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日本古典文学全集

新編 日本古典文学全集
厳島御幸(平家物語)
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【現代語訳】
厳島御幸
 治承四年正月一日、鳥羽殿には、入道相国(清盛)も人の参賀を許さず、後白河法皇もそれを気がねしていらっしゃったので、元日、三が日の間鳥羽殿に参賀に参る人もない。けれども故少納言入道信西の子息、桜町の中納言成範卿、その弟、左京大夫脩範だけが許されて参られた。同年正月二十日、東宮の御袴着および御真魚始めといって、めでたいことがあったけれども、法皇は鳥羽殿で、よそごとのようにお聞きになった。

二月二十一日、高倉天皇は特にご病気もおありにならないのに、しいて御譲位おさせ申し、東宮が皇位を継がれた。これは入道相国が万事思うままになるところからしたことである。平家の人々は時勢がよくなったといってみんな大騒ぎしている。内侍所・神璽・宝剣の三種の神器をお渡し申し上げる。公卿たちは陣の座に集まって、古くから行われている行事などを先例に従って行ったが、弁内侍が御剣を取って歩み出る。清涼殿の西側の間で、泰通の中将がそれを受け取る。備中の内侍が神璽のはいった御箱を取り出す。隆房の少将が受け取る。

【目次】
巻第四(扉)
梗概
厳島御幸
還御
源氏揃
鼬之沙汰
信連

山門牒状
南都牒状
永僉議
大衆揃
橋合戦
宮御最期
若宮出家
通乗之沙汰
ぬえ
三井寺炎上

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検索コンテンツ
1. 高倉院厳島御幸記(著作ID:360509)
新日本古典籍データベース
たかくらいんいつくしまごこうき 厳島記 厳島御幸記 厳島御幸の道の記 土御門内大臣通親日記 土御門通親(つちみかどみちちか) 紀行 治承四
2. あし【足・脚】
日本国語大辞典
入足(いりあし)または惣足(そうあし)といい、後者を立足(たちあし)といって区別する。→足が入る。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「御舟のあし深くて湊へかかりしか
3. あそび‐あ・う[‥あふ]【遊合】
日本国語大辞典
〔自ハ四〕複数の人で、詩歌、管弦、舞などをする。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「鼓打ちて、ひまなく神なぎども集りて、あそびあひたり」
4. あそび‐もの【遊者】
日本国語大辞典
小袖を出事。是は式躰すべからず。立ながら出すべし」(2)「あそびめ(遊女)」に同じ。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「御湯など召して、この泊のあそびものども、古き
5. あながち‐げ【強─】
日本国語大辞典
〔形動〕(「げ」は接尾語)ひたむきであるさま。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「『あらぬ別も』など、あながちげに申たりける人のわりなさに」
6. あらたむら【荒田村】兵庫県:神戸市/兵庫区
日本歴史地名大系
帰京の途中、四月五日に福原に立寄り「あした」にある頼盛の家で笠懸けなどを楽しんでいる(高倉院厳島御幸記)。慶長国絵図は村名のみで石高の記載はない。元和三年(一六
7. あられ の 方(ほう)
日本国語大辞典
「あられこもん(霰小紋)」に同じ。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「庭には黒き白き石にて、あられの方に石畳にし」
8. あり‐の‐うら【有の浦】
日本国語大辞典
広島県宮島町にあった渡し場。蟻浦。在浦。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「宮島のありのうらに神宝調へ立てて、御拝あり」*平家物語〔13C前〕四・還御「風はげしけれ
9. ありのうら【有浦】広島県:佐伯郡/宮島町/東町
日本歴史地名大系
り西崎(経の尾の先端)までうめ尽していたことを記している。また治承四年(一一八〇)の「高倉院厳島御幸記」にも内侍たちが渚で歌を詠む様などが記される。古くから厳島
10. あわじ‐しま[あはぢ‥]【淡路島】
日本国語大辞典
源氏物語〔1001~14頃〕明石「ただ、目のまへにみやらるるは、あはちしま成りけり」*高倉院厳島御幸記〔1180〕「あはぢしまかたぶく月をながめてもよにありあけ
11. いえしま【家島】兵庫県:飾磨郡/家島町
日本歴史地名大系
室泊(現御津町)に立寄った源通親は、筑紫へ向かう船は風により家島に停泊すると記している(高倉院厳島御幸記)。文安二年(一四四五)一月二日には家島船籍の船一艘がナ
12. いきどほ・る【憤る】
全文全訳古語辞典
鬱屈する。 ❷激しい怒りや恨みの思いを態度に表す。憤慨する。怒る。 「山門大衆憤り申す」〈平家・4・厳島御幸〉比叡山の僧侶達は憤慨して申し上げる。
13. いくたのもり【生田森】兵庫県:神戸市/中央区/生田宮村
日本歴史地名大系
日、高倉上皇一行が安芸厳島神社に参詣した際「いくたのもり」を過ぎて福原に着いたとある(高倉院厳島御幸記)。なお関連して生田池・生田川・生田野・生田浦なども歌枕と
14. いたい を 正(ただ)しくす
