家庭で手づくりされていたおやつで、餅あられの一種。お櫃やお釜に残ったごはんをこそいでざるにとっておき、それがカリカリに乾いて量も貯まってきたころに、大豆や寒餅を細かくくだいたものと合わせ、砂糖と醤油で甘塩っぱく味付けをしたものである。

 「しゃかのはなくそ」という風変わりな呼称は、お釈迦さまの亡くなられた旧暦2月15日の涅槃会(ねはんえ)のお供えものに由来している。お供えものは乾燥させて貯えておくための干し飯(いい)や、あられ状に細かく切った正月飾りの鏡餅などに、黒豆を入れて焙烙(ほうろく)で煎り、それを醤油と砂糖で煮立てた飴に絡め、甘辛くしたものである。この供物は「花供御」という名称で、「はなくご」や「はなくぐ」と読ませている。現在の涅槃会は、新暦の3月15日に行なわれているところが多く、京都では東福寺(東山区)や泉涌寺(せんにゅうじ、東山区)、真如堂(しんにょどう、左京区)、嵯峨釈迦堂(清凉寺、右京区)などで、涅槃会に「花供御」が供されている。寺院によっては「花供祖」、「花供曽」、「花供粗」などと記しているようである。「しゃかのはなくそ」という呼称は、この花供御が訛ったものとされる。きっと家庭では、黒豆を鼻くそに見立て、おもしろおかしく子どもに説明したので、一般に広く浸透したのだろう。

 話はそれるが、御所ことばでは「しゃかのはなくそ」のような豆の入った餅あられを「いりいり」という。重ねことばの多い御所ことばはどこか今風で、おいしそうに聞こえるものだ。


一風変わった涅槃会のハナクソ(花供曽)。これは真如堂(左京区)のもの。昭和30年ごろ、かき餅の代わりとして、当時の真如堂貫首と田丸弥(北区)によって考案されたもので、膨らませたもち米に黒砂糖が絡めてある。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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