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  11. 須磨(源氏物語)
新編 日本古典文学全集

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須磨(源氏物語)
すま
日本古典の最高傑作――光源氏の波瀾万丈の生涯を描いた大長編
主人公・光源氏の恋と栄華と苦悩の生涯と、その一族たちのさまざまの人生を、70年余にわたって構成。王朝文化と宮廷貴族の内実を優美に描き尽くした、まさに文学史上の奇跡といえる。藤原為時の女(むすめ)で歌人の紫式部が描いた長編で、「桐壺(きりつぼ)」から「夢浮橋(ゆめのうきはし)」までの54巻からなる。
[中古][物語]
校注・訳:阿部秋生 秋山 虔 今井源衛 鈴木日出男

〔一〕源氏、須磨に退去を決意 人々との別れ
〔一〕 世の中の形勢が、源氏の君にとってまことにわずらわしく、居心地のわるいことばかり多くなってゆくので、自分としては、しいて素知らぬ顔でやり過していても、あるいはこれ以上に恐ろしい事態になるかもしれない、という思いになられた。 あの須磨は、昔こそ人の住いなどもあったのだったが、今はまったく人里離れてもの寂しく、漁師の家さえもまれであるなどとお聞きになるけれども、人の出入りが多くてにぎやかな所に住むのもまったく本意にもとるというもの、そうかといって都を遠ざかるのも、故郷(ふるさと)のことが気がかりであろうしと、あれこれと見苦しいくらいに君は思い困じていらっしゃる。 何につけても、今までのこと、これから先のことをお思い続けになると、悲しいことがじつにさまざまである。おもしろからぬものと見切りをつけておしまいになった世の中であるが、それでも、これで、いよいよ住み離れてしまうのだとお思いになると、まことにあきらめにくいことが多々あるが、その中にも、姫君が明け暮れ日を経(へ)るにつれていよいよ嘆き悲しんでいらっしゃるご様子が胸痛くいじらしく感じられるので、これがどこをどうさまよっても、必ずまた逢(あ)えることが分っていらっしゃるような場合であっても、ほんの一日二日の間
須磨(源氏物語)〔一〕源氏、須磨に退去を決意 人々との別れ
〔二〕源氏、左大臣邸を訪れて別れを惜しむ
二三日かねて、夜に隠れて大殿に渡りたまへり。網代車のうちやつれたるにて、女車のやうにて隠ろへ入りたまふも、いとあはれに夢とのみ見ゆ。御方いとさびしげにうち荒れたる心地して、若君の御…
〔三〕源氏、二条院で紫の上と別離を嘆く
殿におはしたれば、わが御方の人々も、まどろまざりける気色にて、所どころに群れゐて、あさましとのみ世を思へる気色なり。侍所には、親しう仕うまつるかぎりは御供に参るべき心まうけして私の…
〔四〕源氏、花散里を訪れて懐旧の情を交す
花散里の心細げに思して、常に聞こえたまふもことわりにて、かの人もいま一たび見ずはつらしとや思はんと思せば、その夜はまた出でたまふものから、いとものうくて、いたう更かしておはしたれば…
〔五〕旅立ちの準備 邸内の雑事や所領の処置
よろづのことどもしたためさせたまふ。親しう仕うまつり世になびかぬかぎりの人々、殿の事とり行ふべき上下定めおかせたまふ。御供に慕ひきこゆるかぎりは、また選り出でたまへり。 かの山里の…
〔六〕源氏、朧月夜と忍んで消息を交す
尚侍の御もとに、わりなくして聞こえたまふ。源氏「問はせたまはぬもことわりに思ひたまへながら、今はと世を思ひはつるほどのうさもつらさも、たぐひなきことにこそはべりけれ。逢ふ瀬なき涙の…
〔七〕藤壺の宮へ参上 故院の山陵を拝む
明日とての暮には、院の御墓拝みたてまつりたまふとて、北山へ参でたまふ。暁かけて月出づるころなれば、まづ入道の宮に参でたまふ。近き御簾の前に御座まゐりて、御みづから聞こえさせたまふ。…
〔八〕東宮方の女房ら、源氏の悲運を嘆く
明けはつるほどに帰りたまひて、春宮にも御消息聞こえたまふ。王命婦を御かはりとてさぶらはせたまへば、その局にとて、源氏「今日なん都離れはべる。また参りはべらずなりぬるなん、あまたの愁…
