昭和期の織物の町・西陣では、年末年始が気になり始める頃は、いつも山積みの注文に大わらわになっていたそうだ。そんなとき、邪魔をするようにしゃしゃり出てくる人が、いつの時代にも必ずいるもの。仕事場に顔を出しては、そのたびに作業を遮るそのような人物を、西陣の職人は「ゴキントウに、よー気張りますなぁ」、なんて皮肉をいいながら出迎えていたそうである。

 「ゴキントウ」は「御金当」と書く。「その場で受け渡しをする金」を意味する「当金(とうきん)」の倒語で、西陣ことばで「ゴキントウサン」といえば、「再々来る人」のことをさしている。この意味に準じ「ゴキントサンニ」というと、「律儀に」とか、「丁寧に」といった意味に変化する。例えば、進物のお返しをいただいたときなどの丁寧な使い方として、「お返しくれはって、ゴキントサンニ、ほんまおーきに」といった風に用いられる。

 西陣の職人ことばには、面白いものがたくさんある。例えば、衣類のことは「キルイ」、晴れ着のことを「イッチョーラ」という。真偽は定かでないが、「一張羅」ということばの語源は、西陣で織っていた「羅(ら)」の織物に由来するとか。また、仕事の内容を表す呼称も多様で、織物を織る職人さんのことは「オリヤ」や「ソラヒキヤ(高機(たかはた)という織機を使う職人の場合)」という。賃金の低い織り職人は「ヒボヒキオリテ」、若い女性などの織子さんは「オヘコ」と呼ばれていた。この「オヘコ」は、織りが下手という蔑称としても使われていたようだ。

 西陣だけでなく、京都の職人ことばは面白く、染めの友禅、陶磁器の京焼など、地域ごとに数多くのことばがある。機会を改めて、他の職人ことばにも触れてみたい。


西陣の町家。玄関前の土間「中坪」にあたる所で見上げる。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
ジャパンナレッジとは 辞書・事典を中心にした知識源から知りたいことにいち早く到達するためのデータベースです。 収録辞書・事典80以上 総項目数480万以上 総文字数16億

ジャパンナレッジは約1900冊以上(総額850万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。 (2024年5月時点)

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る