卵焼きや厚焼き卵、だし巻きと、日本中にある卵焼きのなかで、関西主流のだし巻きを、東日本の人は「おいしい」と言って食べてくれるだろう。しかし、京都人は、といえば、砂糖を加えた甘い卵焼きに、醤油をかけて食べる、なんて見向きもしない。その理由は、たぶん「だし」がじんわりとしみ込んで、溶き卵がむっくりと焼き上がった京都独特のだし巻きが、極めておいしいからだろう。筆者はお弁当に入っている関東の甘い卵焼きが大好きだが、この勝負は、だし巻きが日本料理の神髄たる「だし」を味方にした時点で、違う土俵に上がってしまったのだ。

 京都のだし巻きは、卵と、昆布か、昆布と鰹節の「だし」を溶き合わせ、淡口醤油で味をととのえた割り下を、幾重にも巻き上げたものである。「だし」がにじみ出て滴るぐらいの焼きたてを、ほろほろと箸からこぼれ落ちそうにしながら食べるのが、なんといってもおいしい。だから、卵とだしの割合が重要で、2対1とか、3対2とかに好みが分かれる。むろん「だし」を多くすれば、それだけ巻き上げるのが難しい。また、卵を溶きすぎると、色つやが悪くなるそうで、プロの料理人でも、だし巻きがうまく焼けるようになるのが、一人前の目安だといわれている。

 素人もうまく巻けるようになると、銅製で四角形の卵焼き器が欲しくなり、買いに行くと、道具にも関東風(東(あずま)型)と関西風(西型)があることを知る。関西風のほうが細長い形状で、繰り返し巻き重ねやすくなっている。だし巻きで有名な錦市場の三木鶏卵によれば、細長い焼き器の手前側に割り下を注ぎ、鍋の奥に向かって巻き上げていくのが「京巻き」とのこと。逆に巻くのは「大阪巻き」と呼ぶそうだ。

 季節が寒くなってきたら、九条葱の白い部分を炙って、数本をだし巻きに巻き込んだものを酒の肴にする。ぬる燗がだしの味を一層深めて、おいしく感じられるのだ。


だし巻きは、だしがしたたるぐらい多めで、焼きたてを食べるのがいちばんおいしい。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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