ドナルド・トランプ氏が第45代米大統領に就任することが決まった。最悪と最低の大統領選は最悪が制した。トランプ氏は1946年ニューヨーク市クイーンズ生まれで70歳。米大統領史上最高齢になる。

 父親の不動産会社を引き継ぎ、ホテル業にも進出して大成功させ、マンハッタンにトランプ・タワーを建てて話題になる。

 だがカジノの経営に手を出し負債を抱え破綻の危機に陥ったり、結婚・離婚・再婚を繰り返す。

 経営を徐々に好転させると、ミスユニバース機構を買収(15年まで保有)。2001年にニューヨークに超高級マンションのトランプ・ワールドタワーをつくり、2004年から始まった自らがホストを務めるリアリティ番組『アプレンティス』の決めゼリフ「おまえはクビだ!」で人気者になる。

 その後、大統領選に出る出ないを繰り返していたが、2015年に出馬を表明。最初はまったくの泡沫候補扱いだったが、過激な発言が注目を集め、ついには大本命といわれていたヒラリー・クリントンを破り、オバマ大統領の次の座を射止めてしまった。

 世界中のメディアが“衝撃的”“驚愕”という表現で、トランプショックの大きさを表した。トランプ勝利はアメリカメディアの敗北をも意味する。ほぼすべてのメディアはしたり顔でヒラリー支持を表明した。彼らは民意を汲み取っていなかったばかりか、メディア不信を増大させ、反発を招き、トランプ支持への流れに手を貸してしまったのである。

 投票直前の11月5日に放送されたNHKスペシャル『揺らぐアメリカはどこへ 混迷の大統領選挙』は、白人労働者層がアルコールやドラッグに溺れ、死亡率が増加するオハイオ州を取材していた。そこで検視官がこう語っている。

 「こんなにひどいのは経験したことがありません。ここは教育もなく仕事もなく、未来や希望もない人々の末路です」

 こうした人たちをヒラリーは「トランプ支持者はデプロラブル(惨め)な人々の集まりだ」と逆なでする言葉を吐き、自身の私用メール問題もあり、自滅していった。

 トランプ陣営の選挙方法のうまさも際立っていた。陣営は、選挙によく行く有権者ではなく、普段はあまり選挙に行かないが現状に不満を持つ有権者を掘り起こし、トランプ支持を訴えて投票に行かせた。この手法は日本の野党がすぐに見習うべきものであろう。

 想定外の事態に驚いた安倍首相はあわてて特使を出し、現職のオバマを無視して17日にトランプと会談。

 各紙の11月10日の社説も、トランプの手法は「露骨なポピュリズムそのものだ」(朝日新聞)、共和党はネオコン(新保守主義派)や「小さな政府」を求める草の根運動「ティーパーティー」などと協調するうちに方向性を見失い、「トランプ氏という『怪物』を出現させた」(毎日新聞)、「米国政治の劣化は深刻である」(読売新聞)と、日本も同じ惨憺たる状態であることを脇に置いて論じている。

 産経新聞などはこの機会に便乗して、安倍首相は「具体的な防衛力の強化策を講じることが不可欠」だと、さらに軍事力を増やせと煽っているのである。

 結果が出る前に発売された『ニューズウィーク日本版』(11/15号、以下『ニューズ』)には、「『トランプ大統領』は独裁者になるのか」という記事がある。

 同誌のワシントン支局長は、もしトランプが大統領になったとしても(あくまで仮定としてだが)、トランプはヒトラーでもなければファシストでもない。独裁者にはなれないと断じている。

 「実際には、トランプ大統領の時代はごく地味になるだろう。(中略)
 トランプは自分の能力と男らしさに自信を持っている。とはいえ、三権分立のアメリカの政治制度には太刀打ちできない。(中略)大統領は本質的に立場が弱く、他の人に自分の望むことをさせるには、説得の力を使うしかない」

 内田樹(たつる)氏は『街場のアメリカ論』(文春文庫)の中で、アメリカの有権者は表面的なポピュラリティに惑わされて適正を欠いた統治者を選んでしまう彼ら自身の「愚かさ」を勘定に入れて、統治システムを構築していると記している。

