山本七平の『「空気」の研究』は名著である。彼は日本がなぜ無謀だとわかっていた第二次大戦にのめり込んでいったのかをいろいろな例を引き、それに異を唱えることができなくなる「空気」の存在を指摘してみせた。

 「この『空気』とは一体何なのであろう。それは教育も議論もデータも、そしておそらく科学的解明も歯が立たない“何か”である」

 この空気は日本独特のもので、それは今もこの国を“支配”し続けている。この摩訶不思議な空気という言葉が人口に膾炙(かいしゃ)し、時代を経て「ムード」「KY(空気の読めない人)」、最近流行りの「忖度」などもその流れから出てきているのだろう。

 空気が読めない、忖度できない奴は、日本社会では「異端児」扱いされるならまだしも、「変人」「奇人」呼ばわりされて、ムラ社会からつま弾きになってしまうのである。

 私は詳しくはないが、戦後に限ってみても「空気を支配」してきた人物がどの分野でも成功者になっているのではないか。または、リーダーになっても「空気を支配」できなかった人間は、成功者とみなされず、リーダーシップがない、リーダーの器にあらずなどといわれ、表舞台から消えていった。

 前置きが長くなったが、安倍晋三という男が一強といわれ、憲法を蔑ろにしても支持率が下がらず、長期政権を続けているのも、この「空気」を巧みに支配しているからではないかと、『週刊ポスト』(6/16号、以下『ポスト』)が特集を組んでいる。

 安倍政権では大臣たちの失言が続出している。明らかに大臣としてではなく人間として備えておくべき理性も知性も欠如していると思われる“デージン”が多すぎる。

 安倍自身も“お友だち”の森友学園理事長や加計(かけ)学園理事長への便宜供与疑惑や妻・昭恵の関与が疑われ、追及されているにもかかわらず、なぜか内閣の支持率はある程度のところから下がらない

 平成の七不思議であるが、『ポスト』によると、「空気という妖怪」を手なづける術を身につけているらしいというのである。

 だが安倍は、昔からそうだったわけではない。「KY」という言葉が最初に流行したのは2007年だったらしいが、これは第一次安倍政権の末期だった。

 当時の朝日新聞はこう書いている。

 「最近、中高校生の間では、『KY』という言葉がはやっているらしい。(中略)この若者言葉が安倍首相を評する時にも使われている

 その後、安倍は突然辞任し、安倍の政治家生命は終わったとみんなが思っていたのだ。

 そして、野党に転落した自民党が立て直しのために取り組んだのが「情報分析会議」だったという。メンバーは茂木敏允(もてぎ・としみつ)現政調会長、世耕弘成(せこう・ひろなり)現経済産業相、平井卓也現IT戦略特命委員長、加藤勝信現一億総活躍相など、現在の安倍内閣で中枢を担っている面々である。

 この取り組みを内部から見ていた自民党情報戦略のブレーン・小口日出彦がこう話している。

 野党になると新聞もテレビも取り上げてくれないから仕方なくネットを使った

 「そこで自民に好意的な情報からネガティブな情報まで丹念に集めて直視してもらうところからスタートした。(中略)徹底的に議論して情報を分析し、表現方法なども研究した」

 12年に政権に復帰した安倍は、13年にネット選挙が解禁されると、特に重視したのが不利な情報やネガティブ情報への反撃作戦だったという。

 小口はこれを「毒矢を消す」と呼んでいる。ネット戦略の実働部隊として小池百合子を自民党広報部長に、その下に議員、選挙スタッフ、ネット企業の専門家、弁護士からなる「Truth Team」を発足させ、24時間体制でネットを常時監視し、ブログやSNS、2ちゃんねるなどに候補者への誹謗中傷などの書き込みがあれば、直ちに削除要請する仕組みを作り上げた。

