蕨(わらび)の根から摂られる澱粉や加工澱粉に、水や砂糖を混ぜ、練っては蒸す作業をなんどか繰り返してつくられる餅菓子。奈良名産といわれる。京都では春から秋にかけ、いまでも「わらび餅」の行商があるほど、小さなころから親しまれている和菓子である。関東では関西の「葛餅」を「わらび餅」と称し、きな粉と黒蜜をかけて食べるものが定着しているので、「わらび餅」と聞いて、そのような関東風を想像する人もいるのかもしれない。

 本物の蕨粉(わらびこ)を使った「本わらび餅」は、ぷよぷよでとろーんと流れ落ちてしまいそうな食感である。粘りというよりも、とにかくよく伸びる。原料は、山野で湿気の多い場所にくるりと芽吹いた蕨であり、夏の間に澱粉が根に蓄えられるので、秋になると収穫される。実は収穫からわらび餅になるまでには、たいへんな手間と時間がかかっている。

 まず、根は臼引きと水晒しをなんども繰り返しながら、澱粉質だけを取り出していく。これを天日乾燥すれば、粉状のものができあがる。この粉を寝かせること、5年あまり。そのように時間をかけ、ようやく蕨粉は完成する。さらに、「わらび餅」にするには、もう一苦労が必要とされる。菓子職人は蕨粉、水、砂糖を混ぜ合わせて何度も何度も練り、一度蒸して粘りを強くしてから、さらに練り上げる。こうすると、あの独特のとろんと滴りそうな食感が得られるのである。これが「本わらび餅」と呼ばれているもので、茶菓子の場合、漉し餡(こしあん)を包んで丸くし、表面にきな粉を振った涼しげな上菓子として仕上げられる。一方、おやつのわらび餅といえば、パッドに流し込んで均一に切り、きな粉を絡めたものである。

 京都では、月餅家直正(つきもちやなおまさ)、文の助(ぶんのすけ)茶屋、茶洛(さらく)など、「わらび餅」一つに独特の個性を生み出した名店が名を連ねている。


よく練った黒糖入りの本わらび餅を切って、きな粉にまぶすところ。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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