日本国語大辞典
身なりをきちんとして、威儀を正しくする。*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「これみな襁褓(きゃうほう)のなかに包まれて衣帯(いたい)を正しうせざっしかども」
15. いつくしま【厳島】広島県:佐伯郡/宮島町
日本歴史地名大系
る。一方、厳島は宮島ともよばれるが、これは時代が下り、年代のはっきりしているものでは「高倉院厳島御幸記」の治承四年(一一八〇)三月二五日に「宮島ちかくなりにけり
16. いつくしまじんじゃ【厳島神社】広島県:佐伯郡/宮島町/厳島
日本歴史地名大系
島内の内宮には経蔵と読経所・鐘楼があったぐらいで、神宮寺以下の仏教関係の建造物は外宮側にあった。「高倉院厳島御幸記」に記された「宮じまの座主」も、外宮側にあった
17. いつ‐し‐か【何時─】
日本国語大辞典
そ)あり。かれをこそいつしかなりと申ししに、是は二歳にならせ給ふ」*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「新帝今年三歳、あはれ、いつしかなる譲位かなと、時の人々申し
18. いつ-し-か【何時しか】
全文全訳古語辞典
いさま。あまりに早い。早すぎる。 「新帝今年三歳、あはれ、いつしかなる譲位かな」〈平家・4・厳島御幸〉新帝(=安徳天皇)は今年三歳、ああ、早すぎるご譲位だなあ。
19. いつ と なし
日本国語大辞典
花散里「人知れぬ御心づからの物思はしさは、いつとなきことなめれど」*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「法皇のいつとなう鳥羽殿に押しこめられてわたらせ給ふ」(2)
20. いなみ‐の【印南野】
日本国語大辞典
居播磨国賀古郡印南野〓焉」*高倉院厳島御幸記〔1180〕「播磨国まで来越えけるにや、いなみのなどきこゆるにぞ、あはれにおぼゆる」*平家
21. い・る【入・要】
日本国語大辞典
故か思はずあらむ紐の緒の心に入(いり)て恋しきものを〈作者未詳〉」*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「法皇の見参に入(いら)ばや」*滑稽本・浮世風呂〔1809~
22. いん‐ぐう[ヰン‥]【院宮】
日本国語大辞典
〔1105〕正月二五日「此間院宮外官未給、公卿未給、公卿当年二合」*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「絵かき花つけたる侍共いで入て、ひとへに院宮(ゐんぐう)のご
23. うえ[うへ]【上】
日本国語大辞典
へはつれなきうらにこそ物あらがひはつくといふなれ〈よみ人しらず〉」*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「うへには平家に御同心、したには〈略〉入道相国の謀反(むほん
24. うぐいす[うぐひす]【鶯】画像
日本国語大辞典
るしなきねをもなく哉鶯のことしのみちる花ならなくに〈凡河内躬恒〉」*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「梢の花色おとろえて、宮の鶯声老いたり」*談義本・根無草〔1
25. うち‐うみ【内海】
日本国語大辞典
ないかい。〓外海(そとうみ)。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「我も我もと舟ども帆うちかけて〈略〉備前国うちうみ通らせたまふ」*忘れえぬ人々
26. うち‐かわ・る[‥かはる]【打代・打変】
日本国語大辞典
うちかはりつつ参りて、おこらせ給て、あさましく聞え侍りしに」(2)すっかり前と変わる。うってかわる。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「きこしめして御気色うちかはり
27. うつし の 馬(うま)
日本国語大辞典
「うつしうま(移馬)」に同じ。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「殿より唐の御車、うつしのむま、何くれと殿へまゐらせさせ給」*宇治拾遺物語〔1221頃〕一〇・一「御
28. うらがなし‐げ【心悲─】
日本国語大辞典
*源氏物語〔1001~14頃〕玉鬘「船人も誰れを恋ふとか大島のうらがなしげに声のきこゆる」*高倉院厳島御幸記〔1180〕「夜舟漕ぐ声、まことにうらがなしげに聞ゆ
29. えいや‐ごえ[‥ごゑ]【─声】
日本国語大辞典
)力を入れてある事をする時、または元気を出すために発する掛け声。えい声。えいえい声。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「なぎたる朝の海に、舟人のえいやごゑ、めづらし
30. えい‐ゆう【栄雄】
日本国語大辞典
〔名〕(「えいよう(栄耀)」の変化した語)栄え時めくこと。栄華。*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「出家入道の後も栄雄(ゑいゆう)はつきせずとぞみえし」*平治物
31. えん‐どう[‥ダウ]【筵道・縁道】画像
日本国語大辞典
御堂関白記‐長和五年〔1016〕正月二九日「持鏡、釼次将従莚道歩」*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「幔門をひらき、掃部寮(かもんれう)縁道をしき、ただしかりし
