筆者はテレビのクイズ番組で問題作成をする仕事もしているのだが、あるとき、聖徳太子に関するクイズでスタッフから問い合わせが来た。曰く「聖徳太子は実在しないのでは?」。結局、その問題は採用されなかった。

 専門家として文献にあたっていない者が歴史を語る愚かさを承知の上で、状況の流れだけ整理しておきたい。2月、文部科学省は学習指導要領改訂案で、現行の「聖徳太子」を、小学校では「聖徳太子(厩戸王(うまやどのおう))」、中学校では「厩戸王(聖徳太子)」に改めると発表した(ちなみに表記の主従に違いがあるのは、小学校では人物に親しむことに、中学では史実に重きを置くためだ)。この案は国会をも巻き込む議論を呼び、翌3月には早くも撤回されることになる。

 国民的に慣れ親しんだ聖徳太子という名前。変更するといわれて、抵抗を覚えるのはもっともな話だ。しかし、高校の教科書などでは、すでに「厩戸王(聖徳太子)」という呼称が使われている。その理由は明確だ。じつは「聖徳太子」とは後世の呼び名で、存命中は「厩戸王」だったのである。この厩戸王はたしかに実在した人物だ。

 一方で「聖徳太子の偉業」とされる事項の数々については、疑問符がつく。有名な「憲法十七条」「冠位十二階」も、それが厩戸王の事績であることを示した文献が見当たらず、個人の仕事と断定するのは難しい。いわば聖徳太子は、厩戸王にいろんな役人の業績を集約させた呼称という見方ができそうだ。この文脈で「みんなに知られているようなスーパーマン的な聖徳太子はいなかった」と言われれば、それは必ずしも間違いではない。

 歴史の研究が進むにつれ、教科書の記述も変わっていく。いつか小中学校の教科書でも、聖徳太子の表記が消える日は来るのかもしれない。だが、よりよいいまを創るために、先人が積み重ねた偉業それ自体は、決して消えることはない。
   

   

旬wordウォッチ / 結城靖高   


結城靖高(ゆうき・やすたか)
火曜・木曜「旬Wordウォッチ」担当。STUDIO BEANS代表。出版社勤務を経て独立。新語・流行語の紹介からトリビアネタまで幅広い執筆活動を行う。雑誌・書籍の編集もフィールドの一つ。クイズ・パズルプランナーとしては、様々なプロジェクトに企画段階から参加。テレビ番組やソーシャルゲームにも作品を提供している。『書けそうで書けない小学校の漢字』(永岡書店)など著書・編著多数。
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