京都の家の小屋根の上には、ひげ面の厳しい顔で長靴(ちょうか)を履き、刀を抜いた姿の小さな像がよく据え付けられている。この鍾馗さんは、中国の唐代の偉人。第6代皇帝・玄宗(在位712~756)に取りついた悪鬼(あっき、妖怪の一種)を、夢に現れて退治した、と伝えられている人物である。中国には邪鬼(じゃき、祟(たた)り神の一種)や悪鬼を祓(はら)うため、端午の節句に鍾馗さんの肖像画を飾るという信仰が広く伝わっている。この鍾馗伝説が日本でも室町時代から信仰されるようになり、江戸時代には我が子を守ってくれる神様として、端午の節句の武者人形の姿で定着した。近畿地方では魔除(まよ)けや子どもの守護神として小屋根に瓦(かわら)製の鍾馗像を置く風習も広まり、京都には極めて数多くの鍾馗さんが存在している。
家々の屋根にすっくと小人のように立つ鍾馗さん。京都の据え付け方には一定の決まりがある。京都の町家の造りは、道を挟んで家の入り口が向かい合わせになっている。各家は、入り口から奥へそのまま通り庭になっている(表入口から裏口まで土間が通り抜けになっている)ため、 家から家へとまっすぐに抜ける一本の通りがあるようなものである。だから、風が吹けば、家から家へと、通り庭を吹き抜けていく。これはこれで心地よいのであるが、たとえば、向かいの家に病人がいて病神(やまいがみ)が気になるとき、あるいは、貧乏神に祟られているとき、そんなときに向かいの家から風に乗り、こちらへも悪い気がやってくるのではないかと気にかかる。このようなとき、屋根の上からしっかと睨(にら)みをきかせ、悪い気を追い払ってくれるのが鍾馗さんなのである。細い露地を見通す突き当たりの家に鍾馗さんが置かれている場合もある。これは露地全体の魔除けや厄除けのため、屋根の上に鎮座しておられるのである。