初場所優勝した
稀勢の里が第72代横綱になった。茨城県牛久市出身田子ノ浦部屋(入門時は鳴戸部屋)。本名は萩原寛(はぎわら・ゆたか)、30歳。
若乃花勝(二子山部屋)以来
19年ぶりの日本出身力士の横綱誕生に、久しぶりに大相撲フィーバーが起こっている。
日本人横綱は相撲協会にとっても悲願であった。そのためにいささか強引な手法をとったのではないかと『週刊ポスト』(2/10号、以下『ポスト』)は報じている。
横綱審議委員会の協議はたった15分間だった。「直近の4横綱(朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜)の昇進前『6場所』の成績を載せた資料が配られたことも異例でした」(協会関係者)
横綱昇進の内規には、大関で2場所連続優勝か、それに準ずる成績が条件と書かれている。
しかし、稀勢の里の先場所は12勝3敗の準優勝だったが、優勝した鶴竜とは勝ち星の差が2つある。それに昨年は69勝を挙げ年間最多勝といっても優勝はない。
初場所は優勝したが、日馬富士、鶴竜の2横綱が休場、優勝争いの大詰めの13日目も大関・豪栄道が休場して不戦勝するなど、
内容も完璧とはいえなかった。
千秋楽こそ白鵬をすくい投げで屠(ほふ)ったが、その一番を待たずに協会も横綱審議委員会も稀勢の里の昇進間違いなしというムードだった。
その背景にはこのところ角界を席巻してきた
モンゴル勢の団結の固さを何とかしたいという、協会側の思惑があったことは間違いない。
「普段から錦糸町や両国などにあるモンゴル料理店に集って日頃の不満をぶつけあうなど、同郷のつながりが強かった。土俵の上でもモンゴル勢同士だと“先輩に対して立ち合いの変化はしにくい”“張り手は出しづらい”といった気遣いが自然と生まれる」(後援会関係者)
それが証拠に、モンゴル人大関・照ノ富士が昨年3回もカド番に追い込まれたとき、3月場所は鶴竜、7月、11月場所は白鵬から勝ち星をあげ、8勝7敗でカド番を脱出している。
だがここへきて異変が起きている。初場所の白鵬は4敗したが、初顔合わせのモンゴル人力士、荒鷲と貴ノ岩に敗れているのである。白鵬が初顔合わせの相手に敗れたのは実に
7年4か月ぶりのことだった。
3横綱を擁するモンゴル勢の力関係に、その頂点に立っていた
白鵬の力の衰えがはっきり見え始め、変化が生じてきたのだ。
この機を逃してはならじと、荒技を使って稀勢の里を横綱に“仕立てた”のだろう。
『ポスト』の言うように、協会が稀勢の里の実力を本物だと考えているなら、かつて大関・貴ノ花が全勝優勝したときに横綱昇進が見送られたように、
もうひと場所待つという考え方もあったはずだ。
私は稀勢の里に横綱の実力がないと考えているわけではない。白鵬に昔日の強さがなくなり、日馬富士、鶴竜には白鵬ほどの強さも魅力もない今、稀勢の里が大横綱になる可能性は大いにあると思う。
かつて
大乃国というガチンコ横綱がいた。千代の富士という名実ともに君臨していた大横綱にガチンコで挑み、双葉山の69連勝超えを狙っていた千代の富士の連勝を53でストップさせたのは大乃国だった。
横綱としての優勝はわずか1回。横綱であるにもかかわらず負け越すという失態を演じたにもかかわらず、多くのファンから愛された。
白鵬の連勝を63でストップさせたのは
稀勢の里だった。「土俵上で馴れ合いにならないよう、
力士に友達は作らないと公言する“変人”である稀勢の里」(別の後援会関係者)に大乃国をダブらせる相撲ファンも多いという。
『週刊ポスト』(2/17号)は、稀勢の里が所属する部屋も
ガチンコ揃いだという。
