1984年6月13日、青森県八戸市生まれ、32歳。女子レスラー。ALSOK勤務。兄・寿行と姉・千春の影響から、青森の八戸クラブでレスリングを始める。『一日一日、強くなる』(講談社+α新書、以下『強くなる』)によると、伊調は3歳になる前からマットに上がり、楽しくて楽しくて仕方ない様子だったという。

 両親は共働きをして3人の子どもたちがレスリングに打ち込むのを応援した。『強くなる』で寿行はこう語っている。

 「いま思うとかなり大変だったと思いますよ。レスリングは道具代とか、そんなにお金がかかるスポーツではないと思いますけど、同時に3人でしょ。遠征費もバカにならなかったでしょうし」

 小学校の卒業文集に伊調は「10年後の私。オリンピックに出て、金メダルを獲っている」と記している。

 中学ではレスリング部がなかったため柔道をやっていた。3年の時に全国中学選手権に優勝。女子レスリングの強豪校として知られる中京女子大学(現・至学館大学)附属高校、同大学へと進学する。

 高校2年の時、世界選手権2連覇中だった山本聖子を破りクイーンズカップ優勝。翌年の2002年、釜山アジア競技大会に出場して63キロ級で銀メダルを獲得している。

 だが伊調は「金メダルじゃなきゃ、ダメなんです。金メダルでなければ」(『強くなる』)と泣き崩れた。浜口京子や吉田沙保里が金メダルを首にかけても、伊調が銀メダルを首にかけることは決してなかった。

 そして2004年のアテネオリンピックから女子レスリングが正式種目として採用され、伊調は姉の千春と「ふたりいっしょにオリンピック金メダル」(同)の夢に向かって二人三脚で突き進んでいく。

 アテネでは伊調が金で千春が銀。北京でも同じで、二人で金の夢は叶わなかった。北京で姉が銀に終わったのを見て、体を動かす気力すらなくした伊調を千春が励まし、「私まで負けたら、いつまでもずっとふたりで泣いていなければならないから」と気を取り直して金をもぎ取った。

 北京の後、兄に言われて専修大学レスリング部へ行き、男子の練習に参加する。最初は「女子だから、世界でも勝てるんだろう」と冷たい視線を浴びていたが、必死でついていった伊調を、男子のコーチや選手たちも仲間と認め、「世界一、練習している選手」と称えてくれるようになった。

 ロンドンオリンピックに千春は引退して出場しなかった。しかも本番4日前、調整練習中に足首の靱帯を損傷し、まともに歩くこともできなかった。

 イメージトレーニングを繰り返し、痛み止めの注射を打ち、テーピングをして出場したが、敵にも観客にもケガを知られることはなく、伊調は見事三連覇を果たした。

 伊調は試合で「勝ちたいとか、負けたらどうしようと思うことがない」(同)という。「だって、私はレスリングが好きでやっているんですから」(同)

 リオオリンピックでは吉田とともに四連覇を目指すが、2012年に国民栄誉賞を授与された吉田はメディアへの露出が多く、本人も時間が許す限り取材や講演も受けたが、伊調は「レスリング以外の活動に時間を取られてリズムを崩したくない」と断った。

 だが今年の1月29日、ロシアで開かれたヤリギン国際大会でまさかの敗北。負傷による棄権を除けば13年ぶりの完敗だった。

 オリンピックまで7か月。さらに6月には32歳になり、体力が落ち、現役生活が終わりに近づいているのかもしれない。しかし伊調は「この負けはチャンス! 悔いはありません。成長のきっかけにします」(同)と力強く語っている。

 伊調はこれまで獲ったメダル、賞状などは八戸の自宅へ送り、自分の部屋には置いていなかったが、この時の悔しさを忘れないために、銀メダルは2014年11月に急逝した母親・トシの遺影の隣に置いて、それを見て毎日練習に出かけた。

 伊調にとってオリンピックだけは特別だ。

 「オリンピックは恩返しの場。国内の大会や世界選手権では、勝敗はあとから勝手についてくる。それでいい。しかし、オリンピックだけは別。結果を出さないといけない」(同)

 オリンピックの壮行会などで伊調は「集大成が近づいてきている」と語るようになってきた。彼女のモットーは「一日一日、どれだけ強くなれたか、満足して練習を終えられたかで、毎日を生きている」

 2015年12月に読売新聞社が制定した第65回日本スポーツ賞グランプリに選ばれ、表彰式では照れ笑いしながらこう語っている。

 「歴史があり、名誉ある賞をいただけるのが自分でいいのかな……こういうことは、沙保里さんに任せているので」(同)

