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平家物語(日本古典文学全集・国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
祇園精舎の鐘の音は、諸行無常の響きをたてる。釈迦入滅の時に、白色に変じたという沙羅双樹の花の色は、盛者必衰の道理を表している。驕り高ぶった人も、末長く驕りにふける事はできない、ただ春の夜の夢のようにはかないものである。勇猛な者もついには滅びてしまう
平曲(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
『平家物語』の詞章を琵琶の伴奏で弾き語りする語物の一種。「平家琵琶」「平語」ともいう。室町時代まで盲人演奏家によって伝承され、江戸時代以降は晴眼者で演奏する者も現れた。 [シルヴァン・ギニアール]歴史と流派。13世紀初めに雅楽・声明・盲僧琵琶の三者を源流として成立。
慈円(国史大辞典)
一一五五-一二二五。鎌倉時代前期の天台宗の僧。初名道快、諡慈鎮、無動寺法印・吉水僧正とよばれた。久寿二年(一一五五)四月十五日生まれる。父は関白藤原忠通、母は藤原仲光の女加賀。同母兄に兼実・道円・兼房ら、異母兄に基実・基房・覚忠らがあった。二歳で母に、十歳で父に別れ、権中納言藤原経定の未亡人に養われた。
琵琶法師(改訂新版・世界大百科事典)
琵琶を伴奏にして叙事詩を語った盲目の法師形の芸能者。7世紀末ころに中国より伝来した琵琶は,管絃の合奏に用いられる一方,盲僧と結んで経文や語り物の伴奏楽器とされた。《今昔物語集》には琵琶にすぐれた宇多天皇の皇子敦実親王の雑色蟬丸が,盲目となって逢坂山に住んだが,そのもとに源博雅が3年間通って秘曲を伝授される話を
殿上闇討(日本古典文学全集・世界大百科事典)
その先祖を調べてみると、桓武天皇第五の皇子、一品式部卿葛原親王の九代の子孫にあたる讃岐守正盛の孫であり、刑部卿忠盛朝臣の嫡男である。あの葛原親王の御子、高視王は無位無官でお亡くなりになった。その御子高望王の時に、初めて平の姓を賜って
座主流(日本古典文学全集)
安元三(治承元)年五月五日、天台座主明雲大僧正の朝廷の法会・講論への出席を止められたうえ、蔵人を御使いにして如意輪観音のご本尊を召し返して、護持僧の役を替えられる。そして検非違使庁の使いを出して、今度神輿を内裏へ振り上げ申した衆徒の張本人
赦文(日本古典文学全集)
治承二年正月一日、院(後白河法皇)の御所(法住寺殿)では元旦の拝賀が行われ、四日には朝覲の行幸があった。何事も例年と変った事はないが、去年の夏、新大納言成親卿以下、側近の人々が多数殺された事について、法皇の御憤りはまだ解けない。法皇は政務にも気が
厳島御幸(日本古典文学全集)
治承四年正月一日、鳥羽殿には、入道相国(清盛)も人の参賀を許さず、後白河法皇もそれを気がねしていらっしゃったので、元日、三が日の間鳥羽殿に参賀に参る人もない。けれども故少納言入道信西の子息、桜町の中納言成範卿、その弟、左京大夫脩範だけが許されて参られ
都遷(日本古典文学全集)
治承四年六月三日、福原へ帝(安徳天皇)が行幸なさるというので、京中騒然としている。ここ数日、遷都が行われそうだという噂だったけれども、いきなり今日・明日のこととは思っていなかったのに、これはなんとしたことだと、上も下も騒ぎ合っている。そのうえ
新院崩御(日本古典文学全集)
治承五年正月一日、内裏では東国の戦乱、奈良の火災によって、小朝拝の儀をおやめになり、主上(安徳天皇)のお出ましもない。楽器も吹き鳴らさず、舞楽も行わず、吉野の国栖の者も参らず、藤原氏の公卿は一人も参内なさらない。藤原氏の氏寺(興福寺)が焼失したからで
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