「あの部屋はとにかく変わっている。他の部屋に出稽古に行くことはないし、よそから出稽古を受け入れることもない。所属力士たちも巡業などで他の部屋の人間と交わろうとしません。
そんな変人揃いの部屋なんですが、それでいて妙な団結力がある。田子の浦親方(元前頭・隆の鶴)は、稀勢の里のことをいまだに“横綱”ではなく、“萩原(本名・萩原寛)”と呼んでいるし、稀勢の里のほうもそれに文句をいうこともない。むしろ大関になってからも進んで部屋のトイレ掃除をしていたくらいです」(相撲協会関係者)
11年に先代・鳴戸親方(元横綱・隆の里)が亡くなった際に、部屋付親方となっていた隆の鶴が部屋を継いでいる。
「その後、先代の女将さんとの対立が表面化して独立することになった。それが現在の田子ノ浦部屋です。そうした経緯を一緒にくぐってきた稀勢を始めとする所属力士や部屋付きの西岩親方(元関脇・若の里)たちの団結は強い。それは、“先代・鳴戸親方の遺志を継ぐ”という思いの表われでもあると思います」(同)
しかし、稀勢の里を迎え撃つ
モンゴル力士たちの団結力も半端ではないようだ。
特に稀勢の里の横綱昇進に対して、「朝青龍が引退した後、一人横綱で燃えるものが少なかったが、その後2人横綱(日馬富士、鶴竜)が出てきて、眠っていたものがワッと出てきた。今回もそんな気持ちかな」と語った白鵬の入れ込みようは半端なものではないというが、いかんせん体力の衰えは隠しようがなくなっている。
「白鵬も立場としては追い込まれているんですよ。稀勢の里の横綱昇進によって悲願だった『日本国籍を取得しないままでの一代年寄取得』に暗雲が立ち込めている。これまでは3横綱といっても協会は白鵬人気に頼っている部分が大きかった。白鵬の土俵入りは本場所だけでなく、巡業や奉納相撲での華ですから。必然的に白鵬の悲願は無下に扱えない状況になっていた。そうした力関係が、大人気の日本人横綱が誕生したことで一変するわけです」(時津風一門の親方)
また1月31日にはモンゴル出身の元小結・
時天空(ときてんくう)が悪性リンパ腫のために亡くなってしまった。
「白鵬に苦言を呈することができる数少ない先輩だった。時天空自身は帰化して年寄名跡を取得しており、“郷に入っては郷に従え”という考えで、白鵬の主張するモンゴル籍のままでの一代年寄取得には否定的だった。その死によって白鵬の心境にどんな変化があるかはわかりませんが、あらゆる手段を講じてモンゴル国籍のまま協会に残れるように動いた結果、手詰まりになっているのは間違いなく、すでに帰化を決断したという話も聞く。いずれにせよ、来場所以降も稀勢の里にズルズルと負け続けるようであれば、引退に追い込まれ、そのまま協会を去ることにもなりかねない」(同)
横綱は
「日下開山(ひのしたかいさん)」と呼ばれることもある。天下無双という意味である。
新入幕以来、間違いなく将来の横綱といわれてきた稀勢の里だったが、
30にしての遅咲きである。
相撲に造詣が深かった作家の山口瞳は、横綱になった力士に“哀しさ”を見た。頂点に登り詰めれば後は落ちていくだけだからだ。
白鵬が引退してもモンゴル出身の力士は次々に出てきて、金星を奪おうと稀勢の里に向かってくる。稀勢の里の時代はそう長くはないであろう。毎場所が彼にとっては正念場になる。
日本人とかモンゴル人だからというのは関係ない。ガチンコの真剣勝負を見せてくれれば、私の子どもの頃のような、若貴時代のような相撲人気は復活するはずだ。5月場所は久しぶりに国技館へ行ってみようと思っている。
元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
日ハム大谷翔平の足の具合や、テニスの錦織圭のここという時の勝負弱さは気になるが、ゴルフの