 「いかにして賢明で有徳な政治家に統治を託すかではなく、いかにして愚鈍で無能な統治者が社会にもたらすネガティヴな効果を最小化するかに焦点化されているのです。(中略)
 そのために配慮されるのは、まず『権力の集中』を制度的に許さないことです」(同書より)

 米大統領より、日本の首相のほうがはるかに大きな権限を持っていることは、安倍が日銀に介入したり、安保法制を強行採決したことでもわかる。

 劣化した国を「偉大なアメリカを取り戻そう」と言って大統領の座を得たトランプは、同じようなスローガンを掲げて就任したロナルド・レーガンを思い起こさせる。

 『ニューズ』は、好戦的だと思われたレーガンは、ソ連と過去最大規模の軍縮協定を結んだし、83年にベイルートで米海兵隊兵舎が爆破されても反撃せず、撤退させた。

 だがトランプも、批判者も認めるべき柔軟なイデオロギー、交渉力、コミュニケーション力といったよい面を備えているが、

 「しかし欠点がそれらを台無しにしてしまう。他宗教へのかたくなな態度、メキシコ人への侮辱、傲慢極まりない姿勢などだ。
 トランプが大統領になっても、強烈な個性と弱い者いじめだけで記憶され、取るに足りない存在として歴史の教科書に名を残すだけだろう」

と書いているが、トランプ大統領が現実になる前に書かれた文章だとしても、楽観的すぎると思われる。

 どうせ失うものなど何もない。既成の政治家はわれわれ貧しい者には目を向けず声を聞いてもくれない。それを聞こうとしたフリをして見せたのが、不動産で巨万の富を築き、弱者のことなど一度も考えたことのなかったトランプだったところに、アメリカの底知れぬ悲劇がある

 アメリカの背中を追い、アメリカの物真似しかしてこなかった日本は、宗主国の迷走をただ黙って眺めるだけである。そうしてアメリカ、日本、世界の崩壊は早まっていくのだろう。

 『週刊ポスト』(11/25号)は「『トランプ大統領で本当に良かった!』と、大マジメに話す人たちの声に耳を傾けてみた」という特集を組んでいる。

 そこでは、安倍首相とトランプはレーガンと中曽根の「ロン-ヤス」関係を超える、「ドン-シン」関係を築くのではと見ている人がいるとしている。

 私はこれにロシアのプーチン大統領を加えて「ドン-プー-シン」独裁者三国同盟になるのではないかと思うのだが。

 トランプが言う「在日米軍撤退」ならば、日本は自主独立のチャンスである。アメリカに守られ頼って生きる時代、つまり戦後が終わることになると言わせているが、私は本当の意味での「アメリカ離れ→自主独立」の最後のチャンスではないかと思っている。

 だが、アメリカのポチ・安倍では期待できはしないだろう。

 トランプは中間層や低所得者層への大幅減税や法人税の大幅引き下げを公約しているし、奨学金がないと学校に通えない状態を改めると言っているから、トランプノミクス(『ニューズ』11/22号では「トランポノミクス」と言っている)が日本の株を押し上げ、強いドルを目指すから円安になり、来年春には日経平均2万円台に回復すると、ノー天気な話を取り上げている。

 この特集の中で頷けるのは、トランプには暗殺の危険があるということである。

 それでなくても東と西海岸では、トランプに反対する大規模なデモが起こっている。イスラム系の住民を追い出すようなことが実行されれば、ISだけではなく、世界中の過激派を敵に回すことになる。命はいくつあっても足りないはずだ。

 『週刊現代』(11/26号)は「トランプが世界経済をぶっ壊す」という特集。

 最初の、今回の大統領選はエリートとマスコミの敗北というのは理解できる。だが、『ポスト』同様、トランプノミクスで、2月になれば日本株が「爆上げ」すると予測している。

 それも湯水のようにカネをばらまいて、橋も道路も造り直し、日本の昔のバブルの頃のようなことをやるというのだが、そんな余裕は今のアメリカにはない。

 トランプとの付き合い方を、スナイダーという米スタンフォード大学アジア太平洋研究センター研究副主幹がこう言っている。

 「いま日本が行うべきことは、ただ一つ。徹底的にトランプ氏に媚びへつらうことです。『日本はあなたのことが大好きです。あなたはとても賢く、素晴らしい人だ。日本国民は、あなたの大統領就任を心から待望している……』」

