近年、分子ガストロノミー料理が注目されている。ガストロノミー(gastronomy)は、美食学などと訳され、食文化を芸術や自然科学などとの関係から考察した研究だ。その美食学を、物理的、化学的に分析したのが「分子ガストロノミー」で、フランスの物理化学者エルベ・ティス博士の考案によるものだ。

 料理を美味しく作る秘訣は、加熱の温度や火入れをする順番、調味料を入れるタイミングなどによって大きく変化する。だが、これは味の染み込みやすさなどから、先人の経験や勘によって伝えられてきたもので、「なぜ、そうなるのか」という科学的に分析されたものではない。

 分子ガストロノミーは、調理による食材の変化・状態を分子レベルで分類し、これまで行なわれてきた調理法の意味を科学的に解明し、さらに美味しい調理法を生み出すことを目指す学問だ。

 まず、食材の状態をG(ガス)、W(液体)、O(油脂)、S(固体)の4つに分類。さらに、分散したり、結合したりするといった分子活動の状態を組み合わせて、あらゆる料理を「式」で表現する。この「式」に、ほかの食材をあてはめて、新しい料理を発明しようというもの。

 たとえば、ホイップクリームは分子調理法では、「空気(ガス)を加えた油脂が、水分のなかに散らばっている状態」と定式化される。この「油脂」をオリーブオイルに、「水分」をオレンジジュースなど、ほかの食材に変えても、クリーム状のものができあがるというのが分子ガストノロミーの考えのようだ。

 果たして、オリーブオイルとオレンジジュースで、本当にオレンジホイップは作れるのかどうかはわからない。だが、先入観にとらわれない新しいレシピ開発には一役買う可能性はある。

 「分子ガストロノミー」と銘打った料理を出すレストランもあるが、こちらは分子調理式によるものではなく、加熱の温度や調味料を入れるタイミングなどを科学的に分析しているもののようだ。

 いずれにしても、こうした料理を科学的に分析する手法がもてはやされるのを見ていると、「目新しいものを食べたい」「もっと美味しいものを」という欲望を感じざるを得ない。たとえ分子ガストロノミーで、世にも稀な美味なるレシピが生まれても、人は「もっと、もっと」と求め続けることをやめられないだろう。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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