初めに教科書というものがどのように作られているのかについて、少しお話をします。
教科書は出版される前にまず、文部科学省の検定を受けなくてはなりません。検定を受ける申請図書を文部科学省に提出してから、検定を通過し子どもたちの手に渡るまでに、約2年かかります。それから実際に教科書として使用されるのが4年間ですので、合計6年間は大幅な内容の変更ができません。もちろん、年次ごとに変わる細かな情報は変更しますが、6年間は大枠で同じものを発行することになります。ですから、製作に着手する時点で二つのことが大変重要になってきます。一つは、内容が最新の情報であるということ。かつ、ある程度の期間通用する普遍的な観点を持ったものでなくてはならないということです。そしてもう一つが、高い公正性が要求されるということです。とくに後者の公正性については、簡単に調べがつくという性質のものではありません。常にアンテナを張り巡らし、何かを調べるときには、必ず複数の情報源に当たって理解するという作業が必要になってきます。もちろん言葉を調べたりするのも、一つの辞・事典を調べるのではなく、複数のものに当たるという作業が不可欠になります。
数多くの種類の辞・事典を一度に引くことのできるツールがないかと探していたときに出合ったのがジャパンナレッジです。電子辞書なども調べてみましたが、“一度にたくさんの辞・事典を引ける”、つまり、ワンルックできるというシステムはジャパンナレッジしかありませんでした。多くの資料を徹底的に調べなくてはならない私たちのような職種では、一度にたくさんの資料を引くことができるジャパンナレッジは、時間と労力を大きく低減してくれる画期的なツールだったのです。
私のいる編集管理という部門では、編集部で製作された教科書を読んで、疑問に思った点や誤植などを指摘して編集部に差し戻すという作業を行っています。具体的な例を挙げてみることにします。
弊社が出版している中学生用の国語の教科書に「MD」という記述があります。ご存じのようにMDは大手電器メーカーが開発した音楽視聴のためのメディアのことです(図1参照)。しかし、MDという言葉が中学生には一般的に使用されている言葉なのか、中学生には一般的だとしても、それを教える先生にとって一般的な言葉なのか、社会の中で認知された言葉なのか、ミニディスクと言い換えたほうがよいのか、というふうに言葉の使われ方を考えるところから私たちの仕事は出発します。
「CD」という言葉も同様です。これを音楽用のCDだと思う人もいれば、パソコン用のCD-ROMを連想する人もいます。コンパクトディスクと言ったほうがピンとくる人もいるはずです。その人が生活した環境や時代によってCDという言葉の認識も変わってきます。ですから、CDという言葉を採用するかどうか、どの程度の注釈が必要かなどといった判断を行わなくてはなりません。
MDもCDも普通に使われている言葉です。だれしも意味はわかっている言葉です。しかし、そうした普通の言葉が、厳密な意味で普遍性をもっているのかというところまで踏み込んで調べ上げなくてはなりません。教科書作りの過程で、こうした例は枚挙に暇がありません。
以前、こんなこともありました。「横浜新聞」という新聞があります。これは日本で最初の日刊紙なのですが、別の資料を見ると日本初の日刊紙は「横浜毎日新聞」だと書かれていました。結局、「横浜新聞」が「横浜毎日新聞」へと改称していることがわかったのですが、日本大百科全書にはこうした経緯が年次を含めてしっかりと書かれています。編集という作業にはこうした細かい情報が大変重要なのです(図2参照)。
もう一つの例として、少し前まで使用していた「看護婦」と「看護士」という表現は、「性別による相違をなくす名称の統一」として、今は「看護師」と記さなければなりません。では、一体いつからこの呼び名に変更されたのか、どういう背景でこう変更されたのか、これについてもジャパンナレッジでは容易に引き当てることができるのです(図3参照)。
今では校閲過程で疑問に思った部分に関しては、原稿にジャパンナレッジのプリントアウトを付けて編集部に差し戻しています。ジャパンナレッジの登場で、編集部全体にある種の“共通の土台”になるものができたといえるのかもしれません。そのうえで、さらにほかの資料なりデータを調べていけば、精度の高い教科書作りができるようになるのです。