『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今野3回×佐藤1回の1テーマ4回シリーズでお送りします。

シリーズ 8 「「とも」について 」目次

  1. 1. 今野真二:「古くは」の意味するところ 2020年06月17日
  2. 2. 今野真二:乱歩作品にみる併用の時期 2020年07月01日
  3. 3. 今野真二:『日本国語大辞典』と江戸川乱歩 2020年07月15日
  4. 4. 佐藤宏:ことばの歴史を消さないために 2020年08月05日

「とも」について
Series8-3

『日本国語大辞典』と江戸川乱歩

今野真二より

 江戸川乱歩の「妖虫」を読んでいると次のようなくだりがあった。

 相川青年が答えた通り、その二人連れは、政党の下つぱか、いわゆる会社ゴロというような人種以上には見えなかつた。(春陽堂版全集13・4頁上段)

 『日本国語大辞典』を調べてみると、「かいしゃごろ」が見出しになっていた。

かいしゃ‐ごろ【会社─】

〔名〕
(「ごろ」は「ごろつき」の略)

(1)新会社を作るかのようにいつわり、巧みな弁舌で資本家に投資させて私利を図る者。会社屋。〔模範新語通語大辞典{1919}〕

(2)会社や、その重役などの弱点、または中傷的な材料をもとに脅迫し、金品などをゆすり取ることを常習としている者。また、少しの株を持ち、株主総会でいやがらせの質問をし、妥協するとき金をせしめることを常習とする者。会社荒し。〔新しき用語の泉{1921}〕

*妖虫〔1933~34〕〈江戸川乱歩〉「その二人づれは、政党の下っぱか、いはゆる会社ゴロといふやうな人種以上には見えなかった」

 「妖虫」は『キング』第9巻第12号(1933年12月1日発行)から第10巻第10号(1934年10月1日発行)まで10回にわたって連載され、昭和9(1934)年12月24日に『黒蜥蜴・妖虫』(新潮社)として2つの長編を併録するかたちで単行本として出版されている。さらに江戸川乱歩選集第4巻『妖虫』(新潮社、1939年1月17日)として出版され、それにつぐものが1955年に出版された春陽堂版全集ということになる。

 昭和21(1946)年に「当用漢字表」と「現代かなづかい」とが内閣告示され、これ以降は「新字・新仮名遣い」が日常の日本語の「ルール」となる。ここを基準にすれば、これ以前が「旧字・旧仮名遣い」の時期ということになる。注意しておきたいのは、「新字・新仮名遣い」は法律ではないので強制力をもっているわけではないし、従わないからといって罰則があるわけでもない。しかし、内閣告示されているので、こういうやりかたでいきましょうということがひろく呼びかけられていることはたしかなことといえよう。それに対して「旧字・旧仮名遣い」は呼びかけられた「ルール」ではなく、自然にそういう感じになっていたということだ。そう考えると、「旧仮名遣い」は「新仮名遣い以前に行なわれていた仮名遣いの総称」ということで、概念としては成り立つが、その「内実」は「一枚岩」ではないはずだ。筆者は、日本語の音韻と仮名とが1対1の対応を保っていた時期の「書き方」を「古典かなづかい」と呼んでいる。厳密にいえば、これは「かなづかい」ではなく、表音的に書いているということであるが、ひとまずこの呼称をここでも使うことにしたい。「古典かなづかい」から昭和21年に内閣告示された「現代かなづかい」までの期間にはさまざまな「かなづかい」が行なわれていたはずで、「旧仮名遣い=古典かなづかい」ではないということには留意しておきたい。

 さて、それで、何が言いたいのかといえば、拗音・促音に小書きの仮名を使うか使わないかということは、ほんとうは「仮名の使い方」すなわち広義の「かなづかい」に属していることがらだと思うが、そのあたりの「とらえかた」が曖昧だということだ。春陽堂版の江戸川乱歩全集は、「仮名はすべて新仮名遣い」(巻1:自序)を謳うが、拗音・促音には小書きの仮名を使わない。先に引用した、『日本国語大辞典』にあげられている「妖虫」は、促音に小書きの仮名をあて、その一方で、「古典かなづかい」で書かれているようにみえる。

