生まれつき備わっている反射に対して、後天的に獲得する反射をいう。条件反射は、ロシアの生理学者パブロフが大脳生理学の研究手段として開発したものである。イヌに食物を与えると唾液(だえき)の分泌がおこるが、このような反射は生まれつきのものであり、「無条件反射」とよばれる。一方、イヌに一定の音を聞かせながら食物を与えることを繰り返すと、音を聞かせただけで唾液が分泌されるようになる。本来、音と唾液の分泌とは無関係なものであるが、音を聞かせることによって唾液が分泌されるという新しい反射が形成されたわけであり、これを「条件反射」という。この場合、音を「条件刺激」とよび、食物のような無条件反射の原因となるものを「無条件刺激」という。また、条件刺激によって反射がおこるようにすることを「条件づけ」といい、この例のように、与えられた刺激に対して受動的な条件反射が形成される場合を「古典的条件づけ」という。以上がパブロフの条件反射であるが、これに対して、アメリカの心理学者スキナーは、ネズミがレバーを押した場合にのみ餌(えさ)を与えるようにすると、レバーを押して餌を手に入れることを習得することに着目した。このように、積極的に環境条件に対応するようになる場合を、「古典的条件づけ」に対して「道具的条件づけ」または「オペラント条件づけ」という。
[鳥居鎮夫]
(1)汎化(はんか) ある条件刺激(たとえば1000ヘルツの音)に対して条件反射が形成されると、それに類似した刺激(たとえば800ヘルツの音)に対しても反応をおこすようになる。この現象を汎化という。(2)分化 1000ヘルツの音を聞かせたときは餌を与え、500ヘルツの音を聞かせたときは餌を与えないという操作を繰り返すと、前者の音を聞くと唾液は分泌されるが、後者の音では唾液が分泌されないようになる。この現象を分化という。(3)制止 条件刺激と同時に、突然他の強い刺激を与えると条件反射がおこらなくなる。これを外制止という。また条件反射を抑制する過程が動物の脳の中で自然に形成されていく場合がある。これを内制止という。たとえば、条件刺激とともに無条件刺激を同時に与えて(これを強化という)、条件反射を形成したあと、強化せずに条件刺激のみを引き続き繰り返すと、条件反射がおこらなくなる。これを消去という。しかし、この場合はかなりの時間を経てふたたび条件刺激を与えると条件反射がおこることから、短時間に繰り返された条件刺激が一時的に内制止を引き起こしたと考えられる。また、条件刺激と無条件刺激との間に時間を置くと条件反射の潜時が延びる。これを延滞条件反射という。潜時中は強い内制止が発生し、それが高度になると睡眠がおこる。
[鳥居鎮夫]
パブロフは、条件反射は大脳皮質に新しい結合が成立することによって形成されると考えた。たとえば、イヌに食物を与えるたびに電灯をつけると、電灯をつけるだけで食物を与えなくても唾液分泌がおこるが、この場合の条件反射の形成過程は次のように模式化できる。電灯は目に作用し、大脳皮質後頭葉の視覚中枢を興奮させる。他方、餌は舌に作用して脳幹の唾液分泌の中枢を興奮させて、唾液腺(せん)へ指令を送ると同時に、大脳皮質の味覚中枢をも興奮させる。これらの過程が同時に繰り返しおこっていると、大脳皮質の視覚中枢と味覚中枢との間に新しい結合が成立することとなる。つまり、電灯の作用は大脳皮質の視覚中枢から味覚中枢を経由して、脳幹の唾液分泌中枢に伝えられ、そこから無条件反射の場合と同じような指令が唾液腺に行くようになるというわけである。このようなメカニズムは、大脳皮質ばかりでなく、大脳の各部分の間に必要に応じて生ずることは、日常の経験からも推察しうることである。こうした大脳の機能は固定されたものではなく、変化しうるものであり、これを可塑性とよんでいる。条件反射の研究はこの可塑性に関する法則を追究するものであるといえよう。
パブロフは条件反射を第一および第二信号系に分け、動物にみられる直接経験による条件反射を第一信号系、直接に経験しないことでもことばによって間接的に学習する言語条件反射を第二信号系とよんだ。ヒトは第二信号系を用いることによって、個人が獲得した経験を他人に伝えることができるわけである。映画、演劇、文学作品などは第二信号系によって情緒反応をおこし、感銘を与えるということができる。
[鳥居鎮夫]
イヌに条件刺激として円を見せたときに餌を与え、楕円(だえん)を見せたときは餌を与えないように訓練し、しだいに楕円を円に近づけていくと、やがて円と楕円の区別ができなくなり、混乱がおこる。イヌの行動は突然変化し、円を見せても楕円を見せても唾液を流して刺激から逃れようとするため、それ以上の実験はできなくなる。このような状態を実験神経症といい、興奮と抑制の神経過程の衝突によって引き起こされるものである。
[鳥居鎮夫]