国民皆保険の日本では、病院や診療所の窓口で健康保険証を見せると、かかった医療費の一部を負担するだけで必要な医療を受けられる。この窓口負担割合は、小学校入学前の子どもは2割、70歳未満は3割。70歳以上は1割となっている(ただし、現役並み所得者は3割)。

 実は、2006年の医療制度改革で、70~74歳の人の窓口負担は、2008年4月から2割に引き上げることが決まっていた。しかし、2007年の参院選で自公政権が大敗。高齢者の票離れを恐れて実施が見送られ、民主党政権下でも1割に凍結されていた。

 過去、何度も引き上げが検討され、その度に据え置かれてきた70~74歳の窓口負担だが、この特例措置のために年間2000億円の予算措置が取られている。世代間の公平を図る観点からも、「法律で決まったことなのだから、速やかに引き上げるべき」という声が以前から上がっていたのだ。

 8月21日に閣議決定した、社会保障の改革項目と実施時期を示した「プログラム法案」でも、改革項目のひとつに掲げられており、70~74歳の窓口負担は、早ければ来年4月から2割に引き上げられる見込みだ。

 ただし、それまで1割だった窓口負担をいきなり2割にすると、患者が支払うお金は単純計算しても2倍になる。負担感が大きいため、すでに70~74歳になっている人には特例措置を続け、来年4月以降に新たに70歳になる人から段階的に2割に引き上げることが検討されている。

 とはいえ、収入に関係なく一律に徴収される窓口負担は、低所得層にとっては重荷だ。医療機関の窓口で患者が医療費の一部を負担するのは、必要以上に医療サービスを使わせないためのモラルハザードとしての意味合いもある。だが、行き過ぎれば、具合が悪くてもお金がないために病院に行けなくなる。実は、日本はすでに、この「行き過ぎ」の状態ともいえる。

 総医療費に占める患者の自己負担率は、フランス7.4%、イギリス11.1%、ドイツ13.0%。すべての国民をカバーする公的医療保険がないアメリカですら12.1%なのに、日本は14.6%。諸外国に比べると高い自己負担をしているのだ(諸外国は2008年、日本は2007年のデータ)。

 一方、健康保険料はというと、フランス13.85%(本人0.75%、事業主13.1%)、ドイツ15.5%(本人8.2%、事業主7.3%)なのに、日本は10%(本人と事業主が5%ずつ)と諸外国に比べるとまだまだ低い(イギリスは税金で負担、アメリカは加入する民間保険によって異なる。日本は、中小企業の従業員が加入する協会けんぽの場合。すべて2011年)。

 しかも加入する健康保険によって保険料率は異なり、大企業の従業員が加入する組合健保の保険料率は平均で8.635%。8割以上が10%以下で、中には6%未満という低い企業もまだまだある。このバラつきのある保険料率を、協会けんぽ並みに揃えると、年間1.7兆円の保険料を増収できるという厚労省の試算もあり、窓口負担の引き上げよりも低所得層への負担は低い。

 日本の健康保険は、「いつでも、どこでも、だれでも」必要な医療を受けられるようにするために、保険料は収入に応じて負担し、給付は平等に受けられる「応能負担」が原則のはずだ。であるならば、受診控えにつながる可能性のある窓口負担の引き上げは、果たして正しいことなのか。誰がどのように医療を支えるのかを含めて、今一度、国民は考える必要があるだろう。


 

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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