32. おお‐くち[おほ‥]【大口】画像
日本国語大辞典
口。風流(ふりゅう)の時は上の袴を省略して用い、能装束の着用にその様式を伝えている。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「さまざまの花をつけて、大くちを着て、田楽つか
33. おし‐おろ・す【押下】
日本国語大辞典
立起(たちあが)る処を」(2)むりにおろす。位などをむりに下げる。*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「主上ことなる御つつがもわたらせ給はぬを、をしおろしたてまつ
34. おそ・れる【恐・畏・怖・懼】
日本国語大辞典
夷、王の仰せに恐れて答る事无し」*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「鳥羽殿には相国(しゃうこく)も許さず、法皇もおそれさせ在(まし)ましければ」*金刀比羅本平
35. おち‐かか・る【落掛】
日本国語大辞典
し単衣(ひとへもの)〈山川〉」(2)太陽や月がある物の上に沈む。また、沈もうとする。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「空も晴れ風もしづまりて、有明の月淡路島にをち
36. 伽婢子 2 353ページ
東洋文庫
本土とは大野ノ瀬戸で隔た る厳島のこと。弥山の北麓、御手洗川河口には厳 島神社が鎮座。宮島の名は、『高倉院厳島御幸記』 (治承四年三月二五日条)に「宮島ちかくな
37. おもう‐さま[おもふ‥]【思様】
日本国語大辞典
*源氏物語〔1001~14頃〕賢木「父親王(ちちみこ)も思さまに聞こえかはし給ふ」*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「これは入道相国よろづおもふさまなるが致すと
38. お‐ゆどの【御湯殿】
日本国語大辞典
〔名〕(「お」は接頭語)(1)湯殿、また、湯あみすることを尊んでいう語。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「御ゆ殿などありて、絹の御浄衣(じゃうえ)めして出でさせ給
39. かた‐む・ける【傾】
日本国語大辞典
だらひ)の中に傾(カタム)けた事もあった」(5)非難する。けなす。*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「今度の譲位いつしかなりと、誰かかたむけ申べき」*金刀比羅本
40. かち より
日本国語大辞典
安初期点〔810頃〕「時に長老畢陵伽婆蹉いて老い羸れて、歩(カチ)より渉るに堪へず」*高倉院厳島御幸記〔1180〕「また、かちよりや福原まで着かせ給べき」*徒然
41. かもじんじゃ【賀茂神社】兵庫県:揖保郡/御津町/室津
日本歴史地名大系
治承四年(一一八〇)三月、高倉上皇は安芸厳島神社への参詣途中、当社に立寄り幣を奉っている(高倉院厳島御幸記)。長禄三年(一四五九)山名是豊によって社殿の造替が行
42. から の 船(ふね)
日本国語大辞典
「からふね(唐船)」に同じ。*高倉院厳島御幸記〔1180〕「福原より、けふよき日とて船に召しそむべしとて、からのふねまいらせたり」
43. かわじり【河尻】大阪府:大阪市/東淀川区/江口村
日本歴史地名大系
ら当該史料によってその比定地が異なる場合や、また特定地名と考えられない場合もあるが、「高倉院厳島御幸記」の「川しりのてら江といふ所につかせ給ふ」や、「山槐記」治
44. 河尻泊
日本大百科全書
重要性は飛躍的に増大した。鎌倉時代の公卿くぎょう源(土御門つちみかど)通親みちちかの『高倉院厳嶋御幸記いつくしまごこうき』によると、御幸の一行は「川しりのてら江
45. かんとの‐もり【神殿守】
日本国語大辞典
〓之」*高倉院厳島御幸記〔1180〕「この山の上にかもをぞいはひたてまつりける。〈略〉年老いたる神とのもりあり」*
46. かん‐どり【楫取・舵取】
日本国語大辞典
*能因本枕草子〔10C終〕一六〇・えせものの所得るをりの事「渡りするをりのかんとり」*高倉院厳島御幸記〔1180〕「舟子かんどりなほ心ことにさうぞきたり」*太平
47. かん‐ぷ【乾符】
日本国語大辞典
〔名〕天皇であることの証。神器。けんぷ。*源平盛衰記〔14C前〕二三・新院厳嶋御幸「伏惟初以〓庸昧之身
48. がく‐や【楽屋】画像
日本国語大辞典
4〕八月九日「楽人等参着楽屋辺、次法会始証誠前大僧正行玄着仏前座」*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「朝覲のために法住寺殿へ行幸ありしには、楽屋に乱声を奏し」(
49. がん‐ざん[グヮン‥]【元三】
日本国語大辞典
〓」*平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「元日(ぐゎんにち)元三の間、参入する人もなし」*浄瑠璃・初庚申楽遊〔1679〕一「ときのはじめのぐゎん三は
50. がん‐にち[グヮン‥]【元日】
日本国語大辞典
れば、ついたちには元日の朝拝よりはじめ、さまざまにめでたし」*高野本平家物語〔13C前〕四・厳島御幸「元日(グ〓ンニチ)元三の間、
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