明確な定義に基づくものではないが、人類がおかした過ちの歴史を刻む世界遺産を「負の世界遺産」と呼ぶ。多くのユダヤ人を死に追いやったポーランドのアウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所や、南アフリカ共和国のアパルトヘイト(人種隔離政策)を象徴する監獄島・ロベン島、広島の原爆ドームなどがこれに当たる。これらを訪れるときに、旅人は何を思うのだろうか。それを「娯楽」というにはあまりに不謹慎だが、しかし、かつての悲劇を忘れずに、未来への教訓とするためには有意義であろう。こうした場所を選んで観光するのが「ダークツーリズム」である。
ダークツーリズムの対象には、「事故現場」や「被災地」も含まれる。前者は原発の爆発があったウクライナのチェルノブイリ、後者はハリケーンの猛威にさらされたアメリカのニューオリンズが挙げられるが、双方とも野次馬的な興味の観光客を多く集める状況になっているという。不幸の傷跡を観光名所とすることは、経済的には意味がある。だが、倫理的な問題はついてまわるだろう。これらの現場は、「負の世界遺産」ほど「歴史」にはなっていない。ゆえに訪れる者にも、「対岸の火事」を見に行くような興味本位な姿勢が目立っているのだ。
この概念が我が国でも注目されているのは、とりもなおさず東日本大震災の影響である。幸いにして、日本人の意識が高いためか、欧米で問題となっているような野次馬的なダークツーリストはいまのところ俎上(そじょう)に上っていない。被災地を含めた東北を観光して、何かを学んで帰ることは、復興への一助でもある。