2020年の夏季オリンピックは、昨年9月7日にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで行なわれたIOC総会で、東京での開催が決定した。

 東京オリンピックは、移動に便利な「コンパクト五輪」がコンセプトで、東京・晴海に建設される選手村を中心に半径8キロメートル以内の範囲内に28会場が配置される予定だ。大会に利用されるのは全国37会場で、そのうちの22施設は新たに建設されるため、その建設ラッシュによる経済効果が期待されている。

 だが、華やかなオリンピックの陰で心配されているのが深刻な環境破壊や人権侵害だ。たとえば、カヌーのスラローム競技施設の建設が計画されている葛西臨海公園は、かつて地盤沈下による土地の水没問題を解決する一環として1989年に開園したものだ。

 1970年代前半、すでに東京湾の沿岸線は埋め立て尽くされており、唯一残っていたのが葛西の海岸だった。そこを、東京で人と海がふれあえる“最後の砦”として、残すことを目的につくられたのが葛西臨海公園だ。

 人の手が加わってはいるが、開園から四半世紀が経過し、今では多様な生態系が形成されている。記録されている動植物は、226種類の野鳥のほか、昆虫140種類、樹木91種類、野草132種類などで、なかには東京23区では絶滅危惧種に指定されている生物も含まれる。そうした自然とのふれあいを求めて訪れる人は、年間300万人を超えており、都会のオアシスとして定着している。

 ここにカヌー会場が建設されると、重大な環境破壊が行なわれるのは明白で、日本野鳥の会などが計画の変更を求めている。

 招致委員会の立候補ファイルには、「環境ガイドラインの基本的な考え方(3つの柱)」として、オリンピックの開催によって「自然環境と共生する快適な都市環境をより楽しめる」ようになると書かれているが、カヌー会場の建設が実行された場合は、このガイドラインを招致委員会自らが破ることになる。

 カヌー会場のほかにも、新国立競技場の建設に伴って取り壊される都営霞ヶ丘アパート住民の立ち退き問題、再開発に伴って野宿者が排除される恐れ、東日本大震災の被災地の復興が遅れることも懸念されている。

 オリンピック憲章には、差別を禁止し、スポーツを通じて人権を守り、平和でよりよい世界をつくることに貢献することが謳われている。そのオリンピック開催によって、弱い立場にある人や自然が犠牲になることがあってはならないはずだ。

 オリンピック建設ラッシュの影に隠れた諸問題があぶりだされてきた今、招致を喜んでばかりはいられない。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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