 それらが功を奏して、13年の参院選で31議席増という結果を出したというのである。

 小口は、メディアでは、政治で取り上げられるのはカネをめぐる疑惑や男女関係のスキャンダル、失言・暴言、ヤジが飛び交う議場などばかりで、そういう情報に基づいて政治の印象が固まり、「本当に重要な情報がこぼれ落ちていく」と言っている。果たしてそうであろうか。これへの反論はまた後述するとして、「毒矢を消す」手法は森友・加計問題でも使われた

 安倍首相は国会で「私や妻が関係していたら総理も国会議員も辞める」と全否定し、都合が悪い文書が公表されると菅官房長官が「怪文書みたいなもの」と頭ごなしに否定してみせたことがそれに当たるそうだ。

 さらに安倍は「空気」を支配することを考え出したという。森友学園問題では籠池泰典(かごいけ・やすのり)前理事長の補助金不正受給疑惑で検察が捜査に乗り出し、加計学園問題では、前川喜平(きへい)前事務次官が出会い系バーへ通っていたと読売新聞に書かせたことがそうだというのである。

 政権が吹っ飛ぶような内容でも、そうした風評を流すことで、国民に「どっちもどっち」という印象を与え、ダメージを打ち消してしまう

 トランプ米大統領のように、都合の悪い情報がネットに出ても、「それはフェイクニュースだ」と平気で言い張る。厚顔無恥と紙一重だと、私は思うが。

 それに安倍の常套手段は、森友学園問題では、民進党が民主党時代の偽メールを引き合いに出し、加計学園問題では、鳩山内閣も動いたと言い出す。批判を受けると「お前の時もやっていた」と言うのは禁じ手である。なぜなら、民進党からいえば、それは自民党時代からやっていたではないかと言いたくなる。それでは泥仕合になるだけだが、それが安倍のやり方で、相討ちになればオレのほうが有利だという計算があるからだろう。

 その上、メディアを支配する。時事通信の田崎史郎をはじめ、準強姦罪疑惑で名を上げた(?)山口敬之(のりゆき)元TBS記者など、安倍のポチ記者をコメンテーターに起用させ、反安倍のコメンテーターをテレビから排除していった。

 ジャーナリズム論の上智大学水島宏明教授は、こうした安倍のやりたい放題にも、安倍を支持する率がさほど落ちないのは、視聴者、特に若い層の視聴者が変わってきたからだという。

 「昔は、メディアには権力監視の役割があり、政権に批判的な報道は当然という考え方が常識としてあった。今ではそれが崩れている。特に若い世代は、安倍さんを攻撃しているように見える報道には嫌悪感を感じる傾向があります。政権に批判的な従来型のジャーナリズムのスタイルでやってきたコメンテーターは、実際には官邸の圧力などに関係なく次第に姿を消している

 今、都知事として日の出の勢いに見える小池都知事も、安倍の「空気の支配力」をよく知っているため、安倍に弓を引いたことはない。都知事選の公約も「アベノミクスを東京から」だった。

 また、政治ジャーナリストの藤本順一は、安倍のうまさを、対中強硬姿勢、アベノミクス、対ロ交渉、憲法改正など多くのテーマを次々に掲げるから、一つがうまくいかなくても目先を変えられ、大きく支持が下がらないと分析する。

 それに国論を二分する沖縄の基地移転、原発再稼働などは、反対派の反感を買っても半数の支持は得られるポチ・メディアと反安倍メディアを分断することによって、メディアが挙(こぞ)って安倍批判をすることはない。

 説得力があるのは、安倍第二次政権は元々期待されていなかった、期待値が低いから、それにしては「よくやっているんじゃない」と“好意的”に受け取られているのではないかという見方である。

 先の小口が言うスキャンダルや議員たちの怒声などで「本当に重要な情報がこぼれ落ちていく」などと言えるものは、安倍内閣には何もないということだ。

 ここはトランプ政権と酷似している。自分に都合の悪いことには知らぬ存ぜぬを決め込み、ポチ・メディアを使って批判する人間のスキャンダルや逆の情報を流させ、世論を操作する。