松山英樹の強さは本物である。
全盛期のタイガー・ウッズとはいわないまでも、ショットの安定感、パターのうまさは、常に首位争いを狙えるのはもちろんのこと、日本ゴルフ界の悲願であるメジャー優勝を現実のものにしてくれると思う。
素人目に見ても、大谷や錦織よりもメンタルの強さがいまの松山にはある。4月にあるマスターズの最有力選手は間違いなく松山だ。
第1位 「小池百合子イケメンSPはポルノ俳優だった!」(『アサヒ芸能』2/9号)
第2位 「ビートたけしの21世紀毒談」(『週刊ポスト』2/17号)
第3位 「松山英樹『進化するスイング』を解剖する」(『週刊現代』2/18号)
第3位。2月6日の朝早く起きて、NHKBSでやっていた米男子ゴルフのフェニックス・オープンを見た。
首位と4打差でスタートした
松山英樹が素晴らしいゴルフをして、通算17アンダーで首位に立ち、全米オープン覇者のウェブ・シンプソンとプレイオフになった。
まさしく死闘の末、シンプソンをねじ伏せ、昨年に続き優勝して
ツアー4勝目を飾った。
『現代』は
松山のスイングをグラビアで分析している。たしかに身体の厚みも増し、スイングに豪快さが出てきたことはたしかだ。
ドライバーのブレも少ない。その上パターが格段に進歩した。だが、一番進歩したのは一流選手たちと競い、勝ったことで自信が出てきたことだろう。
ゴルフはメンタルなスポーツだといわれる。トップからフィニッシュに至るまでに、これまで失敗したすべてのシーンが甦るといわれる。
あれほどの強さを誇ったタイガー・ウッズが、腰を痛めたこともあるだろうが、別人のように精彩がなくなってしまった。
タイガーはきっと、ドライバーを振り上げて降ろすまでに、これまでSEXしたオンナたちの顔やカラダが頭に浮かぶのではないか。
大勢のギャラリーがそのことを知り、笑っているのではないかと思うのではないか。
その雑念が微妙にスイングを狂わせ、フェアウェーを大きく外してしまうのではないだろうか。
松山にはいま、それがない。彼女もいないようだ。ゴルフだけを考えていればいい。
予言しておこう。今年はメジャーを獲るチャンスの年だ。彼ならやれるかもしれない。
だが、今年を逃すと、来年は「なんでメジャーをとれないのか」という雑念が出てくる。再来年はもっと悩むようになる。
何も考えず、勝てるときに勝つ。これこそがゴルフの唯一の要諦である。
今年の松山から目が離せない。
第2位。『ポスト』の
ビートたけしの連載は、ときどきおもしろいものがある。今号は
テレビの自主規制について。
「こういうふうにテレビの悪口をいっていると、『これからはインターネットの時代だ』って大喜びする人間は多い。だけど、ネットだってろくでもない。そもそもテレビが自主規制を強めたのはネットのせいだ。
ネット社会じゃ、番組のクレームが直接スポンサーにいってしまう。『不買運動を起こせ!』とけしかけるヒマ人まで出てきた。だからテレビ局が萎縮する。
相反する2つの意見があったとしても、ネット社会じゃ論争なんて立派なことになりゃしない。多数派が寄って集って少数派を袋叩きという図式になっちまう。名前も出さない匿名のヤツラが、ターゲットを決めてリンチする。そんなヤツラに狙われちゃたまらないってことで、テレビの制作側が勝手に自主規制や問題タレントの排除を始めちゃうんだ。
ネット=悪とはいわない。情報ツールとして有効なのはよくわかる。だけど、『バカが簡単にモノをいう社会』を作ってしまったのも事実だ。2歳の子供にタバコを吸わせた動画をフェイスブックに上げたり、コンビニで売り物のおでんをツンツンしてる姿をユーチューブにアップしたり、やっていいことと悪いことの区別もつかないバカばかり。今や誰もがスマホから自分のバカさをワンタッチで拡散できるから、迷惑がエスカレートするんだよな。
