『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今野3回×佐藤1回の1テーマ4回シリーズでお送りします。

シリーズ 15 「専門用語 」目次

  1. 1. 今野真二:『日国』と『広辞苑』の専門用語を比較する 2021年09月01日
  2. 2. 今野真二:『日本外史』にみる一般的ではない語義 2021年09月15日
  3. 3. 今野真二:一般的ではない語義をどう示すのか? 2021年10月06日
  4. 4. 佐藤宏:国語辞典は百科全書の夢をみるか? 2021年10月20日

専門用語
Series15-3

一般的ではない語義をどう示すのか?

今野真二より

 前回は頼山陽『日本外史』の「三軍を統ぶる毎に、大将軍一人。大将の出征するには必ず節刀を授け、軍に臨み敵に対して、首領の、約束に従はざる者は、皆専決を聴し、還るの日に状を具して以聞せしむ」(巻之一、源氏前記 平氏、岩波文庫(上)37頁)を緒として、「一般的な語義ではない語義」ということについて述べた。

 『日本国語大辞典』の「しゅりょう(首領)」、「しゅちょう(主張)」の語義には一般的な語義のみが記されている。見出し「しゅりょう(首領)」の使用例として『日本外史』巻之九「足利氏正記」があげられている。その「両陣皆首領を喪ひ、猶ほ屹然として相ひ対す」(巻之九、足利氏正記 足利氏下、岩波文庫(中)108頁)の「首領」について、岩波文庫は脚注において「山名持豊と細川勝元」と記す。つまりこの「シュリョウ(首領)」は語義(2)(人のかしらに立つもの。おさ。頭目(とうもく)。主領。現代では悪人仲間の長についていうことが多い。)に該当していることになる。同じ『日本外史』に使われている同じ語Xであっても、ある箇所では「一般的な語義ではない語義」で使われ、ある箇所では「一般的な語義」で使われている。そうであれば、ますます「一般的な語義ではない語義」についても語義記述に含めてほしくなる。そしてその時に、例えば軍事・軍隊用語であることを示す〔軍〕という符号が附されていれば、「一般的な語義ではない」ことがいっそうはっきりとするのではないだろうか。ちなみにいえば、『三省堂国語辞典』第7版は「略語表」の「分野」において「軍事・軍隊」を〔軍〕で示している。

 前回示した、上田景二訳註『訳文日本外史』(1912年3月15日発行、同年5月20日4版、朝野書店)を入手しようと思ったのは、明治45(1912)年の時点で、『日本外史』のどのような語に注を施しているかを確認してみたかったからである。「軍事」にかかわりそうな語を軸として頭注を15あげてみることにする。

かんせい:箝制 自由にさせぬこと ◯
こうぎょ:控馭 おさへ制すること ◯
こんけつ:困蹶 失敗して困まること ◯
せきい:積威 昔より積み来れる威力 ◯
ざいぶ:材武 はたらきありてつよきこと ◯
るいせん:累遷 かさねて官を上ること ◯
ぶかん:武幹 武人たる器量 ×
ちょうせん:超遷 官等を超へて進むこと ◯
へいせん:兵燹 兵火のこと ◯
こうかん:構陥 つみをこしらへておとし入ること ◯
ばいはん:倍畔 そむくこと ×
はんしん:反唇 おどろきいかること △
らんじん:乱人 謀叛人 ◯
けんちゅう:遣中 一行の内に加はること ×
しゅし:殊死 討死の決心すること ◯
 

 『日本国語大辞典』に見出しがあり、『訳文日本外史』の頭注が示している語義と一致すると思われる語義が記述されている場合に◯、見出しはあっても一致すると思われる語義が記述されていない場合には△、見出しがない場合には×を附した。
 『日本国語大辞典』の見出し「はんしん(反唇)」には次のようにある。

はんしん【反唇】
〔名〕
くちびるをそらすこと。不服の表情をいう。
*広益熟字典〔1874〕〈湯浅忠良〉「反唇 ハンシン ハラタツ」
*史記‐平準書「初令下、有便者、異不応、微反脣」

 使用例として湯浅忠良『広益熟字典』を示しながら、そこに示されている「ハラタツ」を語義記述に採用していない。これは「専門用語」ということにかかわってのことではないだろうが、使用例がこのように辞書体資料である場合は、語義記述の不一致は目立ってしまう。また見出し「らんじん(乱人)」においては、使用例の中に湯浅忠良『広益熟字典』の「乱人 ランジン ワルキコトスルヒト」があげられており、この見出しにおいては、『広益熟字典』の語釈が採用されているかたちになっている。もちろんそういうこともあるだろう。しかし、見出し「はんしん」の場合、語義を「くちびるをそらすこと。不服の表情をいう」と記述するのであれば、『広益熟字典』を使用例として示す必要はなかったのではないか。あるいは示さないほうがよかったのではないか。異なる語義記述をしている辞書体資料があるならばあえて示すというのが『日本国語大辞典』の「度量」であるというのであれば、それもどこかに断っておくとよいだろう。

 ジャパンナレッジの検索機能を使って、「日本外史」を「用例(出典情報)」で検索してみると、1077件がヒットする。その中には見出し「いあん(倚安)」のように、『日本外史』以外の使用例が示されていない見出しも含まれている。あるいはまた見出し「おうじん(鏖尽)」のように、『日本外史』と漢語辞書のみが使用例としてあげられている見出しもある。明治期に出版された漢語辞書の中には、『日本外史』から見出し漢語を抽出しているものがあることが、論文などですでに指摘されている。

いあん【倚安】
〔名〕
たよって安心すること。
*日本外史〔1827〕三・源氏正記「方今大乱初平、関東倚安帥府

おうじん【鏖尽】
〔名〕
残らずすべて殺してしまうこと。みなごろし。
*日本外史〔1827〕一五・徳川氏前記「苟期於鏖尽、勢有不可
*漢語字類〔1869〕〈庄原謙吉〉「鏖殺〈略〉ミナゴロシ 鏖尽 アウジン 上ニ同ジ」
*布令字弁〔1868~72〕〈知足蹄原子〉六「鏖尽 アウジン ミナゴロシ」

 「専門用語」の話から始まって、最後は『日本外史』の話になった。「一般的ではない語義」を積極的に、そして「一般的ではない」ことがわかるように示すといいのではないかというのが今回の筆者の主張だ。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は10月20日(水)、佐藤宏さんの回答編です。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『図説日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。最新刊は『『広辞苑』をよむ』(岩波新書)。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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三省堂
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