 ここからやっと本題に入る。ジャパンナレッジの検索機能を使って、文字列「江戸川乱歩」を、検索範囲を「全文(見出し+本文)」に設定して検索すると192件がヒットする。この中には、見出し「えどがわらんぽ」などが含まれているので、それらを除くと187件、乱歩作品が使用例としてあげられている(AND検索で文字列「〈江戸川乱歩〉」を入れ検索範囲を「用例(全体)」を入れると確実に乱歩作品の引用例をたどりつくことができる)。『日本国語大辞典』第1巻の別冊「主要出典一覧」では上記の「妖虫」がいかなるテキストによっているのかはわからない。187回の使用は『日本国語大辞典』全体100万用例からすれば少ないかもしれないが、やはり依拠テキストが示されているとありがたい。

 187回の中の1回が最初にあげた「カイシャゴロ」である。『日本国語大辞典』の見出し「バンカキョウ(万華鏡)」の使用例にも江戸川乱歩「妖虫」があげられているが、こちらは、雑誌『文学時代』第4巻第2号(1932年2月1日発売号)に「浅春随筆」として載せられた文章「妖虫」における使用だ。こちらの「妖虫」は平凡社版の江戸川乱歩全集第9巻(1932年3月10日発行)に収められている。

ばんかきょう【万華鏡】

〔名〕
玩具の一つ。円筒の中に長方形のガラス板を三角に組み、彩色したガラスなどの小片を入れ、筒を回しながら、筒の端の穴からのぞくと、美しい模様が見えるようにしたもの。にしきめがね。まんげきょう。

*血〔1927〕〈岡田三郎〉「涙が出たので、彼の眼に電燈はきらきらと万花鏡(バンクヮキャウ)のやうに輝いた」

*妖虫〔1932〕〈江戸川乱歩〉「自然の桜花よりも、ガラスのかけらの万華鏡(バンクヮキャウ)を」

 大学の授業で学生と大正11(1922)年に『主婦之友』に掲載された久米正雄『破船』を読んでいるが、その中に「硝子の球の中に万華鏡の如く、色々な結晶形の花模様を沈澱させた文鎮」とあり、「万華鏡」には「ばんくわきやう」と振仮名が施されていた。『日本国語大辞典』が示している例よりも5年ほど早い。

 乱歩は『大衆文芸』第1巻第10号(1926年10月1日)に発表した「鏡地獄」の中でも「万華鏡」を使っている。今、創作探偵小説集4『湖畔亭事件』(春陽堂、1926年9月26日)に収められた「本文」で確認をするが、「将門眼鏡、万花鏡」(2頁)「ある時は部屋全体が巨大なる万花鏡です」(17頁)とある。つまり両例とも漢字列は「万花鏡」である。そしてなんと、前者には「まんくわきやう」、後者には「ばんくわきやう」と振仮名が施されている。『日本国語大辞典』は「まんかきょう」を見出しにしていない。この「まんくわきやう」という振仮名は何らかの錯誤なのか、そうではないのか。昭和6(1931)年6月から発表された「恐怖王」にも「万華鏡」は使われており、春陽堂版全集(巻3:196頁下段)では「ばんかきよう」と振仮名が施されている。乱歩が「バンカキョウ」という語形を使っていたことは確実だろう。そして昭和7(1932)年の「妖虫」よりも「鏡地獄」での使用が早い。「鏡地獄」は『日本国語大辞典』の見出し「ソフトフォーカス」の使用例としてあげられている。

 乱歩が作品の中で使っている語で、『日本国語大辞典』が見出しとしていない語について紹介しようと思っていたが、ここまでですでにいつもの文字数を大幅に超えてしまった。これについては、また機会を改めて紹介したい。


▶︎今野真二さんの新刊『乱歩の日本語』が発売中。明治、大正、昭和の日本語を操った江戸川乱歩。そのつど、編集・校訂を加えられたテキストから乱歩の「執筆時の気分」をはかることはできるのか。それぞれのテキストを対照させながら検証する。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回(8月5日)は『日国』第二版元編集長の佐藤宏さんによる回答編です。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『図説日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。最新刊は『『広辞苑』をよむ』(岩波新書)。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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今野真二著
三省堂
2800円(税別)