横田滋(しげる)・早紀江夫妻をインタビューしたのは今から17年ほど前になる。自宅に伺ったが、まだ2人ともお元気だった。娘・めぐみさんが拉致されてから20年以上が経っていたが、その日のことを克明に覚えていた。

 私は1985年の5月、北朝鮮に招かれ3週間ほど招待所に滞在したことがある。その年の初めに朝鮮総連(在日本朝鮮人総聯合会)の人間から「わが国に行きませんか」と連絡があった。

 条件は、誰にも内緒で一人、1か月間いてくれというものだった。行く前に試験をするからと、金日成(キム・イルソン)の主体思想についての本、高句麗の歴史本、息子・金正日(キム・ジョンイル)についての本を渡された。

 何の試験もなく、5月はじめに日本を発ってソ連・モスクワへ入った。そこでスパイ小説のような手順でポーランドから戻ってきた北の人間と会い、ソ連のお下がりのオンボロ飛行機で平壌へ向かった。

 北では通訳とBMWと運転手がついた。後で聞いたら準国賓待遇だったという。着いた翌日、通訳たちがいないのを見計らって一人で外に出て、デパートまで歩いた。

 よく、射るような人の視線などという決まり文句があるが、そのとき初めてそういう視線があることを知った。私を見る北の人たちの視線が錐のように身体に食い込んだ。カメラを出して写真を撮ったら何をされるかわからないほどの恐怖感に襲われた。

 デパートを見て帰ると、通訳たちが待ち構えていて私を町はずれの招待所へ押し込んだ。毎日、朝から平壌大学の教授によるマンツーマンのお勉強。昼飯を食べて市内観光や映画、オペラ、サーカスなどを見て回った。

 2年前に韓国大統領を狙った北朝鮮による(といわれる)ビルマ(現ミャンマー)のラングーン(現ヤンゴン)事件が起きていた。その頃ようやく日本では北朝鮮による拉致事件をメディアが報じるようになってきていた。

 だが、パスポートを取り上げられ、北朝鮮側の考え一つで私を刑務所に入れることができる状況では、拉致された日本人を探す手立ては何一つなかった。

 政府高官という人間にも何人か会ったが、「李」とか「金」と名乗るだけで名刺を出さないから、どういう職権を持っているのかわからない。ラングーン事件や拉致問題について聞いても、「わが国はそんなことはしない。わが国には犯罪者がいないのだから、監獄もないし、日本でよくある不倫などという言葉さえない」という空とぼけた返事しか返ってこなかった。

 毎晩ウワバミのような通訳と2人だけで浴びるほど酒を飲んだ。アル中になりそうなので日本に帰してくれと再三申し入れ、パスポートを返してもらって、北京経由で戻ってきた。

 そんな他愛もない話を横田夫妻にしたら、真剣な面持ちでジッと聞いてくれたことを思い出す。

 その後、2002年9月に小泉純一郎首相が平壌を訪れ金正日総書記との日朝首脳会談が行なわれ、金総書記は日本人を拉致した事実を認めて謝罪した。

 北朝鮮側は、地村保志、浜本富貴恵、蓮池薫、奥土祐木子の4人の生存、そして日本側が把握していなかった曽我ひとみの拉致・生存を明らかにし、横田めぐみ、田口八重子、市川修一、増元るみ子、原敕晁、松木薫、石岡亨、有本恵子の8人は「死亡」したと発表した。

 その際、横田めぐみさんの娘の存在も明らかにした

 拉致された地村保志・地村(浜本)富貴恵夫妻、蓮池薫・蓮池(奥土)祐木子夫妻、曽我ひとみさんらが帰国した。北朝鮮側が「横田めぐみさんの遺骨」として渡してきたものをDNA鑑定した結果、別人のものだったと日本政府が発表した。

 帰国した拉致被害者たちの姿を見て、横田夫妻の心は揺れ動いたに違いない。それでもめぐみは生きていると信じてきた。

 めぐみさんの娘(DNA鑑定で確認されている)に会いたい気持ちも、支援団体から「(孫娘は)会えばお母さんは亡くなったと言わされる」と主張したことなどで押さえ続けてきた。

 だが、「いま会っておかなければもう無理かもしれない」と考え、横田夫妻は安倍首相と岸田外務大臣に手紙を書き、第三国で会うことが実現したのである。

 2014年3月10日、夫妻は成田空港からモンゴル航空で首都ウランバートルへ向かった。ウランバートルの迎賓館でチマチョゴリを着ためぐみさんの娘、キム・ウンギョンさん(当時26歳)と生後10か月のひ孫との対面を果たしたのだ。

