夜食と夜飯
Series16-1
まず『日本国語大辞典』が「ヤショク(夜食)」と「ヤハン(夜飯)」とをどのように説明しているかを確認してみよう。
やしょく【夜食】
(名)
(1)夜、食事をすること。また、夜なべをした時などにとる簡単な食事。《季・秋》
(2)特に、一日二食であった頃、夜間、別にとった食事の称。一日二食の頃には、午後四時から五時頃に夕食をとり、夜の八時から一〇時頃に別に簡単な食事をする習慣があった。
(3)夕飯。ばんめし。一日三食の時代になって、(2)を転用していったもの。
(4)男女の交合。
やはん【夜飯】 (名) ばんめし。夕食。
現代日本語で「ヤショク(夜食)」といえば、〈決まった食事の他に夜になってとる簡単な食事〉であろう。いずれにしても(3)の〈夕飯〉という語義で使うことはまずないといっていいだろう。(3)には次のような使用例が掲げられている。
*咄本・口拍子〔1773〕夜食「ハイ、お夜食(ヤショク)には何をいたしませふ」
*滑稽本・続膝栗毛〔1810~22〕一一・上「はや夜しょくのぜんをもち出、すゑるを見れば日光膳のまっくろにすすびたるに」
*人情本・春色梅児誉美〔1832~33〕四・二二齣下「いつでもお昼と夜食(ヤショク)と一ツにならア。おいらんがなんぼ朝おそくッてもおひもじかろう」
*浮雲〔1887~89〕〈二葉亭四迷〉一・四「文三は独り夜食を済まして、二階の縁端に端居しながら」
これらからすれば、江戸時代から明治22(1889)年頃までは〈夕飯〉という語義で「ヤショク(夜食)」が使われていたことになる。
『日本国語大辞典』初版、第二版の編集の中心的な存在であった松井栄一(1926-2018)は『「のっぺら坊」と「てるてる坊主」-現代日本語の意外な事実-』(小学館、2004年)の第5章「朝・昼・晩、三食の呼称と表記を調べる」において「晩の食事の言い方と表記」を話題にしている。そこでは「晩の食事の言い方」すなわち、〈夕飯〉という語義で使われる語があげられている。あげられているのは「バンメシ(晩飯・晩食・晩餐)」「バンショク(晩食)」「バンサン(晩餐)」「バンゴハン(晩御飯・晩ごはん)」「バンハン(晩飯)」「バン(晩食)」「ユウメシ(夕飯・夕食・夕餐・夕餉・晩飯・晩食・晩餐)」「ユウハン・オユウハン(夕飯・夕食・夕餐・晩餐)」「ユウショク(夕食)」「ユウジキ(夕食)」「ユウゲ・ユウケ(夕餉・夕飯・夕餐・夕食・晩餐・晩飯)」「ユウゴハン(夕御飯)」「オユウ(御夕飯)」「ヤショク・オヤショク(夜食・夕飯)」で、14語形があげられているが、「ヤハン(夜飯)」はあげられていない。漢字列「夜飯」も含まれていない。「ヤショク・オヤショク」の使用例として、二葉亭四迷の「浮雲」以外に、尾崎紅葉「多情多恨」、坪内逍遙「当世書生気質」、泉鏡花「婦系図」があげられている。
橋本行洋「語彙史・語構成史上の「よるごはん」」(『日本語の研究』第3巻4号、2007年10月)は、松井栄一(2004)が話題にしていない「ヨルゴハン」についての論文である。米川明彦が「[もの知り百科/ことばのこばこ]夜ご飯と夜飯」(『読売新聞』2004年1月26日大阪夕刊13面)において「ヨルメシ(夜飯)」について話題にしていることにふれ、「ヨルメシ」については、「「よるごはん」に対するややぞんざいな男性語的表現として成立した語と見られる」と述べているが、「ヤハン(夜飯)」については話題となっていない。
『日本国語大辞典』の見出し「やはん(夜飯)」には滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」第110回の使用例が掲げられ、「補注」として「「名物六帖‐人事箋」に「夜飯 ヤショク」とある」と記されている。馬琴は〈夕飯〉という語義で「ヤハン(夜飯)」という語を使い、『名物六帖』の人事箋には「夜飯 ヤショク」とあることをどう読み解けばいいのだろうか、ということが今回のテーマだ。
*読本・南総里見八犬伝〔1814~42〕九・一一〇回「遠侍(とほさむらひ)にて夜飯(ヤハン)を賜り、馬をば厩役人に預けよとて」
『日本国語大辞典』の見出し「めいぶつろくじょう」には次のようにある。
めいぶつろくじょう【名物六帖】
江戸中期の漢語辞書。三〇冊・補遺一冊。伊藤東涯著。正徳四年(一七一四)自序。享保一二年(一七二七)~安政六年(一八五九)刊。中国の「唐宋白孔六帖」に擬して事物の名義を分類解説したもの。天文・時運・地理・度量・器財など一三箋に大別し、さらに細別して関係語彙を配列し、各漢語項目下に片仮名の和訳および漢籍出典を記している。「めいぶつりくじょう」とも。
ちなみにいえば筆者は「めいぶつりくじょう」派だ。
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“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった
1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。
1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。
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