 その吉田を超える日が来た。8月18日の朝日新聞デジタルはその試合をこう伝えた。

 「絶体絶命のピンチだった。コブロワゾロボワ(ロシア)との女子58キロ級決勝。第1ピリオド(P)を1‐2で逆転されて落とし、第2Pは均衡したまま、時計の針だけが進んでいく。
 残り30秒。伊調は相手の懐に飛び込んだが、逆に右足を取られた。完全に不利な格好だが、倒れてもつれ合ったまま踏ん張る伊調。うまく体勢を入れ替えて背後を取り、足にからみついた相手の腕を振り払う。伊調に逆転の2ポイントが入ったのは、試合終了のわずか数秒前だった」

 死ぬまで働き続け、子どもたちを励まし続けた母・トシは愛知県にある高校へ行く伊調に、「逃げて、帰ってくるなよ。必ずチャンピオンになって、帰ってくるんだよ」(同)と言って送り出した。その母の夢さえも大きく超えた快挙だった。

 これまでオリンピック四連覇を達成したのは5人いるが、格闘技系競技では伊調が初めてである。

 伊調に国民栄誉賞という話が出てきている。吉田沙保里を超えたのだから当然であろう。気になるのはレスリング一筋の彼女の結婚である。

 『週刊文春』の「リオ五輪『裏ドラマ』」(9/1号)でも取り上げているが、2007年頃に韓国のレスリング王者チェ・ワンホとの交際が噂された。しかし09年のカナダ留学時に別れたようで、いまは恋人はいないようだ。

 伊調は「自分が教えてもらってきたことを伝えないともったいない」(同)と語っているから、コーチの道を選ぶのか、それとも「私を倒して世界に行きたいという若手が出てこないのは悔しいし、物足りない」(同)と日本の女子レスリング界に苦言を呈しているから、ひょっとすると東京オリンピックで五連覇を達成したいという夢を持っているのかもしれない。

 いまや「霊長類最強の女」となった伊調馨の好きな言葉は「進化」だそうだ。まだまだ彼女の進化は止まりそうもない。

元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
 いい映画は時代を先取りする。スタンリー・キューブリック監督は『博士の異常な愛情』(1964)で核による世界破滅を描き、『2001年宇宙の旅』(1968)でAI(人工知能)との遭遇を予言した。
  『シン・ゴジラ』という映画はそこまでとはいわないが、いろいろな見方ができる一風変わったゴジラ映画である。ゴジラは福島第一原発だという人もいる。私は北朝鮮か中国だと思った。こうした日本を根底から覆す脅威が現実に迫ったとき、政治家や役人、アメリカがどう動くのか。一旦危機は回避できたかに見えるが、東京の街に立つゴジラの姿が何かを暗示している。

第1位 「都議会ドン内田茂と4000億円『五輪道路』」(『週刊文春』9/1号)/「“都議会のドン”内田茂1000人パーティ」(『週刊ポスト』9/9号)
第2位 「SMAP解散が浮き彫りにした!『ジャニーズ帝国』の憲法」(『週刊新潮』9/1号)/「SMAPを潰したメリー副社長と工藤静香」(『週刊文春』9/1号)
第3位 「興行収入100億円が見えてきた『シン・ゴジラ』トリビア」(『週刊新潮』9/1号)