 文科省の人間が、官邸の意向という文言がある文書を出せば、国家公務員法違反(守秘義務違反)で処罰すると恫喝(どうかつ)する。

 これでは北朝鮮と同じではないか。こんな無茶苦茶なリーダー一人、首をすげ替えられない日本人って、欧米の常識人から見たら、どこか狂っていると見えるのではないだろうか。

 山本七平は本の中で、空気という妖怪を打ち破るには「水を差す」国民が現実に立ち返ることだとしている。

 そのうえで戦争が始まる前、誰かが石油という「先立つものがない」と水を差していれば、B29の爆撃機を「竹やりでは落とせない」と水を差せば、あれほどの惨禍を免れたかもしれないと論じている。

 今の時代、水を差す役割はメディアにあるはずだ。だが、世界一の部数だけを誇る読売新聞が「安倍御用新聞」になり果て、テレビはポチたちが勢ぞろいして安倍にすり寄っている現状では、期待するだけ無駄ということかもしれない。

 最後を、本の中にある山本の言葉で結んでおきたい。

 「これまで記してきたことは、一言でいえば日本における拘束の原理の解明である。ある状態で、人は何に拘束されて自由を失うのか? なぜ自由な思考とそれに基づく自由な発言ができないのか。そしてその状態にありながら、なぜ『現在の日本には自由が多すぎる』といえるのか。なぜ『譲れる自由』と『譲れない自由』といったおそらく世界の『自由』という概念に類例のない、まことに不自由な分類が出てくるのか。それはおそらくわれわれが、『空気拘束的通常性』の中の、どこに『自由』という概念を置いてよいかわからないからであろう。確かに、こういう状態で『自由』という言葉を口にすれば、正直な人は笑い出すだけである」

元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
 タレントのスキャンダルが暴露されるケースは、女性側が男の不実に我慢できない、自分が相手の知名度を利用して有名になりたい、売り込んでカネにしたいという場合が多いようだ。小出恵介というアホタレが、17歳とわかっていた女とSEXをして、彼女が『フライデー』に垂れ込んだ。雑誌に売り込む前に小出側にかなりの金銭要求があったという報道もある。質の悪い女に引っかかったということかもしれないが、未成年と性交渉では弁解の余地はない。33歳にもなって「知りませんでした」では済まされまい。無期限活動停止を同情する気にはなれない。

第1位 「小出恵介『17歳女子高生と飲酒&SEX』狩野英孝に続き……人気俳優の許されざる淫行を告発する!」(『フライデー』6/23号)
第2位 「食べログ“カリスマレビュアー”が『高評価飲食店』から過剰接待」(『週刊文春』6/15号)
第3位 「巨人軍崩壊『ああ、無策!』由伸監督を解任せよ」(『週刊ポスト』6/23号)

 第3位。無策のまま42年ぶりに球団史上ワーストを更新した巨人軍。長嶋の監督1年目でも11連敗だった。
 それもこの年は、球はものすごく速いがノーコンだった新浦(にうら)というピッチャーを根気よく使い続けたための最下位だった。
 その新浦は翌年、見事にエースに育ち、巨人を優勝させた。
 だが今の高橋由伸(よしのぶ)には何もない。由伸の名言が『ポスト』に載っている。

 「相手があることなので、なかなかうまくいかない」

 11連敗後のコメントのようだ。その通りである。相手があるから、それに対処するのが監督なのだが、由伸にはそれがわからないのだ。
 2年目の今季は、30億円もの大型補強をしたのに、その選手が一人として活躍していない。これも見事というしかない。
 これは監督だけの問題ではなく、フロント、それに口を出し過ぎるナベツネこと渡辺恒雄主筆の責任が問われなくてはいけない。
 昔、氏家齊一郎(うじいえ・せいいちろう)日本テレビ社長からこんな話を聞いた。務台(むたい)光雄読売新聞社長時代のこと。テレビで野球中継を見ていた務台が、「こんなピッチャーを使うからいけないんだ」と怒り出し、近くにいた人間に巨人のベンチに電話を掛けろと命じた。
 早速、電話をすると、次の回、監督が出てきてピッチャー交代を告げた。こんなことがよくあったという。
 これではいくら優秀な監督でも嫌気がさす。今もこのようなことが行なわれているのかもしれない。由伸よ、早く辞任したほうがいい。今の戦力では立教大学にも負ける。
 私にいい案がある。長嶋を監督に復帰させるのだ。長嶋はベンチで座っていればいい。選手たちが自分たちで考え、動いてくれる。そうすれば、必ずいいほうへ動くし、長嶋で負けても、ファンは長嶋を見に来ているのだから怒りはしない。いいと思うのだが。

