京都のひな祭りに欠くことのできない和菓子の一つ。漢字は「引千切」と表し、「ひっちぎり」ともいう。見た目が真珠を宿す阿古屋貝に似ているので「あこや餅」と呼ばれたり、形を蓮(はす)に見立てた「いただき」という菓銘で、お釈迦様の誕生日、4月8日にお供えする菓子ともなる。
ひちぎりの起こりは、平安時代の公家(くげ)が我が子の前途を祝して、子どもの頭上に餅(もち)を三度触れさせたという儀式、戴餅(いただきもち)である。この儀式の餅は、丸い餅の中央のくぼみに小豆餡(あん)を載せたものであったという。ひちぎりは蓬餅(よもぎもち)を杓子(しゃくし)型にして、真ん中のくぼみに小豆餡を置いた菓子である。杓子型の柄の部分は、「引き千切る」という名前の由来通り、先端は引きちぎられて角(つの)のようになっている。昔の京都では、女の子が生まれたとき、婿方の家に祝いの配りものとし、ひちぎりを贈るならわしがあったそうである。現代では、餅の代わりに団子や求肥(ぎゅうひ)、こなしなどを用いて白、赤、蓬の三色をつくり、愛らしい色のきんとんで配色したものなどをよく見かける。
そもそもひな祭りとは中国の五節句の一つ、上巳(じょうし)の節句であり、中国ではこの日、川で禊(みそ)ぎをして邪気を払い、祝いの宴を催していた。日本に伝わると、禊ぎの神事は、人形(ひとがた)に穢(けが)れを移して川や海に流す流しびなの習俗になり、それが子どもの身代わりのひな人形へと移り変わっていった。また、邪気を払うために食べていた母子草(ははこぐさ:春の七草の一つ、オギョウのこと)の草餅は、蓬を用いたひちぎりとなって、今日にも受け継がれているのである。