『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今野3回×佐藤1回の1テーマ4回シリーズでお送りします。

シリーズ 4 「「相槌」について 」目次

  1. 1. 今野真二:清音と濁音の問題 2019年09月04日
  2. 2. 今野真二:「アイツチ」は見出しにならないのか? 2019年09月18日
  3. 3. 今野真二:『塵袋』あれこれ 2019年10月02日
  4. 4. 佐藤宏:『日本国語大辞典』の見出しと用例の形式 2019年10月16日

「相槌」について
Series4-3

『塵袋』あれこれ

今野真二より

 筆者が『塵袋』のテキストとして、「日本古典全集」の覆刻版を使用していたことは前々回で述べた。その後、平成10(1998)年2月には山崎誠編『印融自筆本重要文化財 塵袋とその研究』(全2冊)が勉誠出版から刊行された。この本は影印とその翻刻から成るが、自立語総索引、書名・人名・年号索引も附録に収められている。『塵袋』は現在東京国立博物館に蔵されているが、昭和46(1971)年6月22日に重要文化財の指定を受けている。現在では国立文化財機構の「e国宝 」というサイトで、精細な画像で全文をみることができる。拡大してみることもできるので、文字の判読は非常にしやすい。いい時代になった、とつくづく思う。

 ジャパンナレッジで提供されている『日本国語大辞典』は大学での授業においてもよく使う。授業中に検索をして、その結果をプロジェクターを使って黒板ならぬ白板(?)に投影して学生にみせる。大学がジャパンナレッジと契約をしているので、その恩恵に浴して学外からでも使うことができるようになっている。たしか最初は2回線の契約だったため、筆者が学外で使っていると1回線がふさがりがちになり、学生がいつアクセスしても繋がらない、と言われたこともあった。現在では無制限になっているので、安心して使うことができるようになった。

 さて、ジャパンナレッジ版がすぐれているのは検索機能だ。検索の範囲を「用例(出典情報)」に設定して文字列「塵袋」で検索すると、244件がヒットする。つまり、『日本国語大辞典』全体では『塵袋』が使用例として244回あげられているということがすぐにわかる。例えば同じように文字列「古事記」で検索すると、2197件がヒットする。「古今和歌集」であれば、3172件だ。「古今和歌集」という文字列で検索しているので、この3172件には「新古今和歌集」「続古今和歌集」「新続古今和歌集」が含まれている。「新古今和歌集」で検索すると854件がヒットするが、それらを除外していくと『古今和歌集』は使用例として1940回あげられている。

詳細検索で「塵袋」と入れると244件の見出しが出てくる。

 もしも、『日本国語大辞典』全体で、使用例としてあげられている数が、『古事記』よりも『古今和歌集』が多く、『新古今和歌集』は『古今和歌集』よりもずっと少ないということが、こうした検索をしなくてもわかるのであれば、その「わかる」は『日本国語大辞典』全体あるいは日本語の歴史全体が(なんとなくにしても)みえているということとちかい。『日葡辞書』は5000件以上かなと思って検索してみると、17941件。おみそれしました。『日葡辞書』は中世期の日本語の「宝庫」であるし、なにより語の発音がはっきりとわかる文献であるので、よく使われているということだ。

 さて、『塵袋』は244件であったが、同じように244回使用例があげられている文献はなんだろうか、と思った。小林多喜二『蟹工船』はどうだろうか、とふと思って検索すると267件! いい線だ。ここは検索をかけてから原稿を「作って」いないので、念のため。つまり『塵袋』は『蟹工船』並みに使われているということだ。

 こうしたデータをジャパンナレッジ版で示すことはできないのだろうか。そういう検索をする意義がどこにあるか? と問われると「どうでしょうね」と答えるしかないが、使用例としてあげられている文献が『日本国語大辞典』全体でどれだけの回数使用例としてあげられているか、というデータだ。その上位10文献、100文献だけでもわかるとおもしろい。オンライン版によって、『日本国語大辞典』はすみからすみまで調べあげることができるようになったといってもよさそうだ。

 もう一つ、欲ばってみよう。見出し「あいづち」では『塵袋』第八の47番目の見出しが使用例としてあげられていた。先に述べたように、『塵袋』は「e国宝」で全文が画像として提供されている。この画像と『日本国語大辞典』の使用例とが結びつけられないだろうか、ということだ。ジャパンナレッジ版を使えば、使用例の「原態」がクリックするだけで確認できるということになったら……こんなにすばらしいことはない。いろいろと解決しないといけないことはありそうだが、国立の機関が所有している文献であれば、可能性はあるようにも思うがどうなのだろう。

 東京国立博物館に蔵されている『塵袋』は写本ではある。つまり「原本」ではない。しかし、現在のところ「原本」にあたるものの存在は指摘されていない。写本ではあるが、永正5(1508)年の書写であるので、十分に古態を保っていると思われる。現時点では「ベスト」、文句のないテキストである。こういうテキストの場合、画像の提供を考えてもいいはずだ。

 『日本国語大辞典』が大型辞書であると同時に「日本語アーカイブ」の役割を担うのであれば、まずは使用例としてあげている例の「でどころ」としているテキストを(現時点での)「ベスト」のものにしておくとよい。

 さて、天文元(1532)年に成立した『塵添壒嚢鈔(じんてんあいのうしょう)』という書物がある。『壒嚢鈔』に『塵袋』の中の201箇条を添えて全737箇条20巻としたものである。『塵袋』を添えた『壒嚢鈔』だから『塵添壒嚢鈔』だ。ということは『塵添壒嚢鈔』には『塵袋』がとりこまれていることになる。このことをおさえておかないと、『塵袋』と『塵添壒嚢鈔』とを、時代が異なり、成立が異なる文献とみなしてしまわないとも限らない。

 ジャパンナレッジ版の検索機能を使って、『塵袋』と『塵添壒嚢鈔』がともに使用例としてあげられている見出しを検索してみると、ありました。見出し「とくとくし」は語義が(1)(2)に分けて記述されているが、(1)には使用例として『塵袋』と『塵添壒嚢鈔』(『日国』では『塵添壒嚢抄』と表記)とがあげられており、(2)には『塵袋』のみがあげられている。実は『塵添壒嚢鈔』にも(2)にあたる記事がある。(1)は、見出し部分の書き方が両書で異なるので、両書をあげ、(2)は見出し部分には異なりがなかったため、(2)では両書をあげていない、という細かい配慮を行なっているためと思われる。

『日本国語大辞典』「とくとくし」の項。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回(10/16)は佐藤宏さんの担当でお送りします。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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三省堂書店
2800円(税別)