かつて商いのメッカであった室町通りの旧家には、年中行事や日々の習慣、さまざまな心得を定めた家訓が残されている。代々の当主が、生活の驚くほど細かなところまで定め書きをしたものである。天井粥はそのような定め書きにある「粥」や「茶粥」の通称であり、京商家の丁稚さんが朝に晩に、この天井粥を食べていた。天井粥と呼ばれる理由は、粥の汁気が多いからで、米粒を探してお椀をのぞき込むと、天井が映り込んでいた、という笑い話が由来になっている。別名・目玉粥ともいわれており、こちらも、お椀に自分の目玉が映り込んで見えた、というしゃれにならない話である。月初めや十のつく日などの「お焼きもんや酒日」(夕食に焼き魚やお酒が付けられた定期的な日)でなければ、丁稚さんは漬け物の塩気と共に粥をすすり、空腹を満たしていた。禅寺で修行する僧侶の食事、粥座(しゅくざ)においても、粥を同じ名称で呼ぶそうだ。

 京に伝わる言い伝えには、商家の厳しい訓戒から生まれたものがたくさんある。例えば、「(三条室町)聞いて極楽、見て地獄、おかゆかくしの長のれん」。格式を表す長暖簾と倹約の日々を対比した名句である。また、「明るい家には金が貯まらぬ」などという言い伝えもある。鰻の寝床のように細長く、薄暗い家を好んだ京都を象徴する考え方で、明るい家は繁盛しないという意識が根強くあったようである。有名な一句に「手間暇かけてもお金はかけるな」というものがある。京商家の台所を預かる女性の心得で、食生活はシマツ(始末)を旨とし、安価な材料を無駄なく使い切り、これをおいしい料理にするために、手間暇を惜しまないことが大切だ、という意味である。シマツとは倹約を意味しており、上手にシマツするという美徳は、現代では「もったいない」という考え方を取り入れたおばんざいの調理法などとして受け継がれている。


京都では行事や講座などの際に寺院でお粥をいただく機会が少なくない。よい食材が使われた大変おいしい印象のお粥が多い。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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