〔九〕源氏、紫の上を残して須磨の浦へ出発
その日は、女君に御物語のどかに聞こえ暮らしたまひて、例の夜深く出でたまふ。狩の御衣など、旅の御よそひいたくやつしたまひて、源氏「月出でにけりな。なほすこし出でて見だに送りたまへかし…
〔一〇〕須磨の家居の有様 都の人たちへ文を書く
おはすべき所は、行平の中納言の藻塩たれつつわびける家居近きわたりなりけり。海づらはやや入りて、あはれにすごげなる山中なり。垣のさまよりはじめてめづらかに見たまふ。茅屋ども、葦ふける…
〔一一〕紫の上、源氏の文を見て嘆き悲しむ
京には、この御文、所どころに見たまひつつ、御心乱れたまふ人々のみ多かり。二条院の君は、そのままに起きも上がりたまはず、尽きせぬさまに思しこがるれば、さぶらふ人々もこしらへわびつつ心…
〔一二〕藤壺・朧月夜・紫の上それぞれの返書
入道の宮にも、春宮の御事により、思し嘆くさまいとさらなり。御宿世のほどを思すには、いかが浅くは思されん。年ごろは、ただものの聞こえなどのつつましさに、すこし情ある気色見せば、それに…
〔一三〕六条御息所と文通、花散里への配慮
まことや、騒がしかりしほどの紛れに漏らしてけり。かの伊勢の宮へも御使ありけり。かれよりもふりはへたづね参れり。浅からぬことども書きたまへり。言の葉、筆づかひなどは、人よりことになま…
〔一四〕朧月夜、帝のちようを受けつつも源氏を慕う
尚侍の君は、人笑へにいみじう思しくづほるるを、大臣いとかなしうしたまふ君にて、切に宮にも内裏にも奏したまひければ、限りある女御、御息所にもおはせず、公ざまの宮仕と思しなほり、またか…
〔一五〕須磨の秋 源氏、憂愁の日日を過す
須磨には、いとど心づくしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平の中納言の、関吹き越ゆると言ひけん浦波、夜々はげにいと近く聞こえて、またなくあはれなるものはかかる所の秋なりけり。 御前に…
〔一六〕大宰大弐、上京の途次、源氏を見舞う
そのころ大弐は上りける。いかめしく類ひろく、むすめがちにてところせかりければ、北の方は舟にて上る。浦づたひに逍遥しつつ来るに、外よりもおもしろきわたりなれば心とまるに、大将かくてお…
〔一七〕弘徽殿の意向をはばかる人々と二条院の状況
都には、月日過ぐるままに、帝をはじめたてまつりて、恋ひきこゆるをりふし多かり。春宮はまして常に思し出でつつ忍びて泣きたまふを、見たてまつる御乳母、まして命婦の君はいみじうあはれに見…
〔一八〕須磨の源氏、流竄るざんの思いに嘆きわびる
かの御住まひには、久しくなるままに、え念じ過ぐすまじうおぼえたまへど、わが身だにあさましき宿世とおぼゆる住まひに、いかでかは、うち具してはつきなからむさまを思ひ返したまふ。所につけ…
〔一九〕明石の入道、娘を源氏に奉ることを思う
明石の浦は、ただ這ひ渡るほどなれば、良清朝臣、かの入道のむすめを思ひ出でて文などやりけれど、返り事もせず、父の入道ぞ、「聞こゆべきことなむ。あからさまに対面もがな」と言ひけれど、う…
〔二〇〕春めぐりくる須磨を宰相中将が訪問する
須磨には、年かへりて日長くつれづれなるに、植ゑし若木の桜ほのかに咲きそめて、空のけしきうららかなるに、よろづのこと思し出でられて、うち泣きたまふをり多かり。二月二十日あまり、去にし…
〔二一〕三月上巳のはらえの日、暴風雨に襲われる
弥生の朔日に出で来たる巳の日、「今日なむ、かく思すことある人は、禊したまふべき」と、なまさかしき人の聞こゆれば、海づらもゆかしうて出でたまふ。いとおろそかに、軟障ばかりを引きめぐら…
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1. 須磨(源氏物語)
日本古典文学全集
主人公・光源氏の恋と栄華と苦悩の生涯と、その一族たちのさまざまの人生を、70年余にわたって構成。王朝文化と宮廷貴族の内実を優美に描き尽くした、まさに文学史上の奇 ...
