総務省の人口推計によると、2012年10月1日時点の65歳以上の人は3079万人。人口に占める割合も24%で過去最高を記録し、2025年には高齢化率が30%になることが予測されている。
高齢化に伴い年間死亡者数も、2010年の119.2万人から2030年には約160万人になることが推計されている。そこで問題になっているのが「死に場所」だ。
戦後間もない日本では、ほとんどの人が自宅で最期を迎えており、病院で亡くなるのは1割程度。しかし、核家族化などの影響で現在は85%が医療機関で亡くなっている。実に100万人を超える人が病院で亡くなっているわけだ。
2030年には死亡者数が今より40万人増えるが、医療機関のベッド数は頭打ちだ。それどころか、国は医療の効率化を図るために、慢性期の患者を受け入れる療養病床のベッド数を、2025年までに今より7万床削減する方針を出している。2012年度の医療費の価格を決める診療報酬改定でも、その方針に沿って在宅医療や訪問看護などの医療費の配分を増やすことで、自宅や介護施設でも必要な医療を受けられる体制作りを急いでいる。
だが、厚労省の必死の誘導にもかかわらず、この10年間、自宅死亡は横ばいで増えていない。現実的に考えて、心身に何らかの障害を抱えた高齢者がひとり暮らしをするのは困難だ。特別養護老人ホームなどの老人福祉施設は、財源や人材にも限界があるので、簡単には増やすことができない。
別の厚労省の推計では、2030年の死亡場所の内訳は、医療機関が89万人、自宅が20万人、介護施設が9万人、残りの40万人以上が「その他」となっている。この「その他」が死に場所が決まらない人々で、「死に場所難民」が大量発生すると心配する声が上がっているのだ。
だが、これだけのことがわかっているのに、国が何も手を打たないはずはない。厚労省は着々と準備を始めており、「有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅」などの施設の増加を検討している。また、小泉自民党時代に決まった療養病床数の削減も見直される可能性もある。
大切なのは、「死に場所難民」が出ると扇情的に国を責めることではなく、いかにして「死に場所難民」を出さないような体制を整えていくかということだ。