 第3位。先週、TOHOシネマズ日本橋で映画『シン・ゴジラ』を見た。というのも、『新潮』が興収100億円が見えてきたと特集していたからだが、なるほど18時50分開演で9割方埋まっていた。
 ゴジラ映画を見たのは1954年の初登場した時以来だろう。以来28作も作られいずれもヒットしているというが、私は一本も見ていない。ゴジラとかキングコングというのは、どうも私の性に合わないのだ。
 今回は、強力な敵が出てくるわけでもなく、ゴジラのすさまじい破壊力をCGを駆使して再現しているわけでもないらしい。
 では、どんなところに見どころがあるのかと見に行ったのだが、ひと言で言うと主役はゴジラではなく、首相官邸を中心とした危機管理を担う人間たちのドラマであり、自衛隊さんありがとう、アメリカ軍ありがとうという国威発揚映画であった。
 ゴジラの動きは狂言の野村萬斎が演出したそうだが、たしかに動きは優雅で鈍く、初めにちょこっと暴れるが、あとはほとんど一所に立ったままである。
 CGを使ってはいるのだろうが、東京の町をぶっ壊すゴジラの映像は、初期の映画から持ってきたのではないかと思うほど迫力がない。
 ではどこに今回の映画のおもしろさがあるかというと、この「巨大不明生物」の出現により、大慌てする総理大臣たちや、何とか食い止めようとする役人、科学者、アメリカから派遣されてきたという日系人の米国大統領特使などの群像ドラマにある。
 『新潮』で元内閣参事官の高橋洋一氏が「私は官邸の中にいたので、それがどのくらい忠実に再現されているか観察しましたが、75%は再現されていたと思う」と語っているように、政治家や役人たちが交わす機関銃のようなセリフなどは、樋口真嗣(しんじ)監督が綿密な取材をしたとあってリアルである。
 ゴジラに警察力では敵わないと分かった時点で、防衛相が「武器の使用が制限されない自衛隊の防衛出動」を促すところは、有事の際、法改正を待っていたら間に合わない、安倍政権ならやりかねないと思わせて苦笑させる。
 もっと驚くのは、自衛隊のミサイル攻撃でもゴジラが倒れないとなると、アメリカは都内にいるゴジラへ核攻撃を決断するのだ。それも国連安全保障理事会で承認されたというのである。
 広島、長崎に続いて、東京に核を打ち込み、東京中を死の灰で覆ってしまえというのだから、ここまでいくと、これは映画だからと笑って見ているわけにはいかない。
 自衛隊全面協力の国策映画。ゴジラは北朝鮮であり、中国なのかもしれない。そうした事態が起きた場合、国家総動員法で国民には知らせることなく、日米の首脳は、躊躇(ためら)うことなく国民を大量に犠牲にしても核攻撃を仕掛ける。
 ゴジラは時代が生み出す。水爆実験で目覚めたゴジラは、大震災が起こり、北朝鮮や中国の軍事的脅威が囁かれるなかで、日本という国がどう対処する国なのかという暗示を与えてくれているのかもしれない。それは監督の意図とは関係ない「神の啓示」のようなものだと、帰りながら思った。
 ところで安倍政権は過去に3回廃案となっている「共謀罪」を「テロ等組織犯罪準備罪」に変えて、9月に召集される臨時国会にも法案の提出を検討していると朝日新聞が26日付の朝刊で報じている。
 2020年の東京五輪を控えてテロ対策などを強化する必要性があり、これならば警察側の要請が根強いこの法案を通せるのではないかという思惑であろう。
 以前に比べて適用対象を具体的にするなど、会社員や労組は適用の対象にならないと政権側は強調するが、「準備行為を定めた条文には『その他』という文言がある。事実上、何が該当するのか明確な基準はないも同然で、その解釈は捜査当局の判断に委ねられる」(朝日新聞より)。中曽根時代に国鉄民営化をして労働運動を弱体化させたが、安倍政権は国民を法でがんじがらめにして物言えぬようにした政権として記憶されることになるだろう。

 第2位。どこまで続くSMAP騒動。女性誌も含めて今週もSMAP一色と言ってもいい。『文春』はキムタクの妻・工藤静香がメリー喜多川副社長と親しく、亭主にジャニーズ事務所を出るなと説得し、キムタクはそれに従ったと報じている。
 『文春』は先週号で5人の仲は15年前に既に壊れていたと報じた。当時、キムタクと工藤の結婚を事務所側が認めたことで、他のメンバーが猛反発し、なかでも香取慎吾がその先鋒だったそうだが、その理由を先週の『現代』(9/3号)が香取の友人にこう説明させていた。

 「香取には20年近く交際している年上の恋人がいます。本人は結婚したいという気持ちもあるでしょう。しかしアイドルという立場を考えて、事実婚の状態を続けています。にもかかわらず、木村だけが結婚をし、家庭を築き、仕事にもペナルティがなかった。『なぜ木村君だけ許されるのか』と事務所に訴えたこともあった。そのうえ静香夫人の説得で独立も止めたのですから、香取がやり切れないのは当然です」

