『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今野3回×佐藤1回の1テーマ4回シリーズでお送りします。

シリーズ 15 「専門用語 」目次

  1. 1. 今野真二:『日国』と『広辞苑』の専門用語を比較する 2021年09月01日
  2. 2. 今野真二:『日本外史』にみる一般的ではない語義 2021年09月15日
  3. 3. 今野真二:一般的ではない語義をどう示すのか? 2021年10月06日
  4. 4. 佐藤宏:国語辞典は百科全書の夢をみるか? 2021年10月20日

専門用語
Series15-4

国語辞典は百科全書の夢をみるか?

佐藤宏より

大槻文彦の『言海』(1889-91)を嚆矢とする日本の近代的な国語辞典は、当初、固有名詞や「高尚なる」専門用語は基本的に採録しない[1]、いわゆる普通語の辞書が続きます[2]。しかし、1898-99年に出た落合直文の『ことばの泉』(のちに『言泉』(1921-29)となる)以降は、専門用語や固有名詞も積極的に取り入れるようになり、これに金沢庄三郎編『辞林』(1907)『広辞林』(1925)が続き、新村出編『辞苑』(1935)『広辞苑』(1955)が後を追います[3]。この傾向は、国語辞典に日常生活にも役立つ実用的な要素が求められるようになったということを示しており、そのことは、採録語数の規模にもかかわってくるものと思われます。

現在では、小型辞典は主に普通語(一般語彙)を収め、中型辞典以上になるとそれに加えて専門用語と固有名詞(百科語彙)も多く採用するようになっています。特に中型の国語辞典が一家に一冊といわれるくらいに普及したのは「百科語彙」が充実するようになったおかげといってもいいかもしれません。固有名詞は採らない方針だった『大日本国語辞典』(1915-19)を引き継いだ『日本国語大辞典』(初版、1972-76)も方針を変えて、固有名詞はもちろん、専門用語も積極的に取り入れたことを謳うようになります。それでは、どの程度の百科語彙を収録しているのでしょうか。

ここで、百科語に詳しい中型辞典の一つ『広辞苑 第七版』と大型辞典の『日本国語大辞典 第二版』について、それぞれ専門用語がどのように扱われているのかを見ていくことにします。手がかりとして、『広辞苑』では、語釈の冒頭に示されている専門分野の〔哲〕〔論〕〔心〕などの略号を利用します。これに対して『日本国語大辞典』は、語釈で略号は用いていませんが、次のように大きく専門分野を分けた上で、さらに細分した分類タグを、内部データとして項目ごとに持っています。これは分類別にゲラを出力することによって専門検討をしやすくするのが目的でしたが、そのタグを利用することにします。

大分類は、13分野。(カッコ内は項目の概数)
「哲学・宗教」(2.2万)「社会科学」(1.6万)「自然科学」(3.8万)「医学」(0.8万)「工学」(1.0万)「産業」(0.5万)「商業・経営」(0.6万)「マスコミ・交通」(0.5万)「生活科学」(1.3万)「風俗・習慣」(1.8万)「芸術・娯楽・スポーツ」(1.5万)「言語・文学」(2.3万)「歴史・地理」(4.3万)

小分類は、129。(カッコ内は項目数)
例えば、「哲学・宗教」であれば、「西洋哲学」(1144)「東洋哲学」(193)「心理学」(469)「論理学」(361)「倫理学」(97)「キリスト教」(1154)「仏教」(13204)「神道」(1991)「陰陽道」(464)「民間信仰」(1947)「宗教一般」(526)のように細分化され、それぞれの専門家に検討してもらっています。日国のデータには後者の小分類がタグ付けされており、総項目数は約22万語に及びます。

以上のような内訳に基づき、『日本国語大辞典 第二版』の分野(大分類)ごとの件数順に示したのが次のグラフです。

〈日国の分野別の棒グラフ〉

これに対して、『広辞苑 第七版』では、学術語・専門語を30分類。該当項目数7942語。(数字は『広辞苑』のMac用アプリで、それぞれの略号〔哲〕〔論〕〔心〕等を全文検索した結果によります)