2. 須磨
世界大百科事典
氏物語》須磨之巻には,政変で失脚した光源氏の須磨蟄居(ちつきよ)のようすが須磨の自然描写を織り込んで描かれている。謡曲《松風》は,行平に愛された2人の美女〈松風 ...
3. すま【須磨】
日本国語大辞典
古くは関所が置かれ、また、源平の古戦場として知られる一ノ谷や白砂青松の須磨の浦を含み、明石と並び称された月の名所。歌枕。*万葉集〔8C後〕三・四一三「須磨の海人 ...
4. すまげんじ【須磨源氏】
日本国語大辞典
観世・宝生・金剛・喜多流。世阿彌作。古名「光源氏」。日向国宮崎神宮の神主藤原興範(おきのり)が伊勢参宮の途中須磨の浦に立ち寄ると、光源氏の霊が年老いた木こりの姿 ...
5. すまげんじ【須磨源氏】[能曲名]
能・狂言事典
《青海波》の遊楽に引かれて舞を舞うと(〈早舞〉)、須磨はもとの住みかで、衆生を助けんために天くだったと告げ、明けそめた春の空に姿を消すのだった。 『源氏物語』の ...
9. すま‐でら【須磨寺】
日本国語大辞典
兵庫県神戸市須磨須磨寺町にある真言宗須磨寺派の大本山、福祥寺の通称。*浮世草子・武道伝来記〔1687〕二・一「九歳より、須磨(スマ)寺につかはし、手習の時過て ...
10. すまのあらし【須磨の嵐】
日本国語大辞典
箏曲。山田流。明治三〇年(一八九七)ころ、山登万和作曲。作詞者不詳。一ノ谷の戦いで、熊谷次郎直実が平敦盛の首を討ち取った物語を七五調の新体詩に作った歌詞を、語り ...
12.&nbsnbsp;すま‐の‐うら【須磨浦】
日本国語大辞典
神戸市須磨区の海岸。古来、白砂青松の景勝地で、福祥寺(須磨寺)、松風村雨堂、一ノ谷、敦盛塚などがある。*古今和歌集〔905〜914〕雑下・九六二「わくらばに問ふ ...
13. すま‐の‐せき【須磨関】
日本国語大辞典
西国街道の、摂津国と播磨国との境に置かれた古代の関所。現在の神戸市須磨区の関守稲荷神社の地とされる。*忠見集〔960頃〕「秋、すまのせきあり 秋風の関吹きこゆる ...
14. すまの=禊(みそぎ)[=祓(はらえ)]
日本国語大辞典
三月の上巳の日に須磨で行なった巳の日の祓え。「源氏物語」須磨の一節から作られた語。*初心求詠集〔1429頃〕「須磨のみそぎ、三月也」*無言抄〔1598〕下・三「 ...
15. 須磨都源平躑躅
世界大百科事典
薩摩守忠度》,88年(元禄1)《念仏往生記》(作者推定,改題本《大原問答》《大原問答青葉笛》《須磨寺青葉笛》)などを先行作とする。別名題《源平魁躑躅(さきがけつ ...
