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装束

ジャパンナレッジで閲覧できる『装束』の日本大百科全書のサンプルページ

日本大百科全書(ニッポニカ)
装束
しょうぞく

朝廷や貴族が用いる調度や威儀具などの一そろい。また衣服、武具、馬具、輿車(よしゃ)などの様式にかなった装いの組合せ。装束は元来、御帳(みちょう)台、椅子(いし)、床子(しょうじ)、茵(しとね)、畳などの座臥(ざが)具、御簾(みす)、壁代(かべしろ)、几帳(きちょう)、軟障(ぜじょう)、屏風(びょうぶ)、障子などの屏障(へいしょう)具、厨子(ずし)、棚、唐櫃(からびつ)、筥(はこ)、鏡台などの什器(じゅうき)類を正しく敷設し配置することと、庭上の幡(ばん)、旗、矛、盾、弓箭(きゅうせん)など威儀具の舗設、装備の意味を表す語であった。
平安時代に調度の配置、室内の装飾のことを室礼(しつらい)というようになり、装束の語はおおよそ服装に関して使われる場合が多くなり、さらに「装束する」というように動詞化した用法も認められる。公家(くげ)の服装についての規範は古くは推古(すいこ)天皇11年(603)に定められた冠位十二階の制や、養老(ようろう)の衣服令(りょう)などの服制に求められる。衣服令で公服を3種に分けて礼服(らいふく)、朝服、制服とし、礼服は五位以上の者が儀式のとき、朝服は有位の者が参朝のとき着装し、それぞれ文官、武官、女官の区別がある。制服は無位の者、庶人が公事(くじ)に従うときに着用する。平安時代になって、男子の礼服は即位式の際のみで、朝服が儀式にも用いられるようになった。この礼装化した朝服は束帯とよばれ、晴装束または昼(ひの)装束ともいわれ、宿直(とのい)装束と区別した。このころから公家の衣服の身頃(みごろ)や袖(そで)など広く、大きくなり始め、非常に優雅な様式のものとなって、服装の和様化が進んだ。
女子は儀式に臨むことが少なくなり、礼服を用いる機会がほとんどなくなって、儀式のときはかんざし、領巾(ひれ)、裙帯(くんたい)を加えて礼装化した朝服を用い、晴装束とした。女子の朝服も長大化し、襲(かさ)ね着形式となるとともに、日常は裳(も)を着けず、唐衣(からぎぬ)(背子(はいし))も省略したため、これらを着装した姿を裳・唐衣ないし女房装束とよんだ。これは後世において、通俗に十二単(じゅうにひとえ)といわれている。
束帯を簡略化したものが布袴(ほうこ)や衣冠(いかん)で、朝服に準ずる公服であるため、冠をかぶり位袍(いほう)を着用する。律令(りつりょう)制に基づく公的生活に用いられる礼服や朝服に対して、一定の規範に従うが、日常の私的生活で個人の好みによって着装するものを褻(け)の装束と称した。これには男子の直衣(のうし)、小(こ)直衣、狩衣(かりぎぬ)など烏帽子(えぼし)をかぶる姿が、女子の袿(うちき)や衵(あこめ)、細長などの姿があげられる。一日晴といって、その日1日だけ華やかに好みの色や文様の下襲(したがさね)や表袴(うえのはかま)などを着る姿を染(そめ)装束とよんだ。童(わらわ)装束として、束帯の場合でも髪形がみずらで冠をかぶらず、脇(わき)を縫わずにあけられた闕腋(けってき)の袍を用いる。そのほか童直衣や半尻(はんじり)の狩衣、童水干(すいかん)などが親しまれた。
童女の装束には衵や汗衫(かざみ)が用いられ、年少の男女は、おおむね濃い色、小形の文様の衣服が用いられた。下級官人で行列の供奉(ぐぶ)をする随身は褐衣(かちえ)を着用し、召具装束とした。そのほか、下級官人が着る水干や退紅(たいこう)、白張(はくちょう)などは制服の流れをくむものである。女子が旅に出るときに、袿の裾(すそ)を引き上げて着装し、その形状から壺(つぼ)装束とよんだ。院政期以後流行をみた強(こわ)装束は、服装の輪郭が直線的で剛ばった調子のものをいい、従来のしなやかな線を描くものを柔(なえ)装束とよんで区別した。公家の品格を尊ぶ美意識から、自由な気分を表す染文様より、整然と反復する織文様を中心とし、さらに文様より色彩を重視し、装束の語が示すごとく、個々の色彩や文様より全体の様式美を配慮する服装といえよう。
[高田倭男]

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検索ヒット数 6602
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検索コンテンツ
1. さう-ぞく【装束】
全文全訳古語辞典
身に着けること。装うこと。 「男君起き給ひて、御装束し給ひて」〈落窪・1〉男君はお起きになって、衣服をお着けになって。❸支度を整えること。用意。 「御琴どもの装