 だがその3日間の詳細と写真は公開されることはなかった。

 『週刊文春』(6/16号)には、その時の6葉の写真と横田夫妻とウンギョンさんとのやりとりが掲載されている。有田芳生(ありた・よしふ)参議院議員によるものである。

 どこにでもいる年寄り夫婦とひ孫との団らんの姿。だがここまで来る39年間という年月を思い、いまだにめぐみさんが生存しているかどうかを孫のウンギョンさんに聞けない横田夫妻の胸の内を思うとき、涙が出るのを禁じ得ない。

 こういうやりとりがある。

 「『あなたのお母さんのことだけど』
 ウンギョンさんはきょとんとして『えーっ』と呟き、当惑した表情を浮かべた。
 早紀江さんは続けた。
 『あなたが明るく元気に暮らしているのを見て安心しました。おばあちゃんは、めぐみちゃんが元気で生きていると信じていますよ。(中略)最後まで私たちは助けてあげたいという気持ちで頑張っていくから。絶対に希望をすてないからね。これは国どうしの問題で、あなたの問題ではないのです。あなたは大事な孫だから、信じているし、嫌いだから来なかったわけではないのよ。いつも祈っていました。これからもそうですよ』」

 めぐみさんの遺骨が偽物だったということにも触れたからだろう、ウンギョンさんの顔はこわばり、「日本人の悪い人がウソをついているんです」と泣き出したという。

 これ以上早紀江さんは聞かなかったというが、ウンギョンさんも北朝鮮に言われて日本人がウソをついていると思ったのだろうか。

 滋さん83歳、早紀江さん80歳。残された時間は少ないが、娘めぐみは生きていると信じている夫妻に、言えることは何もない。ただ、このような悲劇を二度と繰り返してはいけないと誓うだけだ。

 最後に、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」は、この写真は横田夫妻が提出したものではなく、独自ルートで公開されたとして有田氏に抗議していることを付け加えておく。

元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
 今の40代、50代の男たちに「お墓はどうするの?」と聞くと、頭をかきながら「いや~考えてないんですよ。買うお金はないし、散骨でもいいかな」と答えるのが多い。
 私は両親の墓があるからそこへ入ればいいが、子どもたちの代になれば自分たちで何とかしなければならない。だが、墓を買うほどの甲斐性はないだろうから、どうするのだろう。墓に入ったとしても子どもたちの代まではたまには来てくれるかもしれないが、孫の代になればそうはいかない。結局、無縁仏になるのだろう。そんなことを考えていたら、高倉健のお墓が更地になってしまったと『新潮』に出ているではないか。何があったのだろう。

第1位 「三遊亭円楽『20歳下アモーレと老いらくのラブホ不倫!』」(『フライデー』6/24号)
第2位 「『高倉健』無情の相続人」(『週刊新潮』6/16号)
第3位 「まだ33歳……小林麻央(市川海老蔵夫人)を襲った『進行性乳がん』はこんなに恐ろしい」(『週刊現代』6/25号)

 第3位。『新潮』は体調不良で長期休養を発表した小林麻耶アナ(36)が、妹の麻央(33)の亭主である海老蔵を「すっごいカッコいいと思っていて」と告白したことを取り上げている。
 だが、その麻央が進行性のがんであることが報じられ、海老蔵が記者会見してその事実を認めた。約1年8か月前に乳がんが見つかったそうだが、聞く限り深刻なもののようだ。
 『現代』は、麻央さんの病状をあれこれ推測しているが、私のような素人が考えただけでも、進行性、1年8か月に及ぶ闘病ということを聞けば、相当悪いのだろうと思わざるを得ない。

 「海老蔵さんはずっと極秘にしていた麻央さんのがんが表沙汰になって、むしろホッとしているのではないでしょうか。スポーツ紙が病状をスクープしたことは、海老蔵さんの周囲がそれを慮った結果かもしれません。おそらく麻央さんも海老蔵さんも『残された時間』を意識しているのでしょう。その時間をこれ以上失うわけにはいかなかった。昨年から海老蔵さんはそれこそ何かを忘れるように熱心に地方公演を行い、スケジュールはパンパンでした。しかし麻央さんのがんを公表したこれからは家族の時間を一番に考えることができるでしょうね」(歌舞伎関係者)

 この談話の内容が事実だとすれば、麻央さんの「残された時間」はかなり少ないのかもしれない。
 麻耶と麻央。この姉妹、一見明るく朗らかそうだが、繊細な神経の持ち主なのであろう。2人の早い回復と復帰を祈りたい。