16. すまのみやこげんぺいつつじ【須磨都源平躑躅】
日本国語大辞典
浄瑠璃。時代物。五段。文耕堂・長谷川千四合作。享保一五年(一七三〇)大坂竹本座初演。「平家物語」「源平盛衰記」などより、忠度(ただのり)と岡部六彌太、敦盛と熊谷 ...
17. すまのみやこげんぺいつつじ【須磨都源平躑躅】
歌舞伎事典
同年初冬《薩摩守忠度》、元禄一(1688)年《念仏往生記》(作者推定、改題本《大原問答》《大原問答青葉笛》《須磨寺青葉笛》)などを先行作とする。別名題《源平魁躑 ...
18. すま‐ぶね【須磨船】
日本国語大辞典
〔名〕摂津国須磨浦の船の総称で、特定の船や船型を意味しない。*俳諧・ひるねの種〔1694〕「須磨舟の戻や月のよき手寄〈玉之〉」*和漢船用集〔1766〕四・舟名数 ...
20. さんがつていきん 須磨源氏(すまげんじ)
日本国語大辞典
(「庭訓往来」は三月のところで、「源氏物語」は巻一二の須磨の巻のところで、多くの人が習うのをやめてしまうところからいう)「さんがつていきん(三月庭訓)」に同じ。 ...
25. あい‐な・し
日本国語大辞典
(ロ)そうしても仕方がないのに。無意識のうちについ。なんとなく。*源氏物語〔1001〜14頃〕須磨「うたひ給へるに、人々おどろきて、めでたう覚ゆるに、忍ばれで、 ...
26. あおば‐の‐ふえ[あをば:]【青葉の笛】
日本国語大辞典
議にも青葉が生え、帰国後、嵯峨天皇に献上したのが、のち平家に伝わり、敦盛のものとなった。神戸の須磨寺に伝わるのがそれという。小枝(さえだ)の笛。〔二〕高倉天皇秘 ...
27. あかし【明石】
日本国語大辞典
浜をみればはりまのあかしのはまなりけり」*俳諧・本朝文選〔1706〕三・譜類・山水譜〈許六〉「須磨明石はあはれにさびしく、吉野龍田は花やかにさびし」〔二〕「源氏 ...
28. 明石(源氏物語) 223ページ
日本古典文学全集
る。→夕顔[1]一六六~九ページ、須磨二一八ページ。「かかり」は「かくあり」の約。暴風雨、雷鳴が続くからといって。源氏は、謀反の嫌疑で除名処分を受け、自ら須磨に ...
29. 明石(源氏物語) 224ページ
日本古典文学全集
顧みてそう思う。→須磨二〇七ページ一四行。紫の上からの手紙。胸ばかりか空までも。「方」には、方角と方法の両義をかける。「波間なきころ」は、紫の上の涙が絶え間ない ...
30. 明石(源氏物語) 225ページ
日本古典文学全集
きぬるにや」(須磨二一八ページ)とあった。自分は、たいした過ちも犯していないのだから死ぬはずはない、という反語表現。源氏はこれまでにも、無実の罪であることを主張 ...
31. 明石(源氏物語) 226ページ
日本古典文学全集
明け暮れ安らぐことなくお嘆きでいらっしゃるのに、そのうえかくも悲しいめにあい、お命も尽きようとす 須磨二一二ページ注三。神道では、神が一定の地域を支配するという ...
32. 明石(源氏物語) 227ページ
日本古典文学全集
剥奪されている。→須磨一六一ページ注一。「境」は「都の境」の意。→須磨二一六ページ注九、付録五二〇ページ。→須磨二一九ページ。神々が祈りに感応したとの趣。源氏の ...
33. 明石(源氏物語) 228ページ
日本古典文学全集
意味するものかは理解できず、あれこれ考えて気持が落ち着かない。須磨の寓居は、野趣あふれるものであった。「柴の戸」もそれにふさわしい。→須磨〔一〇〕。「世界」は、 ...
