「ヘイトスピーチ対策法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)」の施行から、6月3日で1年を迎えた。

 民族や宗教、障害の有無、性的指向など、特定の属性をもつ人々に対して、憎しみや偏見の言葉を投げつけるヘイトスピーチ(憎悪表現)。イギリス、フランス、ドイツなどの欧州諸国では、ヘイトスピーチを規制する法律があるが、日本では長く放置されてきた問題だ。

 だが、2013年頃から、日本でも排外主義的な市民団体が在日韓国人や朝鮮人に対して、「殺せ」「日本から叩き出せ」など、聞くに堪えない暴力的なヘイトスピーチを行なっていることがマスメディアでも報じられるようになり、多くの人が知るところとなった。

 当初、安倍政権はヘイトスピーチの規制についてあいまいな態度を見せていたが、主要国首脳会議「伊勢志摩サミット」を前に、国会で野党から問われて対策に乗り出す可能性を示唆。サミットが開催される2日前の2016年5月24日に、ヘイトスピーチ対策法が成立した(施行は6月3日)。

 対策法では、相談体制の整備、人権教育や啓発活動などに対する国の責務、地域の実情に応じて地方自治体が施策を講じることを制定。人権教育・人権啓発などを通じて、ヘイトスピーチをなくしていく取り組みを推進していこうという理念を定めている。

 その結果、排外主義的な市民グループによるデモ件数は、警察庁によると法律の施行前の1年間は61件だったのに対して、施行後は35件に減少。法律の制定が、ヘイトスピーチ抑止に一定の効果は表しているようだ。ただし、根絶には至っておらず、ヘイトスピーチと認定されないような言葉を使って、排外主義的な言動を続けている団体もある。

 法務省は、2017年2月にヘイトスピーチ対策法の基本的な解釈をまとめ、差別的発言の具体例を要望のあった約70自治体に提示。「〇〇人は殺せ」「〇〇人を海に投げ入れろ」などの脅迫的言動、ゴキブリなどの昆虫や動物に例える著しい侮辱、「祖国へ帰れ」「この町から出て行け」などの排除の扇動を挙げている。だが、こうした言葉を使っていなくても文脈や意味合いによって差別的なものを感じさせるものであれば、それはヘイトスピーチだ。

 ヘイトスピーチがなくならない原因として指摘されているのが、法律の限界だ。憲法が保障する集会、結社、表現の自由を制約する恐れから、ヘイトスピーチ対策法はあくまでも理念法という位置づけになっている。「不当な差別的言動は許されないことを宣言」しているものの違法とはしておらず、禁止規定や罰則を設けていない。そのため、いまだヘイトスピーチに傷ついている人がいるのが実情だ。

 だが、法律で規制できなくても、それぞれの自治体が条例でヘイトスピーチ対策をとることはできる。実際、動き出している自治体もあり、大阪市は2016年7月にヘイトスピーチを規制する条例を全国で初めて制定。悪質なインターネット動画の登録名(ユーザー名)の公表を行なうなどの対策を講じている。また、川崎市は公的施設でのヘイトスピーチの事前規制をするガイドラインの策定や条例を作る予定で、ヘイトスピーチの根絶に向けた啓蒙活動も行なっている。このほか、神戸市や名古屋市などでも、ヘイトスピーチ対策への条例制定の動きがあるが、あとに続く自治体が一つでも増えてほしいと思う。

 たかが「スピーチ」。たかが「デモ」と思うかもしれない。だが、歴史上最大の悲劇といわれるユダヤ人の虐殺も、最初は言葉による攻撃から始まっている。その言葉がやがて人々に憎悪の感情をうえつけ、ホロコーストにつながっていったのだ。二度と再び、あのような悲劇を起こさないためには、今、ここでヘイトスピーチに歯止めをかける必要がある。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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