「哲学」(353)「論理学」(154)「心理学」(189)「宗教」(77)「仏教」(2582)「神話」(18)「歴史」(15)「法律」(737)「経済」(132)「教育」(18)「社会学」(14)「美学・美術」(54)「言語・音韻」(278)「文学」(11)「音楽」(331)「数学」(542)「物理」(256)「化学」(214)「天文」(126)「気象」(28)「地学」(111)「生物」(404)「植物」(509)「動物」(179)「医学・薬学」(168)「機械工学」(117)「電気工学」(26)「情報科学」(17)「農林」(7)「建築・土木」(275)

これを件数順に棒グラフにしたのが以下の図です。

〈広辞苑の分類別の棒グラフ〉

次に、『広辞苑』と『日本国語大辞典』の百科分類のバランスを見比べるために、『日本国語大辞典』の大分類に、『広辞苑』の30の学術語・専門語の分類を仕分けして(例えば、『広辞苑』の哲学・論理学・心理学・宗教・仏教・神話は「哲学・宗教」の分野にまとめるなど)、それぞれの辞典内での割合を出したうえで分野ごとに比べると以下のようになります。

〈広辞苑と日国の分野別の割合を比べる〉

青色が『広辞苑』でオレンジ色が『日本国語大辞典』です。このグラフからわかるように、『広辞苑』は「哲学・宗教」分野が目立ち、「社会科学」と「自然科学」の割合が『日本国語大辞典』よりも大きい。それに対して、『日本国語大辞典』は「歴史」が圧倒的に高い割合を占め、ついで、『広辞苑』に比べると「産業」と「マスコミ・交通」が目立ち、「言語・文学」「芸術・娯楽」が高率であることなどが看て取れます。

以上のように、『広辞苑』は明示された学術語・専門語の略号[4]をもとに、『日本国語大辞典』は内部データの百科分類タグをもとに、それぞれを大分類した場合の割合と両書のバランスを比較してみたわけですが、それでは、語釈における専門分野の示し方についてはどうでしょうか。『日本国語大辞典』の場合は、略号こそ用いていませんが、主な分野については、たとえば「哲学では」「哲学用語」といった形式で解説するパターンになっています。ただし、複数の分野が重なる場合はその限りではありません。特に、百科分野の専門化が進み、分類も細分化されて多岐に亙るようになると、分類によっては特定しやすいものもあれば、そうでなくなるものも出てきて一筋縄ではいかなくなります。分類方法も含めてこれをどのように示すかは今後の課題となるでしょう。

次に、今野先生が指摘された『訳文日本外史』の頭注について具体的に見ていきましょう。いうまでもなく、『日本外史』とは、江戸後期に頼山陽が日本の武家中心の歴史を独特の漢文体で書き表したもので、幕末によく読まれて尊王攘夷思想に影響を与え、明治以降も教育の場などでは必読の書といわれてその訳本も多く出回っていました。その訳本の一つがこの上田景二訳の『訳文日本外史』で、明治45年(1912)に朝野書店から刊行されています。この本では、その巻之一「源氏前記・平氏」の最初のほうに出てくる「首領」という言葉について頭注が付いており、写真からも窺えるように「大毅 小毅、主張、校尉、旅帥、隊正等」と記されています。

〈『訳文日本外史』@国会図書館デジタルコレクション〉

これらは、何を意味するのか。それぞれの言葉について先生が引かれた『日本国語大辞典』の本文を見ると、「主張」以外はどうやら令制に於ける軍団の役職であることがわかります。そこで、「軍団」を引くと、次のように記述されていました。

ぐんだん【軍団】
〔名〕
(1)令制で、常置の兵士訓練施設。正丁(せいてい=二一歳以上六〇歳以下の一般男子)の三分の一を徴発して軍団で訓練する。千人以下で構成され、一国に二、三軍団、五、六郡に一軍団がおかれたとみられる。軍団を統率する職員には大毅、小毅、主帳、校尉、旅帥、隊正などがあり、軍団所在地から採用することになっており、部内の散位・勲位の者、あるいは庶人の武勇の者をこれに補任した。征討など非常の時には臨機に大規模な軍を編制し、将軍、副将軍、軍監、軍曹、録事をもって統率した。
*令義解〔718〕職員・軍団条「軍団。大毅一人。〈掌検校兵士。充備戎具。調習弓馬。簡閲陳列事〉」[5]〈返点略〉(以下略)

ここでは、頭注の「主張」は「主帳」になっています。『令義解』(718)の「職員令・軍団条」をもう少し長めに引いてみると、「軍団 大毅一人。〈略〉少毅二人。〈略〉主帳一人。校尉五人。旅帥十人。隊正廿人」[6]とあり、確かに「主帳」となっています。この「主帳」を『日本国語大辞典』ではどのように解説しているでしょうか。

