『日国』の用例
Series22-1
山田忠雄『近代国語辞書の歩み』(1981年、三省堂)が下巻の第2章を『日本国語大辞典』の検証にあてていることについてはシリーズ21-3「用例について」「用例採取の仕方」 で述べた。第2章は「初めに」「命名に就いて」「編集責任の所在に就いて」「一行項目から此の本の体質を占う」「二段以上の項目から此の本の性格を観る」「語釈の方法──主として第一次的メグリと其の治療法──に就いて」「引例の正確と剴切と」とあり、それに続いて「十善法語の場合」「東京新繁昌記の場合」「地方凡例録の場合」「今昔物語集の場合」「名語記の場合」「附 日ポ辞書の場合」「終節」とある。今ここでは「引例の正確と剴切と」の「十善法語の場合」を話題にしたい。
「引例の正確と剴切と」の「ガイセツ(剴切)」は現代においてはあまり使われない漢語といってよいだろう。『広辞苑』第7版には「非常に適切なこと。「―な意見」」と記されている。ところで、下巻目次には「引例の正確と
山田忠雄(1981)が観察対象にしているのは、『日本国語大辞典』の初版なので、初版に附録とされている「別冊」で「主要出典一覧」を確認すると、「十善法語」は「①慈雲②一八世紀後③慈雲尊者全集」と記されている。『日本国語大辞典』第二版の「主要出典一覧」では、シリーズ21「用例について」の「実例を用例とする」で示したように「①慈雲②一七七五③慈雲尊者全集④仏教」と記されており、「底本」に変更はないと思われる。山田忠雄(1981)は「所拠文献は、慈雲尊者全集第十二輯文語体。第十一輯には別に、口語を交えたるを所収(説教学全書第五編所収本は「王法正論治国之要」という角書を有する)」と述べている。
『慈雲尊者全集』は大正11(1922)年に出版が始まっている。筆者は、思文閣出版から昭和52(1977)年5月30日に出版されている再版を所持しており、この再版を『慈雲尊者全集』として使用する。山田忠雄(1981)がふれている「説教学全書第五編所収本」は法蔵館を発行所として、明治28(1895)年2月21日に印刷されたものを指す。
『補訂版国書総目録』第4巻(1990年、岩波書店)の「十善法語」には版本として文政3(1820)年、文政7(1824)年、嘉永4(1851)年に出版されたものがあることが示され、それ以外に「刊年不明」のものがあることがわかる。筆者は、「文政甲申初夏」と記されている文政7年に出版されたものを所持しているが、「本文」冒頭に「師云、人ノ人タル道ハ、此十善ニ在シヤ」とあり、この「本文」が『慈雲尊者全集』第11輯所収の「口語を交えたる」「本文」ということになる。つまり、江戸期に出版されているものが「口語体テキスト」ということになる。『補訂版国書総目録』は前述のように版本として「文政3年」「文政7年」「嘉永4年」「刊年不明」のものをあげているので、ごく常識的にみれば、これらの「本文」は(ほぼ、にしても)同じとみるのが自然であろう。つまり、これらのあるものが「文語体」で、あるものが「口語体」であるとは考えにくい。今、これらの「文政3年・文政7年・嘉永4年・刊年不明」が(ほぼ)同じ「本文」、すなわち「口語体テキスト」であると仮定して話を進めることにする。
『日本国語大辞典』初版・第二版ともに、『慈雲尊者全集』第12輯所収の「文語体テキスト」を「底本」にしていることはわかった。山田忠雄(1981)は「さて本邦最初の十善法語引用は多とすべきであるが、口語体の第十一輯本を顧みず、文語体の第十二輯本に就いたのは如何なる理由に拠るのか不審である上に、法語には他にもっと顕彰さるべき用語が多く有るように思われる。その発掘は法語の言語構造の本質に一歩でも近づく為には必須の作業と考える」(1261頁)と述べ、「口語体の第十一輯本を顧み」ないことを問題視しているが、「文語体」のテキストが出版されていないという述べ方はしていない。
『日本大百科全書』は「十善法語」について
江戸時代の仏書。12巻。正法律 (しょうぼうりつ) の開祖慈雲 (じうん) (飲光 (おんこう) )の主著。義文尼 (ぎぶんに) (大蔵丞 (おおくらすすむ) の娘)、慧琳尼 (えりんに) (桃園 (ももぞの) 天皇第2皇子伏見 (ふしみ) 親王の保母)の請 (こい) により、1773年(安永2)から75年にかけて、慈雲が毎月8日、23日に講じた法語をまとめたもの。その主旨は、十善(身 (しん) ・口 (く) ・意 (い) の三業 (さんごう) )によるいっさいの生活活動が、正法の理に順ずるとする十善の戒相 (かいそう) 、およびその功徳 (くどく) について説かれており、明治仏教に与えた影響は大きい。この法語には口語体本(1824)と文語体本(開刻年代未詳)の2種類があり、口語体本は『日本大蔵経 (だいぞうきょう) 』第15巻、『慈雲尊者全集』第11巻に、文語体本は同全集第12巻に収録されている。
と説明している。この説明には「文語体本(開刻年代未詳)」とあり、「文語体本」も「開刻」すなわち版行されていることになる。しかしながら、『慈雲尊者全集』第11輯末尾の編者の識語には、京都の「水薬師寺所蔵の古写本」及び「長福寺」に蔵されている「十善法語の古写本」4部のうち、3部が「文語体」であることを記している。このことからすれば、「文語体」のテキストは出版されていないと覚しい。
長々と「十善法語」の「文語体」テキストについて述べてきた。『日本国語大辞典』初版・第二版ともに「十善法語」として使ったテキストが『慈雲尊者全集』第12輯所収の「文語体テキスト」であることはわかった。山田忠雄(1981)は「文語体」「口語体」ということに関して、「口語体」テキストを使わなかったことに疑問を呈していると思われるが、筆者は、「文語体」テキストが出版されていないこと、つまり、『慈雲尊者全集』第12輯の底本が「京都水薬師寺所蔵の開明門院御所持の本」(『慈雲尊者全集』第12輯、471頁)であることが少し気になる。それは、この「京都水薬師寺所蔵の開明門院御所持の本」が容易に披見できるようなテキストではなさそうなことが理由である。『慈雲尊者全集』第12輯をすべての「スタート」にするならばよい。しかし、将来、『日本国語大辞典』が示している「十善法語」の使用例に疑問が生じ、その疑問が『慈雲尊者全集』第12輯にあたって確認してもなお解消できず、当該箇所の翻字が正確であるかどうかを確認したくなった時に、「水薬師寺所蔵」のテキストが公開されていなければ、疑問は解消できないままになるからである。
長く述べてきたが、そう考えると、「アーカイブ」としての役割を担う可能性があるような辞書の使用例は、パブリック・ドメインとして公開されているテキストを使うことが理想で、そうでないにしても、ひろく使用されているテキストを使うということが重要になってくるのではないだろうか。「共有」は「来たるべき辞書」を支える一つのキー・ワードになるように思われる。
▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は12月21日(水)、今野教授担当です。
ジャパンナレッジの「日国」の使い方を今野ゼミの学生たちが【動画】で配信中!
“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった
1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。
1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。
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