『ネットはバカのための拡声器』でしかない。大して利口じゃないヤツが一日中スマホにかじりついてても、時間とカネを賢いヤツラにむしり取られて終わるのがオチだよ」
最近の
ゲス不倫について。
「だけど、『ちょっとおかしいぞ』と思ったのが『五体不満足』の乙武(洋匡)くんの不倫報道への世間の反応だ。
週刊新潮にオネエチャンとの海外旅行をスクープされて、直撃取材に『結婚してから5人と不倫してた』と認めて大騒ぎになって、結局奥さんとは離婚しちゃった。
教育者の活動もしていて、マジメで誠実なイメージがある乙武くんと『不倫』がまったく合わないから驚かれたんだろうけど、本当はこの問題はもっと根深い。ちゃんと考えておかなきゃいけないと思うのは、世間がなぜ『乙武くんは不倫をしないマジメな男だ』と勝手に決めつけたのかってことだよ。
『テレビで知的なコメントをしているから』とか『著書に感銘を受けたから』みたいな理由ならともかく、もし『身体障害者なのに不倫するわけがない』とか『障害のある人はマジメに地道に生きてるもんだと思ってた』って感覚が根底にあるとしたら、それって実はものすごく差別的な考え方だよ。
体にハンディがあろうがなかろうが、人間の性格や嗜好ってのはそれとはまったく独立したものだ。障害を持ってる人だって、そうでない人たちと同じように性欲があるし、もちろん不倫をすることだってあるのが当然なんだよな。
だけど実際は『障害者だからそんなことしない』って決めつけてる人が多い。この不倫劇は、そんなニッポン人のゆがんだ潜在意識を浮き彫りにしたかもしれない」
このおじちゃん、たまにはいいこと言うやんか。
第1位。「アメリカファースト」のトランプ大統領のやることなすことが世界中の批判を浴びているが、
「都民ファースト」の小池百合子都知事の快進撃はいまのところとどまるところを知らないように見える。
小池対ドン・内田の最初の対決になった2月5日の
千代田区長選は、小池都知事の推した5選を目指す石川雅己氏(75)が、新人だが与謝野馨元官房長官の甥で自民党が推していた与謝野信(よさの・まこと)氏(41)に圧勝した。
『週刊新潮』(2/9号)が報じているように、石川氏には多選批判があり、区議会と対立して補助金着服に関する問題で百条委員会に証人喚問されたりと、決して評判のいい首長とは言えないらしい。
それでも小池人気に乗ってドン内田&都議会自民党と対立すれば「みんないい人」になってしまうのだから、トランプがこのことを知ったらどれほど羨むことであろう。
小池にまつわるオモシロイ話が『アサヒ芸能』(以下、『アサ芸』)に載っている。『アサ芸』によれば、小池の身辺警護をしている
イケメン専属ボディガードは、かつてVシネマ俳優で、「さらに調べるとアダルト作品への出演歴が発覚」(『アサ芸』)したというのだ。
この御仁、交流サイトのトップページに小池とのツーショット写真を掲載している。小池塾に通い政治家を目指していると見る向きもあるようだ。
小池の覚えが目出度いのだろうと思うと不可思議なことに、小池百合子事務所側にこのボディガード氏について尋ねると、「弊事務所及び小池百合子氏のいずれも雇用契約を結んだことはございません」(代理の弁護士)と答えたそうだ。
何の関係もない人間に身辺警護をさせるはずもないし、男が勝手に警護しているわけでもなかろう。AV歴があることを知った小池側が切ったのだろうか。
ともかく、こんなことも話題になるぐらい、小池人気がすごいということだろうが、どこまで続くか見物ではある。