心臓病で血液がサラサラになる薬を飲んでいる人が、虫歯になって歯科治療を受けるなど、一人の患者が同時期に複数の医療機関を受診することはよくあることだ。高齢になると、その傾向は強まり、薬の相互作用による事故を起こす確率も高くなる。

 薬は正しく飲めば病気の回復を助けてくれるが、飲み合わせが悪かったり、飲む量を間違えたりすると、反対に病気を悪化させることがある。

 「おくすり手帳」は、複数の医療機関で処方された薬の飲み合わせや重複による健康被害から患者を守るために、処方された薬の名称や用量などを記録していく手帳だ。

 1993年に起きたソリブリン事件、1995年の阪神淡路大震災をきっかけに、薬の服用履歴を記録することの大切さが痛感され、一部の薬局や病院で患者が服用している薬を記録する手帳を無料で発行するようになる。

 当初、一部の薬局や病院で行なわれていた無料サービスだった「おくすり手帳」が、正式に国の制度に採用されたのは2000年。薬剤師による飲み合わせのチェックで健康被害を防ぎ、重複投薬を避けて医療費を削減することが期待され、おくすり手帳への情報提供をした薬局には調剤報酬が支払われるようになったのだ。

 2012年度の診療報酬改定から、「おくすり手帳」への薬剤情報提供料は、「薬剤服用歴管理指導料」という調剤報酬に含まれるようになっており、薬局が、(1)薬剤情報提供文書による薬の説明、(2)薬剤服用歴の記録と指導、(3)「おくすり手帳」への薬剤情報の記録、(4)残薬の確認、(5)後発医薬品に関する情報提供をすべて行なった場合に、処方せんの受け付け1回につき410円を算定できるようになった。

 ところが、本来の「おくすり手帳」の役割を無視して、とりあえず薬剤情報が書かれたシールだけ患者に渡して指導料を算定する一部の薬局が出てきたため、2014年度の医療費の改定で算定要件が厳格化されたのだ。

 薬局が、上記の5項目をすべて行なった場合は410円だが、たんにシールを渡して「おくすり手帳」への記載をしなかった場合は340円に減額されることになった。その差は70円で、たとえば70歳未満で医療費の自己負担割合が3割の人は窓口での支払いが20円変わってくる。そのため、4月以降、「おくすり手帳」を断って20円節約しようという動きも出てきている。

 だが、手帳を持っていないと薬の飲み合わせを確認できず、薬による健康被害を受ける可能性が高くなる。とくに、日常的に薬を飲んでいる人は、「おくすり手帳」を健康管理に活用することを勧めたい。

 「おくすり手帳」は、複数の医療機関から出された薬の飲み合わせをチェックするのが目的なので、情報は分散させずに1冊にまとめて、最新の情報にしておくこと。手帳には過去の病歴、アレルギーの有無、よく使う市販薬やサプリメントの情報なども記入しておくと、薬剤師から適切なアドバイスを受けられる。

 東日本大震災では、地震や津波で病院や薬局が被害を受け、カルテや調剤履歴が喪失してしまったが、「おくすり手帳」が診療や投薬の大きな助けとなった。万一の災害や事故、旅先での急病に備えて、ふだんから薬の服用履歴は「おくすり手帳」に記録して、つねに携帯するように心がけたい。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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