 ふざけてるのか? いまだって安倍首相はアメリカに媚びへつらっている。これ以上したらバカにしてんのかと怒るはずだ。だがこれはアメリカの本音であろう。

 TPPは完全に終わったし(これはよかったと思う)、NAFTA(北米自由貿易協定)も破棄される可能性が高い。

 地球温暖化にも無知なトランプでは、世界からバカにされるのがオチだろう。『現代』が「イスラム圏からアメリカ企業が引き始める。するとそこに、日本の商機が出てくる」などとバカなことを言う人間まで登場させているのには呆れるしかない。

 イギリスのEU離脱より、トランプショックのほうが世界はもちろん、日本に与える影響も甚大なはずである。

 『ニューズ』(11/22号)はトランプについての大特集を組んでいる。その紙面は、トランプのアメリカの負の部分に対する危惧で埋め尽くされている。

 『ニューヨーカー』誌のデービッド・レムニック編集長はトランプの勝利は「移民排斥、権威主義、女性蔑視、人権差別を掲げる国内外の勢力の勝利」だ。それは「アメリカの共和制にとって悲劇にほかならない」と嘆いている。

 同誌のシニアライターのカート・アイケンワルドは、トランプがこれまで歩んできた道は、「他人の財産やキャリアをつぶして成功を手に入れ、それを自慢してきた。他人の手柄は奪い、自分の失敗の責任は他人に押し付ける。そうやってエゴを無限に膨らませてきた」。トランプは大統領になってもこれまで通り振る舞うだろうが、そうすれば共和党は空中分解し、アメリカも、と結んでいる。

 また、世界中で「TRUMP」名義使用権を売って稼いでいるトランプ・オーガニゼーションが、商売上と安全保障上の利益相反を各国間で引き起こす可能性を指摘し、トランプが大統領になってからは、「彼の会社がすぐに閉鎖されるか、トランプ家から完全に切り離されるのでない限り、アメリカの外交政策は売りに出されたに等しい」と、トランプが大統領という肩書きを利用して、国益よりもビジネスを優先するのではないかと手厳しい。

 言ったことを後で問われると、言っていないとしらを切り、口から出任せの暴言、放言を繰り返す「セールスマン」(『ニューズ』11/22号)に、世界は振り回されることになる。大事なのは、こうした人物を選ばざるを得なくなったアメリカの現状を冷静に見極め、EUやアジアの国々との関係を良好にして、日米同盟という呪縛から逃れることである。

 そのためには安倍一強体制を打破しなくてはいけないこと、言うまでもない。

元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
 トランプ大統領を『現代』が予言していた。新大統領が決まる直前の号で『現代』は「えっ、えっ、トランプ? アメリカ大統領選大ドンデン返し」という特集を組んでいたのを、私も見逃していた。
 もちろん記事を作った時点ではクリントン優勢で、トランプ? 冗談だろ~というのが大勢だった。私もそう信じていたから、『現代』の記事を読むことさえしなかった。これは隠れた大スクープだった。失礼!

第1位 「『黒田総裁』白旗で『日本銀行』と『日本財政』の漂流先」(『週刊新潮』11/17号)
第2位 「芸能界のドン・周防郁雄がすべてを語る」(『週刊現代』11/26号)/「レコード大賞審査会11・7『オフレコ議事録』」(『週刊文春』11/17号)
第3位 「『長生きする酒』『早死にする酒』その飲み方がわかった!」(『週刊ポスト』11/25号)