しゅちょう【主帳】
〔名〕
令制における地方官の一つで、郡および軍団の第四等官。文書の起草、また他からの文の受理解読などを任務とした。
*令義解〔718〕職員・大郡条「主帳三人。〈掌受事上抄。勘署文案。撿出稽失。読申公文。余主帳准此〉」〈返点略〉(以下略)

とあり、やはり令制における役職名を表していることがわかります。とすると、『訳文日本外史』頭注の「主張」については、自序で「但、房主利を趁ひ功を収むるに急にして、余をして裕に校正を重ぬるを得せしめず。魯魚焉烏の誤、自ら多々あるを知る」(2ページ6~7行目)とも述べている通り、誤植の可能性が出てきます。

とりあえず「主張」は「主帳」であるとして、『訳文日本外史』の頭注は何を意味しているのかを考えてみます。それぞれの語釈からも明らかですが、「大毅、少毅、主帳、校尉、旅帥、隊正」は令制における軍団を統率する職員の役職名で、それぞれの役職は『令義解』(718)の「軍防令第十七」に「凡軍団大毅領一千人、少毅副領。〈略〉挍尉二百人。旅帥一百人。隊正五十人」[7]ともあるように、組織の規模に応じた「首領」だったことがわかります。つまり、それぞれの集団の「かしら」であるという意味にとれます。そうであれば、この「首領」は、これらと同じレベルの役職名とは考えにくく、いわばメタレベルの語ということになるのではないでしょうか。

つまり、『日本外史』で使われている「首領」はたまたま令制における軍団の各組織の「長」という意味ではあるけれども、それはあくまでも「首領」の一般的な語義であって特殊な役職名を指すわけではないので、「首領」の語釈で軍事用語と特定するのは難しいと思われます。たしかに、辞書を引く者にとっては具体的にその用語の分野名が明示されていたほうが分かりやすいという利点はありますが、分野で大きくくくることによって却って不正確になることもあるので注意しなければなりません。「大毅、少毅、主帳、校尉、旅帥、隊正」の役職名でいえば、現代の軍事関係では言わないことから、やはり「令制で」と具体的に断ったほうがより正確であるということにはなろうかと思います。

  • [1] 『言海』の「本書編纂の大意(一)」に、「凡そ、普通辞書の体例は、専ら、其国普通の単語、若しくは、熟語(略)を挙げて、地名人名等の固有名称、或は、高尚なる学術専門の語の如きをば収めず」とある。
  • [2] 1890年代、『言海』以降、山田美妙『日本大辞書』(1892-93)、物集高見『日本大辞林』(1894)、三田村熊之介『日本新辞書』(1895)、藤井乙男・草野清民『帝国大辞典』(1896)、林甕臣・棚橋一郎『日本新辞林』(1897)といずれも普通語の辞書が続出している。
  • [3] ただし、松井簡治・上田万年編『大日本国語辞典』(1915-19)は、一部の神仏名などを除いて固有名詞は入れない方針をとっている。また、大槻文彦著『大言海』(1932-35)も『言海』の方針を引き継いで固有名詞は採用していない。
  • [4] 『広辞苑』の場合、たとえば相場や簿記などのように、分野の略号が明示されていない専門用語もあるが、それらを除いても、大分類の割合を比べる上で有意な差はないと判断した。
  • [5] 『新訂増補国史大系 第22巻 律・令義解』〔吉川弘文館、1966〕63ページ6行目。用例中の「閲」字は、『日本国語大辞典第二版』および用例の底本である国史大系本では、門構えに「免」の字に作るが、『大漢和辞典』ではこの字を義未詳としている。ここでは、国史大系本が「簡ヒ[門+免]スル」と仮名を送っているところから、文脈上「えらびけみする」と読み、また「簡閲(かんえつ)」という熟語の語義にも照らして、[門+免]は「閲」の異体字ではないかと考えておく。ちなみに、底本では引用例のすぐ後で「撿[門+免]」(「検閲」と考えられる)と言い換えてもいる。
  • [6] 同上。63ページ5~7行目。
  • [7] 同上。183ページ2~3行目。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は11月4日(木)、今野教授の担当です。シリーズ16がスタートします。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『図説日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。最新刊は『『広辞苑』をよむ』(岩波新書)。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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