『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今回は今野真二さんがお送りする特別篇です。

特別篇 目次

  1. 1. 今野真二:明治は遠くなったか? 2019年08月21日
  2. 2. 今野真二:日本語アーカイブ 2020年01月15日
  3. 3. 今野真二:補注で用いられる「唐話纂要」とは 2020年06月03日
  4. 4. 今野真二:江戸川乱歩の日本語 2020年08月19日

特別篇

江戸川乱歩の日本語

今野真二より

 第26回は春陽堂版の江戸川乱歩全集において、漢字列「紛失」に「ふんじつ」「ふんしつ」両方の振仮名がみられることを話題とした。乱歩が「フンジツ」「フンシツ」両語形を併用していたのではないか、というのが筆者の「憶測」であるが、仮にそうだったとすると、このことがらは少なくとも3つの「問題提起」につながる。

1:(ほぼ)同義と思われる語が2つあった場合、2つが併用されるということはよくあることなのか。あまりないことなのか。併用されるにあたっては、何らかの「条件」があるのかどうか。

2:「紛失」のように、2つの語形が1つの漢字列によって文字化される場合、漢字列からはどちらの語形が使われたかがわからない。このことは、「消された乱歩」[1]を引き起こすなど、いろいろなことにかかわってくる。

3:「2つの語形の併用」をさらに考えると、A語形からB語形に移行した後も、A語形を自身のものとして使っていた世代がA語形を使い続けるということはありそうだが、これをどう考えるか。この場合にも「条件」はあるのか。

 結局はどの程度の「倍率」で言語現象を観察し、考えるかということかもしれない。いろいろな目的でつくられているであろう、いろいろな文献のデータを集積して、それを使って言語分析を行なう「コーパス言語学」では、(いろいろな方法があるので一概にはいえないが)ごくおおざっぱにいえば、個々の文献からは限りなく遠い位置から分析を行なうことになる。一方、特定の文献に看取される言語現象を起点にし、まずはその特定の文献内で何が起きているかを精密に観察するような分析は、文献にできる限り接近した分析といえるだろう。目的に応じて、接近するか離れるかを決めればよいのであって、どちらがいいということではないだろう。どちらの「手法」を好むか、という「趣味」の違いだという人もいるかもしれない。

 江戸川乱歩「吸血鬼」には次のようなくだりがある。

 斎藤老人は、思わず振りかえつて、暗闇の中の、見えぬ敵に対して、身がまえをした。
「誰だ、そこにいるのは、たれだ」

 誰もいるはずはなかつたけれど、薄気味わるさに、老人はどなつてみないではいられなかつた。

 ところが、その声に応じて、まるで老人が悪魔を呼びだしでもしたように、広い暗闇の中に、人の気配がした。すかして見ると、向こうの窓の前を、煙みたいな人影が、スーッと横切つたように感じられた。
 「たれだ、たれだ」

 老人はつづけざまに、悲鳴に似たさけび声をたてた。(春陽堂版全集6・73頁下段)

 ここには「たれ」が3回みられる。『日本国語大辞典』は清音語形「たれ」を見出しにして、「(近世後期以降「だれ」とも)」と記す。「タレ」がまずあり、江戸時代後期以降に「ダレ」という語形をうんだ、とみるのが一般的な「みかた」となっている。

 上の言語描写に乱歩の言語感覚が投影していると前提してみよう。乱歩は明治27(1894)年生まれなので、「吸血鬼」を『報知新聞』に連載し始めた昭和5(1930)年は乱歩が36歳の時にあたる。その時の乱歩が30歳ぐらい年上の66歳を「老人」と感じたとすると、この66歳の「老人」は1864年、すなわち文久4年、元治元年生まれ、つまり江戸時代の生まれということになる。乱歩自身は「ダレ」を使うが、自身よりも年上の「老人」は「タレ」という語形を使うという漠然とした感覚がこの場面での「たれ」ではないか、と「妄想」する。光文社文庫版全集、江戸川乱歩文庫は3回の「たれ」をすべて「誰」としている。乱歩が、「斎藤老人」の「老人」らしさを「タレ」であらわそうとしていたのではないか、というのは筆者の「妄想」である。しかしもしもそうだったら、その乱歩の「工夫」は「誰」という漢字をあてることによって消え去ってしまったことになる。

 ただし、ここにまた複雑なことがある。1961(昭和36)年10月10日から刊行を開始した桃源社版の江戸川乱歩全集は、乱歩が積極的に編集に関与した、生前最後の全集として評価されている。つまり、1961年時点での乱歩の「判断」のもとに編まれているということだ。この桃源社版全集の5(1961年刊行)に「吸血鬼」が収められている。そこでは春陽堂版全集にあった3回の「たれ」がいずれも「だれ」になっている。

 春陽堂版全集6が出版された時点(1955年刊行)では「老人」に「タレ」を使わせた。これはいわゆる「役割語」のようなものだ。しかし、桃源社版全集の5が出版された時には、「タレ」があまり使われなくなっていたので、「老人キャラ」の使う語としての「タレ」が効いてこなくなった。そこで「ダレ」にした、というのは「妄想の上塗り」だろうか。「恥の上塗り」も恥ずかしいが、「妄想の上塗り」も恥ずかしい。しかし、「妄想」に導かれて小路を歩くということも時にはわるくないのではないだろうか。


  • [1] 筆者は2008年6月に『消された漱石』(笠間書院)というタイトルの本を出版している。そこでは、漱石の自筆原稿が、新聞に発表され、単行本となっていく過程で変えられていくということを主要テーマとして、それを具体的に指摘、考察した。それを「消された漱石」と表現した。2020年6月には春陽堂書店から『乱歩の日本語』という本を出版したが、その第八章に「消された乱歩」という章題を付けた。そこでは乱歩の日本語が印刷出版を重ねていくにつれて変化していくありさまを述べている。

▶︎今野真二さんの新刊『乱歩の日本語』が発売中。明治、大正、昭和の日本語を操った江戸川乱歩。そのつど、編集・校訂を加えられたテキストから乱歩の「執筆時の気分」をはかることはできるのか。それぞれのテキストを対照させながら検証する。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回(9月2日)は第9シリーズがスタート。今野真二さんの担当でお送りします。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『図説日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。最新刊は『『広辞苑』をよむ』(岩波新書)。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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三省堂
2800円(税別)