 第3位。『ポスト』に酒の飲み方で長生きできるという記事がある。飲んべえとしては見逃せない。
 11月2日、フランスのパリで開かれた「世界がん会議」で、アルコールを最も発がん性が高いグループに分類したという。
 アルコールはアスベストやダイオキシンと同じだというのだから、ビックリポンだ。
 アルコールが肝臓で分解されるとアセトアルデヒドという発がん性物質がつくられる。日本人の44%は、これを分解する酵素の働きが遺伝的に弱く、がん化する危険性が高いというのである。
 えらいこっちゃ。酒は命を削るカンナといわれる。なんとかならんのか?
 週3日、休肝日を設けろといわれるが、そんなもんムリやで。また焼酎やウイスキーのお湯割りは、食道や胃に負担がかかるから、水割りのほうがいいそうだ。
 キムチ鍋などもキムチに含まれる香辛料が食道や胃の粘膜に強い刺激を与えるからよくない。理想的なのは湯豆腐だという。豆腐にはLシステインという代謝を促進するアミノ酸と細胞膜を構成するレシチンが含まれているから、内臓へのダメージを減らす効果あり。
 白菜、ネギ、ニラも細胞の修復効果ありだそうだ。
 飲んだ後のシメには、お茶漬けやラーメンではなく、蕎麦がいい。とろろ蕎麦やなめこ蕎麦がオススメ。
 今夜は湯豆腐となめこ蕎麦で酒盛りと行こうか。だが、一番いけないのは飲みすぎだそうだ。ご注意あれ!

 第2位。『文春』が報道したレコ大大賞をカネで買ったというスクープは、ほとんどのメディアがダンマリを決めているが、11月7日にTBS本社で今年のレコ大の2度目の審査会が行なわれたそうだ。
 だが、この問題を調査しようという声は上がらず、今年も、バーニング周防郁雄(すほう・いくお)氏の息のかかったライジングプロのアイドルグループふわふわ『フワフワSugar Love』や西内まりやの『BELIEVE』、バーニング幹部の某氏が推す西野カナが有力だという。
 自浄作用のない業界は腐敗し潰れる。これが一番当てはまるのが芸能界であることは疑いようがない。
 『現代』がレコ大を含めて芸能界を牛耳り、ドンの名をほしいままにしているバーニングの周防氏をインタビューしている。
 このところ芸能界の裏話を追いかけて連載しているノンフィクション作家の田崎健太氏が話を聞いている。
 周防氏も75歳。こうしたインタビューに出てくることは珍しいから、出しただけでもある種のスクープではある。
 だが、今出すのなら『文春』のスクープについて聞かなければ何もならないと思うが、それが条件なのであろう、今回はそれについて聞いていないのがもの足りない。
 新栄プロという演歌専門のプロダクションで働き始め、運転手をやったりサイン色紙を売ったりと、それなりに頑張ったそうである。
 懐かしいTBSの音楽プロデューサー渡辺正文氏の名前が出たり、バーニングの由来、郷ひろみ移籍問題、メリー喜多川氏のことなど話してはいるが、どうということはない内容である。
 田崎氏は周防氏が「ぼくは口下手なんです」と言ったとか、「想像とは異なり、芸能界の『ドン』は最後まで控えめな男だった」と書いているが、私が知る限り、彼は酒は飲まないが、舌はかなり回るほうである。
 田崎氏も、ところでレコ大の1億円の話ですが、あれは本当なんですよねと、聞いてみたらよかったのに。
 そうすれば周防氏が無口で控えめではなく、凄みのある饒舌ぶりを聞くことができたはずである。
 そういう意味でも残念なインタビューではある。

 第1位。『新潮』が日銀黒田総裁の「失敗」を取り上げている。任期中に物価上昇率2%は達成できないと、黒田総裁は白旗を掲げたが、ゴメンですむ問題ではない。
 何しろ「10月31日の時点で、日銀が抱える長期国債の銘柄別残高は348兆4117億円」(シグマ・キャピタルの田代秀敏チーフエコノミスト)にもなるのだから。
 日銀には7兆円以上の自己資本があるが、「これを含み損に補填したとしてもまだ追いつかず、現状では差し引き約1兆7000億円の債務超過となっている」(同)という。
 数字を見ているだけで気の遠くなる金額であり、インフレになって銀行間の取引金利を引き上げ物価を抑制しようとしても、政策金利を1%上げただけで3兆円の利息を日銀は払わなければいけないそうだ。
 そうなると手持ちの自己資本など2、3年で消えてしまう。私には何のことかよくわからないが、黒田日銀の大失敗は日本経済に暗い影を落としたことだけは間違いない。昔なら切腹ものだ。
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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