京都人にもっとも親しまれているお茶である。一般家庭から事務所、食堂と、朝一番に大きめのヤカンでたっぷりのお湯を沸騰させ、火を止める。茶葉をわしづかみで二回分ほど入れ、煮出さず自然に、十数分程度浸けだしにしたお茶である。冷蔵庫で冷やしておけば、赤ちゃんからおばあちゃんまで、また気が置けない知人とのおやつ時間にと、丸一日、飲み物に不自由することはない。

 京都のスーパーマーケットなどでお茶の売り場に行くと、ふっと、焚き火か、煙草みたいな「いぶい」匂いを発している一角がある。この香りのもとが京番茶であり、袋の中には、枯れ葉とおぼしき葉や茎などが混じり合って入っている。知らない人には、漢方か、怪しげなものに見えるのではないだろうか。

 京番茶は「いり番茶」とも呼ばれ、ほうじ茶の一種である。ただし、一般的なほうじ茶とは、見た目も、味わいも、ずいぶん異なっている。使われている茶葉は、玉露や抹茶のように、春の枝先に芽吹いたばかりの新芽ではなく、枝の根元側に昨年より成長している古葉である。これらの葉は、初摘みの後に枝ごと刈り取られ、葉や茎や枝が混じったそのままの状態でやや低温で蒸され、発酵が進められる。茶葉はこの状態で保存されており、出荷される直前に高温の鉄釜で焦がしながら短時間で香ばしく煎り上げている。そのため、茶葉コーナーでひと際強い芳香を放っているのである。

 「いぶい」匂い、いがらっぽく感じる味には慣れが必要だが、飲み慣れればやみつきになる味わいである。カフェインやタンニンといった刺激のある成分が少ないため、京番茶は「赤ちゃん番茶」としても浸透しており、京都っ子は物心のつかないうちから口にしている味わいなのだ。京番茶は、飲むお茶としてだけでなく、料理で身欠き鰊の臭みをとって身を柔らかくしたり、茶粥にしたりと、京都の暮らしとは切っても切れない深いつながりがある。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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