プロポフォールは、1965年にイギリスで開発され、広く世界中の医療現場で使われている麻酔薬だ。日本でも2001年から導入され、手術の全身麻酔の導入や維持、人工呼吸器がつけられた集中治療室での鎮静などに使われている。
手術中に使われる全身麻酔薬は大きくわけると、(1)呼吸を通じて投与する「吸入麻酔薬」、(2)点滴などで投与する「静脈麻酔薬」の2種類があり、プロポフォールは後者。現在は、このプロポフォールを使った全身麻酔が主流だ。
一般に、手術中の呼吸管理や全身管理を行なうのは麻酔科医の仕事だ。患者の状態や手術の進行具合を観察しながら麻酔薬を調節し、患者を「眠るだけ」の状態にしたり、「深く眠らせて呼吸も止める」といった状態にしたりしてコントロールしている。プロポフォールは、こうした麻酔の深度調節が容易で、すぐに効き目が出て、投与速度を落とせば麻酔からすぐに目覚められて意識回復も早い。
一方、旧来からの吸入麻酔を中心とした全身麻酔は意識の回復に時間がかかり、目覚めたあとの吐き気に悩まされる患者もいる。まれに舌根沈下による呼吸困難が起こることもある。
プロポフォールは、薬からの覚醒が速やかで吐き気も少なく、こうした手術後の合併症を減らすことにも貢献している。患者のQOL(Quality of life)を向上させ、日帰り手術などが増加してきたのも、プロポフォールの普及の結果ともいえるのだ。
ところが、今年2月、東京女子医大病院で行なわれた小児の治療において、このプロポフォールに関連した死亡事故が起き、薬剤そのものへの風当たりが強まっている。
プロポフォールは優れた麻酔薬ではあるが、1990年代半ばころから「プロポフォール・インフュージョン・シンドローム(PRIS)」という合併症を起こすことが明らかになっている。人間の体液のpH(物質の酸性・アルカリ性を示す水素イオン指数)の正常値は7.4だ。しかし、集中治療室などでのプロポフォールの長期投与中に、患者の体液中のpH値が低下(酸化)して酸が異常に蓄積する「代謝性アシドーシス」などを起こし、心停止に至る事例が報告されるようになったのだ。原因は、ミトコンドリア障害が疑われているが、いまだ不明な部分も大きい。
PRISは小児の報告事例が多いため、2000年頃から医薬品メーカーが薬剤の使用上の注意、警告、重要事項を記載した添付文書に、プロポフォールの「禁忌(次の患者には投与しないこと)」として「小児(集中治療における人工呼吸中の鎮静)」の文言が明示されるようになった。
ただし、添付文書上で禁忌とされていないからといって、全くリスクがないわけではない。PRISは成人でも発症事例があり、集中治療中の長期投与ではなく、比較的短い投与時間でも発症することもある。
東京女子医大病院のプロポフォールによる小児の死亡事例は、このPRISが原因ではないかと疑われている。病院は第三者による事故調査委員会を立ち上げ、原因の究明と報告が行なわれることになっている。
幼いわが子を亡くしたご家族の無念の気持ちはいかばかりだろうか。二度とこのような痛ましいことが起こらないように、徹底的な原因究明を願いたい。
その一方で、プロポフォールを危険な薬剤であるかのように印象付ける感情的なマスコミ報道には疑問を感じざるを得ない。
一部に、この件を「子どもに禁止麻酔薬を投与」といった過激な表現で報じた新聞もあるが、プロポフォールは小児への使用が全面的に禁止されているわけではない。前述したように、集中治療室等での長期投与が禁忌とされているのが正しい表現だ。
米国人歌手のマイケル・ジャクソンの死亡原因が、プロポフォールの大量投与だったことを引き合いに出し、あたかも危険な薬剤であるかのような極端な報道も、ことの本質を見誤らせるだけだろう。
今回の報道によって危惧されるのは、国民が「プロポフォール=危険な薬」といった誤った認識を持ち、プロポフォールの全面使用禁止を求める雰囲気が生まれることだ。その結果、不利益を被るのは、これから手術や集中治療を受ける患者であり、国民本人だ。
今回の死亡事例から学ぶべきなのは、徹底的な原因究明と再発防止策を考えることで、プロポフォールの封じ込めではないはずだ。