 『文春』はメリー氏と飯島三智元マネージャーとの確執をおさらいしているだけだが、『新潮』は彼らの「カネ」に絞ってまとめている。まずは、キムタクと藤島ジュリー景子副社長がともに、ハワイ・ワイキキに豪壮な別荘を買った話から。
 アラモアナ・ショッピングセンターを過ぎてしばらく行ったところにホノルル屈指の高級住宅街「ワイアラエ・イキ5」がある。ここにキムタクの別荘がある。土地250坪、建物73坪、購入した13年のレートで200万ドル、約2億円だったという。
 ジュリー氏は、ワイキキビーチに隣接した38階建てのホテル風コンドミニアム。その超高層階にある一室を約3億6000万円で購入しているという。
 『新潮』は、これほどの物件を買えるジャニーズ事務所の「帝国資産」に探りを入れる。だがこの事務所、カネについても情報開示はしていない。そこで04年、高額納税者番付公示が最後になったときのジャニー喜多川社長とメリー副社長の年収を、納税額から推算すると、それぞれ約9億円、ジュリー氏が約6億5000万円になるという。
 当時、日産のゴーン氏の年収が約2億5000万円で大企業の最高額と騒がれたが、彼らは「それっぽっち」と鼻で笑ったかもしれない。
 ジャニーズ事務所にはわかっているだけで10数社の関連会社がある。このほとんどが資本金1000万円から数千万円となっているそうだが、これがこの事務所の全体像を分かりにくくしている。だが、『新潮』は粘り強い。
 04年~06年にジャニーズ事務所とグループ企業が税務署に申告した法人所得は約153億円、つまりそれだけの利益があった。
 他のプロダクションと比較すると、この当時でもジャニーズグループは少なくとも700億円の売上があったと見ていいそうである。
 それから10年。SMAP人気を凌ぐ「嵐」が稼ぎ頭に成長して、今や1000億円企業と呼ばれているそうだ。その莫大なマネーを湯水のように使って、赤坂や渋谷区の一等地にビル11棟、マンション5件、駐車場まで所有しているといわれる。
 だが、先週の『新潮』が報じたように、SMAP解散で200億円以上が消えるといわれている。それに多くの人材を特異な才能で見出してきたジャニー喜多川氏もメリー氏も高齢で、ジュリー氏がその衣鉢を継げるかどうかはまだ未知数である。帝国崩壊は意外に早いかもしれない。

 第1位。リオ五輪で一時休戦になっていた小池都知事と都議会のドン・内田茂氏との対決だが、先週から『文春』は、第1ラウンドは「豊洲移転問題」になると報じている。
 移転の時期は11月7日に予定されているから、残された時間はわずかである。築地の水産仲卸業者が移転反対を声高に言っているのに、なぜ急ぐのか? 『文春』によれば「築地市場の敷地内が、環状二号線の道路予定地になっているからです。二号線は晴海の選手村と新国立競技場を結ぶ東京五輪のメインストリート」(都庁幹部)
 内田氏率いる都議会自民党は是が非でも20年の五輪開催までに開通させたいと、移転予定日は譲れないと強硬姿勢を見せている。
 それにこの事業には4000億円といわれる巨費が投じられる。『文春』は、内田氏に献金している企業や、後援者による関連工事の受注状況を調査した。すると出てくる出てくる。
 内田氏に献金している中堅ゼネコン、鹿島グループの中核企業、総合防災設備メーカー、後援企業の造園業者。それに以前から内田氏が役員を務める東光電気工事(千代田区)は、内田氏が就任後から売上高を急増させていて、『文春』の調べで今回、都議会議事堂の工事を請け負っていたことも判明したそうだ。
 また、都の事業を何度も請け負っている東幸というビルメンテナンス会社も加入している「東京ビルメンテナンス政治連盟」から、顧問料や寄付をもらっている。
 内田氏は『文春』の取材に対して、「貴誌のご質問は『利権構造』であると断定し、あたかも寄付などが工事の見返りであると決め付けられているようですが、内田のみならずご指摘の会社などの信用や名誉を棄損される記事を掲載することがないようあらかじめ申し添えます」と回答してきた。なかなかドスの利いた文言である。
 小池都知事の側近、若狹勝(わかさ・まさる)衆院議員は「小池氏が訴えてきた都民ファーストという観点から言えば、十一月七日に移転することは難しいと思います」と『文春』に話している。
 どうなるのかこの勝負? 『ポスト』によれば、内田氏が開いたパーティーには1000人以上が集まったそうだ。
 菅義偉(すが・よしひで)官房長官、二階俊博自民党幹事長が来ていた。また公明党の最高顧問の藤井富雄氏も来ていて、内田氏や都議関係者が揃ってあいさつしていたそうである。
 小池都知事は、11月7日に予定している築地市場(中央区)の豊洲市場(江東区)への移転時期を延期する方針を固めた。豊洲市場の土壌の安全性確認などが不十分と判断したからだという。
 ゴングは鳴らされた。私は多くを小池氏に期待しないで、成り行きを見守りたいと思っている。
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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