(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕源氏、瘧病(わらわやみ)をわずらい、北山の聖を訪れる〔一〕 源氏の君は、瘧病をおわずらいになって、あれこれと手を尽してまじないや加持などおさせになるけれども、効験がなくて、たびたび発作をお起しになったので、ある人が、「北山でございますが、何々寺という所に、すぐれた修行者がおります。
末摘花(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕源氏、亡き夕顔の面影を追い求める〔一〕 いかほど思いを寄せても、なおどこまでも愛着のそそられたあの女(ひと)が、夕顔の露のようにはかなく消えてしまった、その折の悲しさを、源氏の君は年を経てもお忘れでなく、このお方もあのお方も、気のおける方々ばかりで、もったいぶってみたり心用意の深さを見せようとしたり、そうした面で張り合われるという有様だから
紅葉賀(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕 朱雀院(すざくいん)への行幸(ぎようこう)は十月十日過ぎである。このたびは常のそれとちがって、さぞや感興も深かろうと思われるお催しだったので、女御(にようご)や更衣(こうい)など御方々は、ご見物になれぬことを残念に思っていらっしゃる。帝(みかど)も、藤壺の宮がごらんにならないのを物足りなくおぼしめすので、その試楽を清涼殿(せいりようでん)の前庭でお催させになる。 源氏の中将は、青海波をお舞いになるのだった。
花宴(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕花の宴に、源氏と頭中将、詩作し、舞う〔一〕 二月の二十日余りに、南殿(なでん)の桜の宴を催しあそばす。中宮と東宮の御座所を、玉座の左右にしつらえて、お二方それぞれがお上りになる。弘徽殿女御は、中宮がこうして時めいていらっしゃるのを、何か事あるごとに、快からぬお気持であるけれども、今日のように盛大な物見には、とてもじっとしてはいらっしゃれなくて、参上なさる。
葵(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕桐壺帝譲位後の源氏と藤壺の宮〔一〕 御代が改まってから後、源氏の君は、何かにつけてお気が進まず、それにご身分の尊さも加わったせいか、軽率なお忍び歩きもはばかられるので、こちらの女(ひと)もあちらの女(ひと)も君を待ち遠しく心もとない嘆きを重ねておられる、その報いであろうか、君ご自身としても、やはり自分につれないお方のお心をどこまでも恨めしくお嘆きになっていらっしゃる。
賢木(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕桐壺帝譲位後の源氏と藤壺の宮〔一〕 御代が改まってから後、源氏の君は、何かにつけてお気が進まず、それにご身分の尊さも加わったせいか、軽率なお忍び歩きもはばかられるので、こちらの女(ひと)もあちらの女(ひと)も君を待ち遠しく心もとない嘆きを重ねておられる、その報いであろうか、君ご自身としても、やはり自分につれないお方のお心をどこまでも恨めしくお嘆きになっていらっしゃる。
花散里(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕源氏、五月雨の晴れ間に花散里を訪れる〔一〕 人に知られぬ、我から求めての御物思わしさは、いつと限らぬことのようであるけれど、このように世間一般の動きにつけてまで厄介で、お心を労されることばかり増してゆくので、源氏の君はなんとなく心細く、世の中のすべてを厭(いと)わしく思わずにはいらっしゃれなくなるが、いざそれではとなるとさすがに振り捨てかねる絆(きずな)も多いのである。
須磨(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕源氏、須磨に退去を決意 人々との別れ〔一〕 世の中の形勢が、源氏の君にとってまことにわずらわしく、居心地のわるいことばかり多くなってゆくので、自分としては、しいて素知らぬ顔でやり過していても、あるいはこれ以上に恐ろしい事態になるかもしれない、という思いになられた。 あの須磨は、昔こそ人の住いなどもあったのだったが、今はまったく人里離れてもの寂しく
明石(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕風雨やまず、京より紫の上の使者来る〔一〕 依然として雨風がやまず、雷のおさまらぬままに幾日にもなった。源氏の君は、いよいよやりきれないことが数限りなく起ってきて、来し方行く末悲しい御身の上なので、もうとても強気でいることもおできにならず、「どうしたものだろう、こうしたことがあったからとて、都に帰ろうものなら、それもまだ世間に許されぬ身であってみれば、なおさらもの笑いになるばかりだろう。
澪標(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕故院追善の御八講と源氏の政界復帰〔一〕 夢にありありとそのお姿がお見えになってからというものは、源氏の君は、故院の御事をお心におかけになって、どうかして、あの世の悪道でお苦しみあそばす罪障を、お救い申しあげる追善供養(ついぜんくよう)をしてさしあげたいものとお心を痛めていらっしゃるのだったが、こうして都にご帰還になってからは、まずそのご準備をなさる。
蓬生(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕源氏謫居(たつきよ)の間、人々ひそかに嘆き悲しむ〔一〕 源氏の君が、須磨の浦で「藻塩(もしお)たれつつ」悲境に沈んでいらっしゃったころ、都でも、さまざまに嘆き悲しんでおられる人が多かったが、それにしても、ご自分の身に頼りどころのある方々は、ただ君を恋い慕うという点では堪えがたそうな有様であったが――二条院の紫の上などもお暮しにご不自由がないので
行基菩薩学仏法導人語第二(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
二〔今は昔、わが国に〕行基菩薩(ぎようぎぼさつ)と申し上げる聖(ひじり)がおいでになった。和泉国大鳥(いずみのくにおおとりの)〔郡(こおり)の人である。その出生の〕時、胞衣(えな)に包まれて生れたので、父がこれを見て〔忌まわしく思い、木の枝の上に載せておいたところ、数日たって見ると、胞衣から出てものを言った。〕それで父母は取り下ろして養育することになった。
役優婆塞誦持呪駈鬼神語第三(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
の寺を〔建立〕し、不便な場所には道を作り、深い川には橋をおかけになった。文殊(もんじゆ)の化身としてお生れになったのだ、とこう語り伝えているということだ。三 今は昔、本朝、〔文武(もんむ)〕天皇(てんのう)の御代(みよ)に役(え)の優婆塞(うばそく)と申し上げる聖人(しようにん)がおいでになった。
道照和尚亘唐伝法相還来語第四(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
朝廷を恐れはばかって配所にそっといるが、夜には駿河国(するがのくに)の富士山に行って修行する。そしてひたすらこの罪の許されるように願い祈っていた。三年たって、朝廷は優婆塞に罪がないとおわかりになって召し帰され(以下、原文欠脱)四 今は昔、本朝、天智天皇の御代(みよ)に道照和尚(どうしようわじよう)という聖(ひじり)がおいでになった。
道慈亘唐伝三論帰来神叡在朝試語第五(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
の光が見えるか、どうだ」と言う。弟子が、「見えます」と答えると、道照は、「このことを言い広めるなよ」と言われた。その後、夜になってその光が部屋から出て、寺の庭の植木を輝かせた。しばらく輝いてから、光は西をさして飛んでいく。弟子たちはこれを見てひどく恐れおののいた。
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