医療には常に不確実な面が付きまとう。それを理解したうえで、医薬品とどう付き合っていくのか。過激な報道に流されない、冷静な視点での議論が必要だ。
手術中に使われる全身麻酔薬は大きくわけると、(1)呼吸を通じて投与する「吸入麻酔薬」、(2)点滴などで投与する「静脈麻酔薬」の2種類があり、プロポフォールは後者。現在は、このプロポフォールを使った全身麻酔が主流だ。
一般に、手術中の呼吸管理や全身管理を行なうのは麻酔科医の仕事だ。患者の状態や手術の進行具合を観察しながら麻酔薬を調節し、患者を「眠るだけ」の状態にしたり、「深く眠らせて呼吸も止める」といった状態にしたりしてコントロールしている。プロポフォールは、こうした麻酔の深度調節が容易で、すぐに効き目が出て、投与速度を落とせば麻酔からすぐに目覚められて意識回復も早い。
一方、旧来からの吸入麻酔を中心とした全身麻酔は意識の回復に時間がかかり、目覚めたあとの吐き気に悩まされる患者もいる。まれに舌根沈下による呼吸困難が起こることもある。
プロポフォールは、薬からの覚醒が速やかで吐き気も少なく、こうした手術後の合併症を減らすことにも貢献している。患者のQOL(Quality of life)を向上させ、日帰り手術などが増加してきたのも、プロポフォールの普及の結果ともいえるのだ。
ところが、今年2月、東京女子医大病院で行なわれた小児の治療において、このプロポフォールに関連した死亡事故が起き、薬剤そのものへの風当たりが強まっている。
プロポフォールは優れた麻酔薬ではあるが、1990年代半ばころから「プロポフォール・インフュージョン・シンドローム(PRIS)」という合併症を起こすことが明らかになっている。人間の体液のpH(物質の酸性・アルカリ性を示す水素イオン指数)の正常値は7.4だ。しかし、集中治療室などでのプロポフォールの長期投与中に、患者の体液中のpH値が低下(酸化)して酸が異常に蓄積する「代謝性アシドーシス」などを起こし、心停止に至る事例が報告されるようになったのだ。原因は、ミトコンドリア障害が疑われているが、いまだ不明な部分も大きい。
PRISは小児の報告事例が多いため、2000年頃から医薬品メーカーが薬剤の使用上の注意、警告、重要事項を記載した添付文書に、プロポフォールの「禁忌(次の患者には投与しないこと)」として「小児(集中治療における人工呼吸中の鎮静)」の文言が明示されるようになった。
ただし、添付文書上で禁忌とされていないからといって、全くリスクがないわけではない。PRISは成人でも発症事例があり、集中治療中の長期投与ではなく、比較的短い投与時間でも発症することもある。
東京女子医大病院のプロポフォールによる小児の死亡事例は、このPRISが原因ではないかと疑われている。病院は第三者による事故調査委員会を立ち上げ、原因の究明と報告が行なわれることになっている。
幼いわが子を亡くしたご家族の無念の気持ちはいかばかりだろうか。二度とこのような痛ましいことが起こらないように、徹底的な原因究明を願いたい。
その一方で、プロポフォールを危険な薬剤であるかのように印象付ける感情的なマスコミ報道には疑問を感じざるを得ない。
一部に、この件を「子どもに禁止麻酔薬を投与」といった過激な表現で報じた新聞もあるが、プロポフォールは小児への使用が全面的に禁止されているわけではない。前述したように、集中治療室等での長期投与が禁忌とされているのが正しい表現だ。
米国人歌手のマイケル・ジャクソンの死亡原因が、プロポフォールの大量投与だったことを引き合いに出し、あたかも危険な薬剤であるかのような極端な報道も、ことの本質を見誤らせるだけだろう。
今回の報道によって危惧されるのは、国民が「プロポフォール=危険な薬」といった誤った認識を持ち、プロポフォールの全面使用禁止を求める雰囲気が生まれることだ。その結果、不利益を被るのは、これから手術や集中治療を受ける患者であり、国民本人だ。
今回の死亡事例から学ぶべきなのは、徹底的な原因究明と再発防止策を考えることで、プロポフォールの封じ込めではないはずだ。
医療には常に不確実な面が付きまとう。それを理解したうえで、医薬品とどう付き合っていくのか。過激な報道に流されない、冷静な視点での議論が必要だ。