 第2位。食べログというのがある。私も時々利用するが、場所や営業時間の確認をするためで星の数など気にはしない。
 だが、『文春』によれば、星の影響力は絶大で、「激戦区では星が三・五以上か未満かで月間売り上げが数千万円違う場合もある」(都内飲食店経営者)という。
 その食べログでカリスマレビュアーといわれる「うどんが主食」というのがいるそうだ。四国出身の50代男性で、小さなビルメンテナンスの会社の社長だ。
 これまで2000件近いレビューを食べログに投稿してきたという。だが、彼が高評価したステーキ店『ウェスタ』のオーナーや、『うしごろ』という焼き肉店の社長、EXILEが所属するLDHが経営する焼き鳥屋『鳥佳』と親しく付き合い、接待を受けていると『文春』が報じている。
 それだけではない。気に入らない店は罵倒したり、中韓や東南アジアをさげすんだ差別発言を書き込むことも多いというのだ。
 もちろん食べログにも「口コミガイドライン」があり、もし無料接待を受けて飲食した場合は「通常利用外口コミ」にチェックをして投稿しなければならないという。
 だがこの御仁、そんなことはしていない。食べログにはこの頃、評価の仕方やネット予約を使わないと評価を落とすといったなど、いろいろな疑問が報じられている。
 このままでは所詮ネットだからとユーザーからそっぽを向かれてしまうと思う。最近、店を探すと食べログが上位に上がってこないことが多くなっている気がする。信用回復策を講じなければ、これまでのようなおいしいことはできなくなる。

 第1位。今週の第1位は『フライデー』。俳優の小出恵介(33)が17歳の女子高生(編集部注:その後の報道では少女となっている)と飲酒&SEXをしたと報じたことで、ワイドショーが大騒ぎである。『フライデー』はこう書いている。

 「17歳のA子さんが“その日”を振り返る。
 『9日の夜11時ごろ、知り合いに「小出恵介と飲んでるからおいで」と、ミナミのバーに呼ばれたんです』(中略)
 『私が17歳ということは、小出さんは間違いなくわかっていました。私が到着した時、みんなが「この子17歳やで」と、小出さんに紹介してましたから』」

 このバーで1~2時間ほど飲んだ後、小出から「2人で飲みに行こう」と誘われたA子さんは、戎橋(えびすばし、通称「ひっかけ橋」)近くにあるバーへと案内された。

 「『ヤバいかも、と思ったのは、深夜3時ごろに2軒目を2人で出た後でした。ひっかけ橋の上で、キスしながら欄干に押し付けられたんです。私はワンピースだったんですけど、裾をめくり上げて服を脱がそうとしてきたので、「アカンよ!」と必死に止めました』」

 「『小出恵介に会える』と、ミーハー気分で飲み会に参加したことを後悔したA子さんは、帰宅しようとタクシーを止めた。しかし乗り込んできた小出に、宿泊先である帝国ホテルへ有無を言わさず連れて行かれた。
 『そこからは本当に最悪でした……。部屋に入った途端に迫ってきて(中略)』」

 6時間以上にわたって「17歳の身体」を弄んだ小出。一晩で5回。そのうち中出し2回とA子さんが赤裸々に語っている。
 事務所と小出は、お詫びと無期限の俳優活動停止を発表した。彼女はインスタグラムに、自分が『フライデー』に売り込んだのではない、謝礼も受け取っていないと書き込んでいる。
 たとえ、彼女が売り込んだのだとしても、小出には非難する資格はないが。
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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