2. しゃう-ぞく【装束】
全文全訳古語辞典
また、「さうずく」とも》 ❶正装すること。また、その衣服など。装い。いで立ち。 「九郎義経その日の装束には、赤地の錦の直垂に、紫裾濃の鎧着て」〈平家・9・河原合
3. しょう‐ずく[シャウ‥]【装束】
日本国語大辞典
〔名〕「しょうぞく(装束)」に同じ。*宇津保物語〔970~999頃〕嵯峨院「きんだちの御しゃうずくせさせ給ふ」*栄花物語〔1028~92頃〕煙の後「中宮・皇后宮
4. 装束
日本大百科全書
朝服が儀式にも用いられるようになった。この礼装化した朝服は束帯とよばれ、晴装束または昼(ひの)装束ともいわれ、宿直(とのい)装束と区別した。このころから公家の衣
5. しょう‐ぞく[シャウ‥]【装束】
日本国語大辞典
211頃〕「人の装束の打解けたるさま、おのおのが気色有様、乱れがはしき事限りなし」*平治物語〔1220頃か〕上・主上六波羅行幸の事「館の太郎貞康は黒革の腹巻のう
6. しょうぞく【装束】
数え方の辞典
▲双、●装い 装束・甲冑などは「着」「領」で数えます。足袋のように対になる装束は「両」「双」で数えます。装束のそろったものは「装い」で数えます。
7. しょうぞく【装束】
国史大辞典
材質による唐(から)装束・染装束。嘉儀特例の一日晴(いちにちばれ)の装束、祭会の祭の装束、小忌(おみ)の装束、舞人(まいうど)の装束。入道した法体(ほったい)装
8. しょうぞく【装束】[舞台・道具類]
能・狂言事典
現在は必ず〈装束〉と呼称する。[史的変遷]創成期の能装束がどのようなものであったかは、遺品も伝わらず記録も乏しいので不明だが、今日わずかに残されている室町末期か
9. しょう‐ぞく【装束】
仏教語大辞典
衣服。着物。衣装。 沙石集 一〇本・九 「仏菩薩〔の〕装束等」 2 水精(水晶)だけで作った数珠。装束念珠とも。 明恵夢記 「少々水精の装束あり。其の緒切たり」
10. 裝束(しょうぞく)[刀劍飾]
古事類苑
兵事部 洋巻 第1巻 1318ページ
11. そう‐ずく[サウ‥]【装束】
日本国語大辞典
〔名〕「そうぞく(装束)」に同じ。*阿波国文庫旧蔵本伊勢物語〔10C前〕四四「女のさうずくをかづけんとす」*歌仙本躬恒集〔924頃〕「女一宮の御裳著に奉らせ給ふ
12. そう‐ぞく[サウ‥]【装束】
日本国語大辞典
[0]言海【装束】言海
13. そうぞく【装束】
全文全訳古語辞典
〔名詞〕⇒さうぞく
14. 【装束】そう(さう)ぞく*しょう(しゃう)ぞく
新選漢和辞典Web版
①家具などのかざりつけ。 ②身じたく。よそおい。
15. 装束(著作ID:290211)
新日本古典籍データベース
しょうぞく 有職故実
16. しょうぞく【装束】[標準語索引]
日本方言大辞典
かまえ死人に着せるしょうぞく:装束しがら神官が神を拝む時に身に着けるしょうぞく:装束ちはや
17. しょうぞく【装束】[標準語索引]
日本方言大辞典
かまえ死人に着せるしょうぞく:装束しがら神官が神を拝む時に身に着けるしょうぞく:装束ちはや
18. しょーぞく【装束】[方言]
日本方言大辞典
静岡県浜名郡「漁師の装束は、下は褌をしめ、上はすっぽー」545新居の浜のことば(山口幸洋・吉原けい子)1970 磐田郡546水窪方言の基礎調査(山口幸洋)196
19. 一日晴裝束 (見出し語:裝束)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 648ページ
20. 借用裝束具 (見出し語:裝束)
古事類苑
服飾部 洋巻 第1巻 399ページ
21. 即位時臣下裝束寸法 (見出し語:裝束)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 454ページ
22. 放鷹裝束 (見出し語:裝束)
古事類苑
遊戲部 洋巻 第1巻 981ページ
23. 武家裝束 (見出し語:裝束)
古事類苑
服飾部 洋巻 第1巻 43ページ
24. 田樂裝束 (見出し語:裝束)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第1巻 695ページ
25. 能樂裝束 (見出し語:裝束)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第1巻 984ページ
26. 舞人裝束 (見出し語:裝束)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第1巻 641ページ
27. 舞樂裝束【篇】 (見出し語:裝束)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第1巻 640ページ
