『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今野3回×佐藤1回の1テーマ4回シリーズでお送りします。

シリーズ 15 「専門用語 」目次

  1. 1. 今野真二:『日国』と『広辞苑』の専門用語を比較する 2021年09月01日
  2. 2. 今野真二:『日本外史』にみる一般的ではない語義 2021年09月15日

専門用語
Series15-2

『日本外史』にみる一般的ではない語義

今野真二より

 頼山陽の『日本外史』に次のような行りがある。今、原文として漢文を示すことを省き、『日本外史』(1976年9月16日改訳第1刷、1999年6月16日第13刷、岩波文庫)によって「漢文訓み下し文」を示す。振仮名は省く。

 三軍を統ぶる毎に、大将軍一人。大将の出征するには必ず節刀を授け、軍に臨み敵に対して、首領の、約束に従はざる者は、皆専決を聴し、還るの日に状を具して以聞せしむ。(巻之一、源氏前記 平氏、(上)37頁)

 上田景二訳註『訳文日本外史』(1912年3月15日発行、同年5月20日4版、朝野書店)は、上の「首領」に「大毅、小毅、主張、校尉、旅帥、隊正等」という頭注を施している。これを見た時に、上の「シュリョウ(首領)」は一般的な語義ではないことに気づいた。そこで『日本国語大辞典』を調べてみると、見出し「しゅりょう」には次のように記されている。

しゅりょう【首領】
〔名〕
(1)くび。かしら。
*寛永刊本蒙求抄〔1529頃〕一〇「さなくは打ころされてくびをも人にとられうずに、首領を保て無為に死して地に没すると云ふ心也」
*春秋左伝‐隠公三年「若以大夫之霊、得首領以没
(2)人のかしらに立つもの。おさ。頭目(とうもく)。主領。現代では悪人仲間の長についていうことが多い。
*曾我物語〔南北朝頃〕五・呉越のたたかひの事「其功を賞じて、范蠡をば、万戸のしゅれうになさんとし給ひしか共、范蠡、かつて祿をうけず」
*光悦本謡曲・善界〔1548頃〕「大唐の天狗の首領善界坊にて候」
*俳諧・落日庵句集〔1780頃か〕「盗人の首領哥よむけふの月」
*日本外史〔1827〕九・足利氏正記「両陣皆喪首領。猶屹然相対」
*隋書‐郭栄伝「黔安首領田羅駒、阻清江乱」

 まず『訳文日本外史』の頭注に該当するような語義は記されていないことがわかる。頭注は「大毅」「小毅」「主張」「校尉」「旅帥」「隊正」という語を使う。『日本国語大辞典』では、「しょうき(小毅)」は見出しになっていないが「しょうき(少毅)」は見出しとなっている。したがって、『訳文日本外史』の頭注があげている語は『日本国語大辞典』にすべて見出しとなっているといってよい。

だいき【大毅】
〔名〕
令制で一軍団(六〇〇人以上一〇〇〇人以下)の長官。兵士を検校し、戎具(じゅうぐ)を充備し、弓馬を調習し、軍陣を撫閲することをつかさどるもの。官位相当はなく、徭役は免除。
*令義解〔718〕職員・軍団条「大毅一人。〈掌挍兵士。充備戎具。調習弓馬。簡〓陳列〉」

しょうき【少毅】
〔名〕
令制で、大毅の副として軍団の兵士の検校、弓馬の調習などをつかさどるもの。軍団の副長。
*令義解〔718〕職員・軍団条「少毅二人。〈掌同大毅〉主帳一人」
*令義解〔718〕軍防・軍団大毅条「凡軍団大毅領一千人。少毅副領」

しゅちょう【主張】
〔名〕
(1)主としておしはること。主となって維持すること。
*四河入海〔17C前〕一三・四「是がはびこりて、独り東北の隅を領じて主張としているぞ」
*童子問〔1707〕中・六五「専主張理字之弊、一至於此、悲哉」
*随筆・山中人饒舌〔1813〕上「応安以来、如雪周文雪舟元信数子、師資相受、比肩互起、主張絵事
*宋史‐徐中行伝「願安時処順、主張世道
(2)主宰すること。つかさどること。
*新編覆醤集〔1676〕一・題豊国神廟壁「英霊飛散無巫祝、秋月春風作主張
*邇言便蒙抄〔1682〕二「主張(シュチャウ)とは主人分を張と云の心也」
*荘子‐天運「天其運乎、地其処乎、日月其争于所乎、孰主張是
(3)自分の意見を言いはること。自分の意見を言い続けること。また、その意見。持論。
*通俗赤縄奇縁〔1761〕一・二回「若(もし)姨娘の主張(シュチャウ〈注〉レウケン)によりて、此を従良することを得ば、その功徳は九級浮図を造るより勝るべし」
*西国立志編〔1870~71〕〈中村正直訳〉三・二「且公然として己の説を主張せるが故に」
*草枕〔1906〕〈夏目漱石〉三「是が平生から余の主張である」
*韓愈‐送窮文「各有主張、私立名字
(4)民事訴訟で、原告または被告が自己に有利な具体的法律効果あるいは事実を陳述すること。
*現代大辞典〔1922〕〈木川・堀田・小堀・阪部〉法律用語「主張(シュチャウ)」

こうい【校尉】
〔名〕
(1)令制の軍団の将校。兵士二〇〇人を率いる。大毅、少毅の次位、旅帥の上位。
*令義解〔718〕軍防・軍団大毅条「凡軍団大毅領一千人。〈略〉校尉二百人」
(2)中国の官名。漢代、宮城の防衛や西域鎮撫などにあたった武官。後に武将の栄名となり、さらには将軍の次の位となった。
*李陵〔1943〕〈中島敦〉一「前夜斥候上の手抜かりに就いて校尉、成安侯韓延年のために」
*史記‐項羽本紀「梁部署呉中豪傑、為校尉候司馬

りょすい【旅帥】
〔名〕
(1)令制で軍団の官人の一つ。兵士一〇〇人を統率する指揮官。
*令義解〔718〕職員・軍団条「校尉五人。旅帥十人」
*制度通〔1724〕一二「二隊を旅とす、百人組なり、旅帥一人是を掌る」
(2)中国周代の軍制で、兵士五〇〇人を統率する指揮官。
*周礼‐夏官・序官「五百人為旅、旅帥皆下大夫」

たいせい【隊正】
〔名〕
令制で軍団の職員。兵士五〇人を一隊としたその長。
*令義解〔718〕職員・軍団条「隊正廿人」
*令義解〔718〕軍防・軍団大毅条「凡軍団大毅領一千人。少毅副領。校尉二百人。旅帥一百人。隊正五十人」

 さて、『日本国語大辞典』の見出し「しゅちょう(主張)」の語義(1)~(4)は『訳文日本外史』の頭注には対応していないだろう。今回はどうしても『日本国語大辞典』の記事を引用する必要があったので、すでに1回分の紙幅を超えてしまった。次回はこの引用を使って、さらに説明を続けたい。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は10月6日(水)、今野真二さんの担当です。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『図説日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。最新刊は『『広辞苑』をよむ』(岩波新書)。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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三省堂
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