 第2位。『新潮』はこのところ養女と、高倉の身内との確執を何度か報じているが、今週は高倉健が生前に買っておいた鎌倉霊園のお墓が、更地にされてしまっていると報じている。
 この鎌倉霊園に高倉がお墓を買ったのは1972年、江利チエミと離婚した翌年に当たる。
 高倉は、当時大スターだったチエミの大ファンで、映画で出会い、3年後にゴールイン。62年にチエミは身ごもるが、妊娠高血圧症候群のために中絶を余儀なくされてしまった。
 その後、チエミは異父姉に数億円を横領され、その負債がチエミに重く圧(の)しかかり、「迷惑をかけたくない」と彼女から高倉に離婚を申し出た。
 鎌倉霊園に健さんは、江利との間の水子を祀る地蔵を置いた。彼がこだわって選んだ八光石でできた像は高さ約1メートル。
 その奥には小さな墓石を建て、本名と役者名を組み合わせた「小田健史」の名ならびに「小田家先祖各霊菩提」と刻み、折に触れて健さんはここを訪れ鎮魂を祈ってきた。

 「健さんが亡くなれば大きな墓石を置き、遺骨はここへ納骨される。誰もがそう信じて疑わなかった」(小田家の事情をよく知る関係者)

 だが、このシナリオが狂い始めたのは健さんが亡くなった直後からだった。世田谷の自宅に住み込んで、彼の身の回りの世話してきた元女優(52)を養子にしていた事実が明らかになり、彼女は、唯一の子として預貯金や不動産を全て相続した。

 「そのうえで、健さんと縁のある者に対し、異様としか言いようのない排斥主義を奉じながら接していく。具体的には、長らく助け合ってきた実の妹にも健さんの死を告げず密葬を行ない、戒名はなし。四十九日もせず、散骨し、鎌倉霊園には入らない……などといったもの。
 『これらはすべて故人の遺志』と養女は主張するのだが、生前の名優を知り、深く交際したものであればあるほど、胸に痛く響く項目の羅列だった」(『新潮』)

 相続人の意向で、5月23日から世田谷豪邸の一部解体が始まり、これと相前後して、鎌倉霊園の墓地から水子地蔵や墓石が撤去されてしまったという。
 そこにはただ茶色い土があり、花が2つ手向けられているものの、すでに萎びていた。『新潮』によれば、ここはすでに売却されている可能性があるという。
 健さんが健在な頃、まわりには健さんを24時間365日サポートする面々、いわゆる「チーム高倉」の男たちがいた。その1人は涙を浮かべながらこう嘆く。

 「やっぱり、残念というほかないです。お参りするところが、もうないんだもん。とにかく健さんは信仰心の深かった人だから、切なく思っているだろうよ」

 葬送ジャーナリストの碑文谷創(ひもんや・はじめ)氏がこう指摘する。

 「口頭で養女の方が故人の意思を聞いていたというだけでは、残された人々は納得しないはず。もちろん、事情があるでしょうから一生涯とは言いません。ただ、更地にするのであれば、周囲に丁寧に説明すべきだと思います。例えば、水子地蔵を撤去した代わりに、お寺に永代供養を頼みました……などといった報告です」

 今の時期は寺にも霊園にもアジサイが咲き誇っているが、アジサイの花言葉は「無情」である。養女は『新潮』からの取材依頼に「見ません、受け取りません」と拒絶したそうである。
 私も近々鎌倉霊園に行ってみようと思っていたところだった。だが、そこにはもはや健さん縁のものが何もないのでは……。養女のやり方に異を唱えるわけではないが、健さんファンが手を合わせる場所ぐらいはつくるべきだと思う。

 第1位。『フライデー』が「笑点」の司会ではないかと下馬評が高かった三遊亭円楽(66)が、20歳下の女性と「ラブホ不倫」していたと報じている。

 「真っ青な空が広がったある花金の朝。円楽はゴミ捨て、自宅の草木に水やりをした後、タクシーを拾って都心方面へ向かった。途中、住宅街に寄って、ある邸宅の前で停車。タイミングをはかったように玄関から美女が出てきた。女優の中嶋朋子を妖艶にした感じのその美女は、ミニスカワンピをヒラヒラさせながら円楽の隣に座った。
 その後、銀座の新名所『東急プラザ銀座』前でタクシーを降りた二人は、近くの手打ち蕎麦の店へ。(中略)
 腹ごしらえを終えると、「銀ブラ」を開始。(中略)
 店から出ると二人はタクシーを拾う。まだ夕方4時過ぎだが、もうおひらき?
 かと思いきや、タクシーは円楽の自宅ではなく、錦糸町駅近くの狭い路地で二人を降ろした。
 辺りに店はない。あるのは『REST ¥5000』なんてネオンが煌びやかな――ま、まさか! 美女と寄り添い歩いていた円楽はしかし、2度、後ろを振り返ってから、老舗ラブホテル『アランド』へ突入したのだった。サービスタイム中だから、夕方6時までは4500円也だ」(『フライデー』)

 円楽師匠が入れ込んでいるのは、40代の都内に住む家事手伝いのAさん。師匠が開催する「ゴルフの会」で知り合い週1~2のペースで会っているという。
 『フライデー』の直撃に答えながら、師匠はAさんと奥さんにも電話をしている。このあたりは桂文枝師匠より腹が据わっているように見えるが。
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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