抱き人形「市松人形」の愛称。「いちま」とも呼ばれ親しまれている。最近流行しているおかっぱ頭に似た髪型に振り袖姿で、首、手、腰、足が折れ曲がるようにつくられている。高級なものには「三つ折れ人形」という、脚の関節が自由に動く仕掛けになったものがあり、この人形は正座もできる。持ち主の子どもは、着せ替えをしたり、だっこやおんぶをして遊び、小さいころからかわいがって育つ。桃の節句には雛人形と一緒に飾り付けるのが、毎年の決まりで、女の子は自分の分身のように考えているようだ。最近見かけることが少なくなったが、実は「いちまさん」には男の子もいて、玉のような姿で羽織袴の正装をしている。

 このような抱き人形を大切にしながら育つという風習は、古くから子どもの魔除けや身代わりとしてきた「天児(あまがつ)」や「這う子(ほうこ)」の代わりと考えてよいだろう。天児は、上巳(じょうし)の節句(ひな祭り)に幼児の枕元に置き、病気や災厄を払う魔除けのお守りとしたものである。「這う子」は、子どもが三歳になるまで身近にもたせるという風習があった抱き人形の一種で、這い這いをする赤ちゃんのような形をしている。これはぬいぐるみの原型ともいわれているものだ。

 市松人形の語源には諸説あるが、江戸中期に着物の文様の市松で有名になった歌舞伎役者、佐野川市松を真似てつくられた人形だから、という説が一般的である。役者の市松は、最初は子役として人気があり、のちに若衆方(わかしゅがた)、女方として大当たりした美しい人物。市松が京都・伏見出身だから、というわけではないだろうが、「イチマサンみたいやな~」と京都で言うと、「きれいでかわいい男の子」を意味していたそうだ。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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