28. 蹴鞠裝束 (見出し語:裝束)
古事類苑
遊戲部 洋巻 第1巻 1127ページ
29. 衣服(いふく)
古事類苑
服飾部 洋巻 第1巻 4ページ
30. そうぞく【装束】
国史大辞典
⇒しょうぞく
31. さうぞき-た・つ【装束き立つ】
全文全訳古語辞典
〔一〕〔自動詞タ行四段〕た・ち・つ・つ・て・て美しく装う。着飾る。 「まことに寅の時かと装束き立ちてあるに、明けはて日もさし出でぬ」〈枕草子・関白殿、二月二十一
32. さうぞき-わ・く【装束き別く】
全文全訳古語辞典
〔他動詞カ行下二段〕け・け・く・くる・くれ・けよ区別をはっきりさせるために、衣服の色や模様などを違えた装束を着ける。衣服などで分かるようにする。
33. さうぞ・く【装束く】
全文全訳古語辞典
〔自動詞カ行四段〕か・き・く・く・け・け《名詞「装束」を動詞に活用させた形》 ❶装束を着ける。装う。 「裳・唐衣など、ことごとしく装束きたるもあり」〈枕草子・正
34. しゃう-ぞ・く【装束く】
全文全訳古語辞典
・け・け装束を身につける。装う。 「前駆御随身どもが今日を晴れと装束いたるを」〈平家・1・殿下乗合〉先払いや護衛のお供の者達が今日こそ晴れの日だと着飾ったのを。
35. しょう‐ぞ・く[シャウ‥]【装束】
日本国語大辞典
〔自カ四〕(名詞「しょうぞく(装束)」の動詞化)装束を着ける。装う。そうぞく。*蜻蛉日記〔974頃〕中・天祿二年「さまざまにしゃうぞき集りて、二車(ふたくるま)
36. しょうぞく‐えのき[シャウゾク‥]【装束榎】
日本国語大辞典
下に集まり衣装を改めたといわれる。北区王子二丁目の装束稲荷境内に碑がある。*洒落本・野路の多和言〔1778〕「なに事やらんと立よって見れば装束榎の元に飛鳥山の桜
37. しょうぞく‐おさめ[シャウゾクをさめ]【装束納】
日本国語大辞典
つきなみ)能、及び装束開、装束納(シャウゾクヲサメ)等の能楽を催す」ショーゾクオサメ〓[オ]
38. しょうぞくぎれ【装束裂】
国史大辞典
中心は、禁色聴許の諸臣以上の料であり、朝服とする位袍以下の束帯の具や、女房の物具装束、略儀の小直衣・狩衣の装束地である。絹は、膠質のある生絹(すずし)を夏の料、
39. 裝束使(しょうぞくし)
古事類苑
神祇部 洋巻 第3巻 240ページ
40. しょうぞく‐し[シャウゾク‥]【装束司】
日本国語大辞典
装束〓」*御代始鈔〔1461頃〕御禊の行幸の事「装束司といふは、御禊につきて兼日の義、点地等の事
41. しょうぞくし【装束司】
国史大辞典
人を中心とする装束司を任じ、さらに親王および大臣の薨去の際も装束司を任命すると規定している。また『九条殿記』以下の諸記録には、恒例・臨時の朝儀・公事にあたり、装
42. しょうぞく‐し[シャウゾク‥]【装束師】
日本国語大辞典
449)一一月晦日・天野社舞装束勘録状(大日本古文書四・一九三)「六貫文 手間〓装束師下行」(2)装束を着ける時、それを手伝う者。
43. 裝束師(しょうぞくし)
古事類苑
服飾部 洋巻 第1巻 226ページ
44. 裝束所(しょうぞくしょ)
古事類苑
服飾部 洋巻 第1巻 569ページ
45. 裝束書(しょうぞくしょ)
古事類苑
服飾部 洋巻 第1巻 230ページ
46. しょうぞく‐ジュバン[シャウゾク‥]【装束襦袢】画像
日本国語大辞典
上方で流行した襦袢。袖口に当たる部分に、幅三~四寸(約一一~一五センチメートル)の縮緬で覆い縫いしたもの。装束の大帷子(おおかたびら)に似ているところからいう。
47. しょうぞく‐たばり[シャウゾク‥]【装束賜】
日本国語大辞典
一昨日重栄物語了。今日装束給之儀如〓何様〓哉」(2)「しょうぞくたばり(装束賜)の能」の略
48. しょうぞくたばり の 能(のう)
日本国語大辞典
奈良の春日神社若宮祭の前日に、装束をいただいた御礼として、田楽法師が頭屋(とうや)で演じる能。しょうぞくたばり。*申楽談儀〔1430〕喜阿「南都法雲院にてしゃう
49. しょうぞく‐つけ[シャウゾク‥]【装束付】
日本国語大辞典
〔名〕(1)能楽で、演者に装束を着けること。また、その役。(2)手伝って人に衣装を着けること。また、その人。*雑俳・柳多留‐八〔1773〕「花娵のしゃうぞくつけ
50.&nnbsp;しょうぞく‐つつ[シャウゾク‥]【装束筒】
日本国語大辞典
〔名〕衣冠、束帯などの装束を着用している際に用いる小用の便器。長さ約三〇センチメートルの筒。便竹(べんちく)。*明良帯録〔1814〕世職篇「君辺に侍して御装束
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