京都の庭園や一般のお庭で、不思議な形態をした杉の木をよく見かける。太い一株からのびる幹は途中で、水平に手を広げるような形状をしており、さらにその台のような幹から別の細い杉が、3本から5本ほど生えている。「北山台杉」という杉の園芸種である。「北山台杉」は、今でこそ園芸種ばかりになっているが、そもそも数寄屋造の垂木(たるき)や磨丸太(みがきまるた)として使われてきた「北山杉」の原種である。現代では生産効率の優れた「一樹一幹」と呼ばれる林業が中心であるが、昔は「北山台杉」に見られるような、一つの大樹の上で数十本もの杉材を育む「台杉仕立て」という林業が中心だったのである。

 「北山杉」は、なぜこのような奇妙な形態に生長したのだろうか。降雪の多い地域には、「伏状台杉(ふくじょうだいすぎ)」という独特の杉がある。「伏状」とは、上向きにのびるはずの枝が、雪などに押さえつけられてしまって横方向に広がり、場合によって枝が地面に触れ、そこから根を張って大樹となっていることを意味している。そして、横に広がった枝のうえに新しい種子が芽生えて生長し、それを繰り返すことによって「伏状台杉」のような特異な姿が現れたのである。

 1962(昭和37)年に刊行された小説『古都』(川端康成著、新潮文庫)では、主人公の佐田千恵子が「北山杉のまっすぐに、きれいに立ってるのをながめると、うちは心が、すうっとする」と語っている。『古都』は、なにも知らず生き別れとなった双子の姉妹が、異なる環境で過ごし、再会する物語。小説では「じつに真直ぐにそろって立った杉」などと、綺麗に立ち揃った様子が繰り返し表現されており、その文章からは、一樹一幹で育つ北山杉の様子が思い浮かぶ。しかし、同書巻末の山本健吉(評論家)が寄せた解説を見ると、「一本の台木から何本も脇芽を垂直に成育させ、台木は何本もの蝋燭(ろうそく)を立てる燭台のような形だ」と述べられている。『古都』で取り上げられた当時の杉林は、どうやら「北山台杉」であったようだ。

 京都市北部の山中には、北山台杉のもとになった伏状台杉が群生している場所がいくつか残されている。その旧京北町(けいほくちょう)を中心とした山間地域は、千数百年前に平安京造営を下支えした林業の地であり、御杣(みそま)御料の営みが今日に受け継がれている貴重な場所である。切り取られた材木のほとんどは、筏に組まれ、上桂川から嵐山へと流れ下ったが、峠道を人力で京都へ運び込まれたものも少なくなかった。京都を中心に放射線状にのびる数々の峠道には、いにしえより受け継がれてきた林業の歴史を見守るように、「伏状台杉」の大樹の森が静かに佇んでいる。


京都府南丹市にある京都大学・芦生(あしう)研究林をはじめ、旧京北町の山間部などには、写真の北山台杉をそのまま巨木にしたような、伏状の様式で育った杉などの大樹が見られる。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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