語釈の末尾に示すもの
Series20-2
前回は、語釈の最後に類義語を置くことが『言海』以来の「やりかた」であることについて述べた。前回あげた『日本国語大辞典』の三つの見出しを使用例を省いてここにもあげておくことにする。
いしくれ【石塊】〔名〕石のかけら。石ころ。小石。
いしころ【石塊】〔名〕石の小さいもの。小石。石のかけら。いしくれ。
こいし【小石】〔名〕小さい石。さざれいし。いしくれ。
『日本国語大辞典』の「凡例」の「語釈について」の「[4] 語釈の末尾に示すもの」の「1.語釈のあとにつづけて同義語を示す」については、どこからどこまでが「語釈」であるかがわからないと、どの語が「同義語」として置かれているかがわからない。ここからは、完全に同一の語義の語は存在しないという前提のもとに、「同義語」ではなく「類義語」という用語を使うことにする。
「類義語」は「語」であるのだから、「石のかけら」や「小さい石」のような語という言語単位を超えているものは「類義語」にはあたらないことになる。そう考えると、見出し「いしころ」では「いしくれ」が「類義語」ということになる。見出し「いしくれ」では「石ころ」「小石」、見出し「こいし」では「さざれいし」「いしくれ」がともに「類義語」である可能性がある。そこでまた気になってしまうのだが、見出し「いしころ」の語釈にあげられている「小石」は「類義語」ではないのか、ということだ。「イシクレ」の「類義語」として「イシコロ」「コイシ」があげられ、「イシコロ」の「類義語」として「イシクレ」があげられていることからすれば、「イシクレ」といえば「イシコロ」が思い浮かび、「イシコロ」といえば「イシクレ」が思い浮かぶという関係であることになる。そして「コイシ」といえば「イシクレ」が思い浮かび、「イシクレ」といえば「コイシ」が思い浮かぶのであれば、結局「イシクレ」「イシコロ」「コイシ」はかなり強く結びついていることになる。そう考えると「コイシ」は「イシコロ」の「類義語」であってよい。となると、「いしころ」の語釈は「石の小さいもの。石のかけら。小石。いしくれ」の順であるほうがよいのではないだろうか。
「語釈」を、まずは「説明」、次に「類義語」と構成することは、基本的な「語釈」のかたちとして自然なものと考える。「凡例」でそれを謳っているのだから、各項目においてそれを徹底するのがいいだろう。
もう一つ気になることは、「類義語」はどの時期の類義語か、ということだ。筆者の内省では、「イシコロ」と「コイシ」は現代日本語として使っている。しかし「イシクレ」はあまり使わない。というよりも筆者は現代日本語として「イシクレ」をおそらく使ったことがない。『日本国語大辞典』が掲げている「イシクレ」の使用例としては、18世紀の『書言字考節用集』が最初に置かれている。その次に宮崎湖処子の使用例があげられているが、宮崎湖処子が古語として「イシクレ」を使っている可能性もある。「コイシ」はあげられている使用例からすれば、『万葉集』から使われており、現代日本語でも使っている。そうすると、「類義語」としてあげられている「イシクレ」は「コイシ」と「イシクレ」とが併用されていた時期の「類義語」とみなすことができる。
つまり、「類義語」はいうまでもなく見出しとなっている語の「類義語」であるが、「類義語」がいつ使われていたかということによって、置かれる「類義語」が非現代日本語になったり現代日本語になったりするということだ。そのことをなんらかの方法で示すことは難しいだろうし、それをしたほうがいいと主張するのではないが、いろいろな「場合」があることは知っておいてよいだろう。
あしこぎ【足漕】
〔名〕
片足ではね歩くこと。あしなご。あしりこぎ。*日葡辞書〔1603~04〕「Axicogui (アシコギ)〈訳〉片足飛びで歩くこと」
あしなご
〔名〕
「あしこぎ(足漕)」に同じ。*日葡辞書〔1603~04〕「Axinago (アシナゴ)。アシコギという方がまさる。〈訳〉片足飛びで歩くこと」
あしりこぎ
〔名〕
(「あしり」は「足後」の意か)片足を後ろにあげて、他方の足で立つこと。また、片足で跳ね歩くこと。あるいは、後ろにあげた片足の足首を片手で握り、一方の片足で跳んで競走する、子供の遊戯ともいう。あしこぎ。*日葡辞書〔1603~04〕「Axiricogui (アシリコギ)。アシコギという方がよい〈訳〉片足飛びで歩くこと。Axiricoguiuo (アシリコギヲ) スル」
*俳諧・誹諧発句帳〔1633〕夏・夕立「かた分てふる夕立やあしりこぎ〈親重〉」
*俳諧・新増犬筑波集〔1643〕油糟・秋「うへにかたかた下にかたかた 紅葉葉を踏まじと人のあしりこぎ」
見出し「あしこぎ」の語釈末には「あしなご」「あしりこぎ」が「類義語」として示されている。「あしなご」「あしりこぎ」を調べてみると、『日葡辞書』が見出しにしていることがわかる。この場合は、「アシコギ」「アシナゴ」「アシリコギ」いずれもが17世紀頃に使われていた語で、その17世紀において「類義語」であったということになる。
▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は9月7日(水)、今野教授担当です。
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“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった
1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。
1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。
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