34. 明石(源氏物語) 229ページ
日本古典文学全集
亡き父桐壺院。以下、夢の中でのことである。桐壺院の崩御後、源氏は弘徽殿大后一統の陰謀のため、ついに須磨の浦に引退せざるをえなくなったことをさしていう。「物の報い ...
35. 明石(源氏物語) 230ページ
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36. 明石(源氏物語) 231ページ
日本古典文学全集
月の第一日は「ついたちの日」ということが多い。その後に巳の日が来た。→須磨二一七ページ一行。源氏の夢に現れた「そのさまとも見えぬ人」(須磨二一九ページ)、「同じ ...
37. 明石(源氏物語) 232ページ
日本古典文学全集
入道の申し出を断って、死後に悪名が立たないようにしたところで。→二二九ページ。月に故郷を思うこと。須磨巻二〇二ページなどに見えた。「波にのみ濡れつるものを吹く風 ...
38. 明石(源氏物語) 233ページ
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前ページに、「あやしき風細う吹きて…」とあった。「明石の浦は、ただ這ひ渡るほどなれば」(須磨二〇九ページ)。須磨から明石まで約八。風を擬人化して、神慮によるもの ...
39. 明石(源氏物語) 234ページ
日本古典文学全集
ぬことである。この地の有様はいまさらいう 「揚サカス」(名義抄)。興趣を盛んに催す。「苫屋」→須磨一八九ページ注一七。「苫屋(建て)」。山から流れ出る水。念仏三 ...
40. 明石(源氏物語) 235ページ
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京の御文ども聞こえたまふ。参れりし使は、今は、使「いみじき道に出で立ちて悲しきめをみる」と泣き沈みて、あの須磨にとまりたるを召して、身にあまれる物ども多く賜ひて ...
41. 明石(源氏物語) 236ページ
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「あさりする与謝のあま人ほこるらむ浦風ぬるく霞み渡れり」(恵慶法師集)。「かの須磨は…今はいと里ばなれ心すごくて、海人の家だにまれに…」(須磨一六一ページ)。「 ...
42. 明石(源氏物語) 237ページ
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離れるとき、紫の上はどこまでも源氏に同伴したいと言ったし(須磨一六二ページ)、また帰還が長びいたら紫の上を須磨に迎えようとまで言っている(須磨一七二ページ)。新 ...
43. 明石(源氏物語) 238ページ
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ージ。当時、旧事に通暁することは、官人としての重要な資質。「かかる所をも、かかる人をも」の意。須磨巻(二一〇ページ)で、入道が、「吾子の御宿世にて、おぼえぬこと ...
44. 明石(源氏物語) 240ページ
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有様を、しぜんと想像せずにはいられませんような今宵の風情でございます」と、感涙を流して 前出(須磨一七六・一九九ページ)。→末摘花[1]二六七ページ注一五。従者 ...
45. 明石(源氏物語) 246ページ
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えられない、の意。「をりからは」の「は」は強調の助詞。源氏は、離京の際、須磨への退去を藤壺との罪の報いと解していた(須磨一七九ページ)、が、いま新しく、入道の娘 ...
46. 明石(源氏物語) 248ページ
日本古典文学全集
「手つき」と表現することで、実際に対面して手を見られるときのイメージを重ねる。源氏との身分の懸隔の自覚である。→須磨二一一ページ、明石二三八ページ。説得に困りぬ ...
47. 明石(源氏物語) 249ページ
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「玉藻」をかける。女装束。「かづく」は、禄として肩にかけてやる。「玉藻」の縁で「潜く」をかける。→須磨二一四ページ七行。「宣旨書き」は、口勅の代書したものを「宣 ...
48. 明石(源氏物語) 251ページ
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49. 明石(源氏物語) 257ページ
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夜。私には夢を覚ます力などないと答えて切り返した。暗闇の中に想像される娘の様子。六条御息所。→須磨〔一三〕。「心にくくよしあり」と評判が高かった(葵五三ページ) ...
50. 明石(源氏物語) 259ページ
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「須磨(源氏物語)」の情報だけではなく、「須磨(源氏物語)」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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